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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
12/14

呪いの森の言い伝え

 血のような夕焼けになってから、一週間。

 バカデカキノコを布にする事業が大成功を収め、資源の乏しい開拓村に住む全員に布が行き渡るようになった。

 効率化などさまざまな改善点も見つかったので、私は村長の家にて頭を悩ませている。


 バカデカキノコの発生条件である。


 バカデカキノコ(村ではこの名前が支持されているので、分かりやすさのために倣う)は、食料庫を中心として食べ物を保管する場所に発生する。

 私は発芽の条件に合致したから、大量に発生しているのかと思ったが、どうやら違うらしい。


 そもそも、菌糸類とは、光合成を他の植物から吸い取る生態をしている。

 菌床というものが本体で、傘の部分はあくまで胞子を遠くに飛ばす為に伸ばしているに過ぎないのだ。


 では、あのバカデカキノコは何のために食料庫にぽこぽこ生えるのか。


 マギノキューブの図書館にも、流石にその項目は研究されていないようで、小難しい研究論文を探してみても見つからなかった。


 こういう時、どうするか?


「頼む、レンダ婆、言い伝えを全部教えてくれっ!」

「ええい、朝っぱらからなんだい! ひっつくんじゃない!」


 頭の良いヤツに寄生し、知識を吸い取るのだ。

 呪いの森に関する言い伝えをよぉく知ってると言っていた本人に聞くのが、一番てっとり早いのだ。

 これがバカの処世術だよ。


「レンダ婆だけが頼りなんだ!」

「なんだい、今更、これまでアタシを邪険にしていたじゃないか。お得意のマギノキューブとやらでどうにかするんだね!」

「レンダ婆じゃなきゃダメなんだ!」


 暴れていたレンダ婆はピタリと止まった。


「レンダ婆、マギノキューブは、確かに便利だ。便利だが、あれは古代文明の遺産。遥か昔の人々が作った、古の道具に過ぎない。あれの中には、呪いの森に関する情報も、あのバカデカキノコがどうして生えるのかについても分からない事だらけなんだ」


 レンダ婆が落ち着いたので、抱き締めていた腕を離す。

 何か考え込む素振りを見せたので、私はすかさず彼女の皺くちゃな手を握る。


「レンダ婆、これまでの非礼をどうか受け取ってくれないだろうか。私は思い上がっていた。マギノキューブは万能な道具じゃない。やっぱり頼りになるのは、この村をいつも心の底から案じて忠告してくれるレンダ婆なんだ……!」


 人間関係を上手く回すコツは、謝ることにある。

 これまでの至らなさを詫び、真摯に謝罪の言葉を告げられて心を打たれない人はいない。

 もし打たれなかったとしても、詫びている相手を害する事を避ける。

 この際、相手を持ち上げておくと、謝罪を受け入れてもらえる可能性が非常に高まるのだ。


 かつて大学のレポートが散々な事を理由に教授に呼び出された際、真摯に謝りつつ謙虚に学習する姿勢を見せた所、謝罪を受け入れてもらえた上に丁寧に教えてもらえた。

 その経験が、今、こうして活きている。


「な、なんだい……古めかしい言い伝えなんざ、村のみんなで馬鹿にしておった癖に。でも、アンタはアタシの事を馬鹿にはしなかったね」

「レンダ婆、言い伝えを、教えてくれるのか……!?」

「アタシぁ恥を忍んで頭を下げる若造を追い返すほど酷くはないよ。さあ、立ち話もなんだから、家に上がりな」


 やったぜ……!!


 レンダ婆の家は、他の家と間取りはそう変わらない。

 ベッドシーツの下に藁を敷いたベッドの他に、木工職人が贈った安楽椅子があるぐらいだ。

 編み物や裁縫の道具が戸棚に仕舞われて、埃を被っている。


「さあ、座りな。ババアは床に座るのが辛いから、椅子に失礼させてもらうよ」


 よっこいしょ、と安楽椅子に腰掛けたレンダ婆。


「まずは、アタシの生い立ちから話そうねえ」


 ゆったりとした語り口調で、生い立ちから話し始めたレンダ婆を眺めながら私はひっそり心の中で後悔する。

 この始まり方は、かなり長くなるぞ。


「アタシゃね、元々は東の村にあるヘルベル村に住んでたんだ。小作農を営む父と母の間に生まれた四番目の娘でね。顔が良かったんで、領主に気に入られちまったんだ。そのまま領主の妾になるはずだったんだが、いきなり頭がおかしくなってその話がおじゃんになってね。まだ乳飲子を抱えて途方に暮れたもんだよ」


 おっと、この異世界の闇を早々に叩きつけられたぞ。

 妾を囲おうとして手を出しておきながらドタキャンした領主、なんと典型的なクズ男だろうか。


「領主からは子どもを殺せと言われたが、アタシゃ我が子を殺すほど落ちぶれちゃいないよ。村を飛び出して、別の街に身を隠そうと原っぱを歩いてあったんだ。その時に今の村長と出会ってね、この村に流れ着いたというわけだよ」


 なるほど。近くのヘルベル村から開拓村に引っ越したのは、そういう理由があったからなのか。


「ヘルベル村はね、過去に領主の命令で呪いの森を開拓しようとしたんだが、その度に手酷いしっぺ返しを食らった。子どもの頃、アタシもよく親に言われたもんさ。『いい子にしてなきゃ呪いの森に置いてくぞ。狼どもが待ってるぞ』ってね」

「どこの村にも、そういう話はあるんですねえ」


 日本じゃ、場合によっては脅迫になる。虐待として問題視される事もあるだろうな。

 我が家じゃそういう脅しは全く聞かなかった。都市に住んでいた事も影響してそうだ。


「言い伝えはいくつかあるんだが、アンタの言うバカデカキノコなら一つ心当たりがある。

 『まんまるキノコ、もりもり生える。風が吹くとたくさん増える。まんまるお月様とまんまるキノコ、お日様さんさん、さようなら』

 っていう、童話だね」

「なんとまあ、抽象的な」

「何人もの爺婆が子どもたちに歌って聞かせた童話だ。アタシも記憶が曖昧だよ」

「風が吹くと、キノコの胞子が飛び散って増える。お月様とお日様は、今の状況を指している……のか?」


 私の問いかけにレンダ婆は肩を竦めた。


「あとは、呪いの森の木は歩き回るとか、森の泉の邪悪な精霊は人を惑わせて底に沈めるとかだねえ」

「それは魔物っぽいなあ」

「まもの、って何だい?」


 レンダ婆が首を傾げる。

 一瞬の逡巡の後に、私はひとまず疑問を片隅に置いて返答した。


「レンダ婆は、魔法を見た事がありますか?」

「領主が偉そうに使っているのを、何度か」

「魔法を使うにはマナが必要になります。そのマナが澱むと魔力となり、魔力が澱むと汚染された生き物から魔物が生まれるのです。森はマナが澱みやすいから、魔物が生まれやすい」


 レンダ婆は私の説明を聞いて、それからポツリと呟いた。


「そういや、昔、領主から聞いた事があるよ。魔力が高いほど、強い魔法が使えるって。呪いの森を開拓したがっていたのも、きっと魔力とやらの為だろうね。アイツは、呪いの森から採れた薬草や獣の肉をよく食っていた。それからアイツは頭がおかしくなって、メイドやアタシによく当たったもんだよ」


 体内のマナが乱れると、多くの体調不良に襲われる。

 昏倒、記憶障害、失語症、精神分離症に似た何か。

 特に精神面への影響は大きい。

 より強い魔法を求めた領主の変貌も、魔力によってマナの循環が乱れた事によるものだろう。


「呪いの森に生息する生き物の多くは、恐らく魔物でしょう。魔力はとにかくマナよりも扱いが難しい。魔力の籠った薬草や肉を食らった事による健康被害は、いくつか報告があります」

「……アンタが大猪の肉を食べると言った時、アタシゃ領主の時みたくみんなが頭おかしくなると思ったんだ」

「怖い思いをさせてしまいましたね」

「アンタは知らなかったんだ。しょうがない話さ」


 目を伏せる私に、レンダ婆は静かに語った。


「子どもたちから聞いたよ。アンタがどうやって大猪を討ち取ったのか。アンタの使うマギノキューブとやらは、間違いなく領主の魔法より強い。そんで、誰でも使える。本当に魔法みたいなもんだ」


 きっと、レンダ婆は孤独に内なる恐怖と戦っていた。

 領主に刻みつけられたトラウマと、呪いの森への怒り。

 私に反発していたのも、過去の悲劇を繰り返さない為。


「アタシゃ、無駄な事をしちまったのかもねえ。年寄りは耄碌して嫌んなるよ」

「レンダ婆、私の行動はあくまで結果的に上手く行ったに過ぎません。この村が今日、この日まで続いてきたのは、レンダ婆が口を酸っぱくして言い伝えを子どもたちに伝え、危険から村を遠ざけたからだと思います」


 レンダ婆はびっくりした顔で私を見た。

 いきなり褒められて、どう反応したらいいのか分からないという様子だ。


「お察しの通り、私はこの近くに住んだ事もない新参者。それでも、この村に情は湧いていますし、力になれる事なら手伝いたいんです。だけど、残念な事に私の頭はあまり出来が良くない」

「何を言ってるんだい」

「だから、私は呪いの森からみんなを守る知恵をみんなから借りたいんです。私の手は二本しかないし、体は一つ。目は二つしかない。全能でも、万能でもない」

「こんな老いぼれより、若い連中の方が役に立つだろう。この足じゃあ、そんなに早く動けない。お荷物になるのは確定だよ」


 私は胸を張って答えた。


「若い連中より、頼りになるのは経験豊富なお婆ちゃんと相場が決まってるんですよ」

「何の相場だい」

「私の相場! それに、魔導工学は『望む者に、自衛の手段を』が大原則。目的の為の補助道具がマギノキューブなんです。一緒に頭を抱えて悩みましょう」


 レンダ婆はカラカラと笑った。

 初めて見る笑顔だった。


「負けた、負けたよ。アンタ、人を動かす才能があるね! 村長が気に入って、村に引き留めるわけだ!」


 バシバシと膝を打ったレンダ婆は身を乗り出す。


「この老体に勉学の道を歩ませてくれ。この村の連中は、老人に仕事を与えてくれないから、時間だけは有り余っとるんだ!」


 レンダ婆の手を握る。

 説得ではなく、同じ学問を会得しようとする友として。


「私の授業は分かりにくいと専らの評判です。私の説明をどこまで理解できるか、レンダ婆の腕を見せてもらおうじゃありませんか!」


 この日、私はレンダ婆と和解した。

 そして、忌憚なく意見を交わせる良き理解者となった。

レンダ婆が仲間に加わった!


気が向いた時にでも感想やブクマ、ポイント評価をしてもらえるとモチベーション維持に繋がります

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