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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
11/14

村への順応

 頼られて嬉しいのか、シェリルが薄い胸を張りながら、私が眠っていた二日間に起きていた事を報告してくれる。


「ハルカがぶっ倒れた日はね、レンダ婆が呪いだって騒いでたわ。母さんと叔母さんが働き過ぎでで倒れただけって怒って、三人で喧嘩になったの。もう大乱闘で凄かったんだから!」

「えっ、喧嘩になったの?」

「うん。母さんは右の頬を殴られて青痣になってた」


 私は絶句した。

 そりゃ小学校、中学校時代は、口論が熱くなって、相手側が手を出てしまう事もあったが、それでも軽い平手打ち程度だ。

 痣になるような怪我にまで発展しない。

 その前に戦意喪失したり、仲裁が入るからだ。


「シェリルの母さんの怪我の具合は大丈夫なの?」

「今日も元気だったよ」

「あ、そうなんだ」


 開拓村の人々は、私よりも逞しい。

 建築の途中で雨が降っても、完成させる事を優先する。

 お風呂が気軽に入れない理由でちょっとみんな汗臭いが、免疫機能が強いのか滅多に風邪をひかないらしい。

 狂ったように野菜スープをガブガブ飲んでいるのも影響しているだろうか。

 平気で五杯ぐらい大きな器におかわりしてるもんな。


 時間を見つけてアミルダ姉妹に心配させた事を詫びないと。

 しばらくは『沢山お食べ』攻撃に晒されないといけないな。


「あとね〜、見回り隊のおっさんが言ってたんだけど、また狼と猪が村の近くにいるみたい。あ、これ完成した干し肉」

「ありがとう」


 シェリルが持ってきてくれた干し肉を頬張る。

 一口サイズに切った干し肉は、噛めば噛むほどほんのりと甘く、獣臭い匂いが口の中に広がる。

 あ〜古き良き狩猟の味がしゅる〜。


「ここ数年は獣が村に近づかなかったんだよね。最近になって村の方に来るなんて変だなあ」

「呪いの森の獣が怒ってるって、レンダ婆が騒いでた」


 今の季節は夏。

 まだ森には木の実などがあるはずだ。餌場を探して森の外に出てきたとは考えづらい。


 倒れる前に集めた言い伝えは、村に来たばかりの頃に聞いた井戸端会議とさほど変わらない。

 とにかく呪いの森に存在するものには近づいてはいけないというものだ。

 先日のバカデカキノコも、その呪いの森の言い伝えにあるという。


「呪いの森の獣は、夜の霧に紛れて血肉を喰らう」


 村長の家の扉を開けて、レンダ婆が部屋の中に入ってきた。

 頑固そうな三白眼に眉間の皺、丸まった背中に強く地面を打つ杖。


「アタシが小さい頃から聞かされた、呪いの森の言い伝えだよ。他所からやってきた者は知らないだろうけどね、アタシゃ森の言い伝えをよぉく知っとる」


 レンダ婆が私の顔を鋭く睨んだ。


「フン、起きずの呪いから運良く逃げ切れたようだね。まったくアンタは人の心を何回も掻き乱して恥ずかしくないのかい」

「レンダ婆さん、どうやら心配かけてしまいましたね。見舞いに来てくださってありがとうございます」

「誰がアンタの心配なんかするかい!」


 レンダ婆は鼻を鳴らすと、扉を強く閉めた。

 外からブツクサと文句を言う声が聞こえたが、徐々に遠ざかっていく。


「レンダ婆、なんでここに来たんだろ」

「……大人には、いろいろあるのさ」


 あの人、アミルダ姉妹の事を心配していたり、建築現場を遠くから眺めたりしているんだよね。

 素直じゃないというか、捻くれてるというか。

 悪い人じゃないんだろうな。


 身支度を整えて、村長の家の外に出る。

 畑が目立つ村の中に、もくもくと水蒸気が昇る服飾工房が目立つ。

 木の箱に沢山の布を入れて、どこかへ運ぶ途中のアミルダ妹とばったり出会う。


「あ、ハルカ! 体調は大丈夫?」

「アミルダさん、おはようございます。おかげさまでぐっすり眠れました。アミルダさんもお怪我は大丈夫ですか?」

「怪我は女の勲章のようなものよ。もう痛くないわ」


 真っ赤な頬に満面の笑みを浮かべるシェリルの母。

 開拓村の人たちは図太いなあ。


「それより、あなたもその服をそろそろ着替えなさい。色んな服が出来たんですもの!」

「お洋服できたの!?」


 シェリルが目を輝かせる。

 私の手を引っ張り、村の中央にある倉庫に連れて行った。


 倉庫には、配給を受ける村民たちが並んでいる。

 珍しく村長も外で椅子に座りながら配給が分配されているのを眺めている。


「父さん、私のお洋服はどこ?」


 日焼けした農父が一つの箱を指差す。

 シェリルは顔から箱に体を突っ込み、一枚の布を引っ張り出す。

 生成りのワンピースを広げて、シェリルが歓声をあげた。


「すごぉい! 綺麗なお洋服だ!」


 ……日本にあったアパレルショップですら、あんな布を縫い合わせた素人作のワンピースを出さないだろう。例え一円だって、誰も支払って手に入れようとしない。

 それでも、この開拓村では、数少ないお洒落なのだ。

 彼らは朝に着る服で悩まない。選ぶだけの種類もない。

 生まれてからその日に至るまで、それが普通で当たり前。

 それよりも生きる為に畑を耕す方が、大事だったのだ。

 私の当たり前は、極めて贅沢で、恵まれた事なのだと突きつけられる。


「シェリルによく似合うワンピースが完成して良かったわ」


 妊娠中のアミルダ妹がニコニコと微笑む。

 その指には、針で刺したであろう血が滲んでいる。


「ハルカのおかげで沢山の布が作れたわ。流石はハルカね」


 新しい服を手に喜ぶ村人たちが、アミルダ姉妹の娘であるシェリルのはしゃぐ姿に破顔して、それから私をすごいと褒め称えてくる。


「いや、私は特に何もしてないですよ。みんなが協力してくれたおかげです」


 古代文明の遺産たるマギノキューブから情報を抽出しただけ。材料の捻出や建築は、村人たちが協力してくれたからこそ作れた。

 私は、突き詰めて言えば何もしていない。


 そんな私の肩を、シェリルの母が優しく叩いた。


「誰も調べなかったところを調べて、私たちに教えてくれた。私たちの質問に、分かりやすく答えてくれた。私の娘を大猪から守ってくれた。沢山の事を、村の為にやってくれてるじゃないか。もうハルカはこの村の一員だよ。誰がなんと言おうと、関係ない。このアミルダ姉妹が保証する」


 そんな言葉を面と向かって言われたのは、生まれて初めてだった。

 嫌味や皮肉はいくらでも言われた事がある。陰口どころか面と向かって言われた時もあった。

 努力アピールはウザいとか、その程度はみんなやってるとか、反論すればこちらが浅ましいと責められる内容ばかり。

 その度に笑って受け流して、聞かなかった事にして、心の安寧を保ってきた。


「ほ、褒め過ぎっすよ、えへ、えへへへ」


 なので、ちょっとニヤケちゃうのもしょうがないよね。


「頼りにしてるよ、ハルカ!」

「期待に応えられる自信はないですね」


 でも、しっかり釘は刺そう。

 過度に期待されても、また上手くいくとは限らんからね。


 服とベッドシーツの配給を受け取った村人たちは、それぞれ家の中に運んでいく。

 昼過ぎから始まった配給は、夕食時にようやく終わりを迎えた。今後は、必要に応じて、各家庭で布を縫い合わせて作っていくらしい。


 今度は夕食の配給となった。

 いつもの野菜たっぷりオートミールスープに干し肉が追加される。スープでふやかしたり、そのまま食べたりと、人によって楽しみ方は違う。


 ……いつもなら、一人で食べるか、悪ガキ三人衆に囲まれて質問攻めに合うかのどちらかだった。

 でも、今日は、アミルダ姉妹や鍛治職人のスミスたちがマギノキューブについて聞いてくる。

 いつもより食べる暇がなくて大変だったけれども、そんな瞬間も少しなら悪くないなと思えるぐらいに、私はいつのまにかこの村に溶け込めていたらしい。

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