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バカでもできる異世界イデオロギー  作者: 清水薬子
呪い転じて祝福となる
10/14

呪いのバカデカキノコで服を作ろう

 レオネオは呪いの森に位置的に近いので、しばらくは様子を見ることになった。

 相変わらず夕焼けが奇妙に赤く、夜は重い霧が立ち込める。

 獣が村の近くにいる事で、村人もどこかピリピリしている。


 予めダウンロードした講義を視聴したり、マギノキューブに興味を持った村人たちに使い方を教えてあげたり、レンダ婆にしつこく絡まれたりとそれなりに日々を過ごしている。

 村で滞在する時間が増えた影響か、井戸端会議に招集されては様々な悩み事を相談される。


「呪いの森の言い伝え? それなら、一つ心当たりがあるわ。近頃、村の外に狩りに行かないでしょう? そういう時に限って、変なキノコがぽこぽこ生えちゃうの。食料庫をキノコに台無しにされると本当に困るのよ」

「いつの間にか生えてるもの。不味いし硬いし、嫌になっちゃうわ」


 揃って開拓地に夫を連れて乗り込んだというアミルダ姉妹は、口々に食料庫に生えるキノコについて文句を言う。

 呪いの森に纏わる言い伝えを聞いた所、そのキノコが呪いの一つでもあるという。

 木の近くに生えてないなら、それキノコじゃなくてカビじゃね? と私は思うのだが、彼女らがキノコと言えばキノコなのだ。


 実物を見せてもらったところ、それは確かにキノコだった。

 びっくりする程に、キノコだった。

 だが、キノコというには余りにも大きい。赤子ぐらいはある。キクラゲに似た、傘の広いタイプのキノコだ。

 しかも、それが十枚、二十枚単位で並べられる。


「うわ、デカ……」


 流石は異世界。マギノキューブといい、魔法といい、私の常識をいとも簡単にひっくり返してくれる。


「まあ、まずはこのキノコについて調べてみるか。植物鑑定(ボタニカタクソ)


 変形したマギノキューブが薄べったい板となり、検索の結果を教えてくれる。


「名前はオニナラタケ。通称、バカデカキノコ。どうやらこれは森から胞子が飛んできて、食べ物の塩気に反応して芽吹いたらしいね。毒はないから、一応は食べられるらしいけど、繊維を解さないと歯を痛める」


 コモン型のマギノキューブを取り出し、さらに詳しく調べてみる。

 オリジナルは名前と毒性の有無ぐらいしか調べられないが、コモン型の中でも図書館型とされるマギノキューブは、対応した分野に関して細かく情報が記載されているのだ。


 なになに、環境が良ければ一国を覆うほど繁殖する上に、生命力も強いので根絶は難しい。なので、古代文明では、絶滅させるよりも……


「……昔は加工して紙や服の材料にしていたのか。質感はシルクには劣るものの、頑丈さは鉄にも引けを取らず、湿度や温度を一定に保つ効果がある……」


 アミルダ姉妹が目の色を変えた。


「ねえ、ハルカ。今、暇よね?」

「もちろん暇なのは分かってるわ。ちょっと手伝って欲しい事があるの」


 満面の笑みを浮かべた二人を見て、私の頬を冷や汗が伝い落ちた。









 私の朝は、だいたい悪ガキ三人衆の騒ぎ声で始まる。

 ところが、その日は違った。


「ハルカ、さっさと起きる!」

「やだアナタ、早く顔を洗いなさいな!」


 非常に口煩いアミルダ姉妹が、それはもうぴーぎゃーと喧しい。

 昨晩からマギノキューブ作成台をなんとか完成させた弊害で徹夜続きだった私は、歯軋りをしながら目を覚ます。


「んぎぎ……」


 苦悶の表情で藁のベッドから起き上がる私を、村長は苦笑いをしながら眺めていた。


 狂ったように繁殖するオニナラタケが服の素材になるかもしれないと知ってから、二人は揃って私を村のあちこちに連れ回しては服を作る施設をどこに建てるべきか口々に相談しあった。


 村長が腰を痛める前から、開拓村はみんなで物事を決めるとしているので、どこに何を建てるかは、発案者によって変わってくる。

 複雑な利害関係は、村長が当事者を集めて調整していたようだが、言い出しっぺが指揮を執るというのは共通認識らしい。

 そして、開拓村は五年前に移民たちが布を持参してから今に至るまで備蓄でどうにかしてきたが、そろそろ限界を迎えつつあるという。

 商人が来るかもと期待していたが、呪いの森が近くにあるのであまり期待は出来ず。

 そんな折に、食料庫に生えるキノコが服になるかもしれないと知ったアミルダ姉妹は目の色を変えた。

 アミルダ姉妹の発案により、オニナラタケを服にする事業が開始したのだ。


 どんな設備が必要になるのか、どうやって服を作るのか。

 ここ数日は彼女らに代わってマギノキューブから情報を抽出したり、設計図を書いたり、とにかく忙しい。


「あのバカデカキノコに苦しめられた分、しっかりと村に貢献してもらわないと!」


 怒りに燃えているのは、大好物だった甘豆をキノコに台無しにされたアミルダ姉。


「もういい加減、擦り切れた服を着るのは嫌よ。娘に可愛い服を着せたいと思うのは親として当然でしょう!」


 切実な事情に震えるのは、裾の擦り切れたワンピースを着ているアミルダ妹。シェリルの母らしい。


 村の中でも勝気で知られる二人に反抗できるものはなく、我儘三昧のシェリルも母と叔母には逆らえずにお手伝いをしている。

 ちなみに、アミルダ姉妹は私と歳がそれほど変わらない。

 彼女たちをみると、高校時代のクラスメイトが結婚して子どもを授かった事を思い出して、何とも言えない気持ちになるのだ。

 ちなみにアミルダ姉は、妊娠六ヶ月目だという。


「へいへい……」


 そして、私はそんな彼女たちに押し切られる形で助言役として建築や服飾施設に協力しているのだ。

 他にやる事がないとはいえ、ひたすらに単調な作業が続くのでメンタルが持ち上がらない。


「ハルカ、ここはどう組み立てるんだ?」

「それは、この印と印が対になってるでしょ。そこを組み合わせて……そうそう、上手上手。材料のパーツ毎に印を組み合わせて完成させる感じでやれば、上手くいくよ」


 この村に住む人々は、文字が読めない。

 口頭で説明するにも限界があるので、私は建築の時点から工夫を凝らす毎日を過ごしている。

 その一つが、パズルである。

 建物の図面に対応するマークを決め、さながらパズルを組み立てるように材料を分配する。


 手間は掛かるが、おかげで対応するマークを覚えた村人たちが次々と建築を進めるので助かっている。

 鍛治職人からは仕事が増えたと怒られたが、スピードは格段に上がった。


「ハルカ、これはなんて読むの?」

「マギノキューブに『ラウトゥレギ』って言ってごらん。レンズに文字を翳すと読み上げてくれるから」


 とにかく、村人たちがこぞって私に判断を仰ぎにくる頻度を減らしたい。私に仕事が集中するのだ。

 この私に監督できる頭があるわけないだろ。


 ぶっちゃけ、古代文明の遺産たるマギノキューブや図書館から情報を引っこ抜いているだけ。

 上手く機能するかどうかも分からない。


 組み立てた機械に、先日の大猪から作ったコモン型汎用生産特化のマギノキューブを嵌め込む。

 オニナラタケをセットして、起動させてみると?


「お、おお……こんな挙動をするのか、君は」


 歯車が回転し、オニナラタケが段々とすり潰されていく。

 水を注いだ容器にすり潰されたドロドロの液体が滑り落ち、ぶくぶくと泡立ち始めた。

 続く紡績機にて繊維を撚り合わせて糸に加工する。


 残念ながら布を作る機織り機は人力であるが、そこは暇を持て余した狩人や料理が苦手な女衆が頑張ってくれるだろう。


 マギノキューブは、一度でも作ってしまえば運用はかなり楽だ。いわゆるスマホやパソコンに似ている。

 作る手間はものすごく面倒だが、使うのにさほど知識を必要としないのは魅力的である。


 『望むのならば、万民に』

 魔導工学が掲げる主義が、現代でも通用した証拠だった。

 いやあ、言語理解のスキルがある私じゃなかったら、不気味止まりで終わってましたよ。


「なんとか、完成したなあ……」


 完成した服飾工房を見上げ、私は寝不足でズキズキとする眉間を揉む。

 感慨に耽る事もなく、村民たちは所狭しと服の生産に励んでいた。

 完成した今も、感動というよりやっと完成したのかという気持ちの方が強い。本当に大変だった。

 マギノキューブの使い方の指導に、設計図の書き起こしと説明、鍛治職人の説得に指示。


 立ってるだけで寝てしまいそう。

 今なら、通勤途中で眠るサラリーマンの気持ちが分かる。


「ちょっと、ハルカ! こんな所で寝るんじゃないわよ!」

「風邪ひいても知らないわよ!」

「んぎゃっ……」


 アミルダ姉妹の怒号で無理やり意識が覚醒させられる。

 呆れた顔をするシェリルに付き添われながら、私はふらふらの体を引き摺って村長の家に戻った、と思う。








「いや、しかしよく眠るなあ」


 覚醒しつつある意識の片隅で、誰かの声が聞こえた。

 この声は……鍛治職人のスミスか?


「へっ、ババアの癖に無理して動き回るからだよ」


 このムカつく声はミゲルだな。


「歩きながら寝ていたのは面白かったね、ぷくく」


 どこか馬鹿にしている声はリトか。


「私もお布団で寝たいなあ。ふかふかだもん」


 隣で聞こえるのはシェリル?

 おいおい、人のベッドに入り込むとは何事だ。

 いやしかし、このベッドはなかなかフカフカで気持ちがいい。あと千年は眠れそうだ。


 段々と意識が覚醒してきたので、名残惜しくもベッドから体を起こす。

 辺りを見回すと、村長の家にミゲルやシェリル、リトに鍛治職人のスミスがいた。

 あれ、いつの間に村長の家に戻ったんだっけ?


 スミスが手を挙げる。


「おはよう、ハルカ。アンタ、歩きながら寝ちまって、そのまま畑に突っ込んだんだぜ」

「マジで?」


 ポカンと口を開けて、私はスミスの顔を見つめた。

 日焼けをした褐色の肌に、黒くモジャモジャとした髭。


「マジもマジ。騒いでるそこの馬鹿三人組に呼ばれて、アンタを村長の家に運んだってわけだ」

「マジか。四人ともありがとう。いや〜意外と疲れって溜まるものだなあ」


 ベッドに視線を落とす。

 いつもの藁を敷いただけのベッドとは違って、生成りの布がベッドシーツのように敷かれている。


「あれ? これは……?」


 シェリルがゴロゴロとベットの上で転がる。


「お母さんが、一番初めに出来た布はハルカにあげなさいって持ってきたから、ベッドに敷いてあげたんだよ!」


 むふー、と薄べったい胸を張りながら自慢気に語る生意気娘。母譲りの猫みたいな吊り目を細めてベッドを堪能している。


「お〜よしよし、シェリルはいい子だね〜!」

「子ども扱いすんな!」


 シェリルの頭を撫でようとした手を払われる。

 ふふ、今日もコイツらは腹が立つなあ。


「とにかく、母さんが『ハルカが怪我しないように見張りなさい』って言ったから今日は私がハルカを見張るわ!」

「そんじゃ、俺はハルカが目を覚ました事を村の連中どもに伝えてくる。鍛冶場にいるから、仕事に変更があったら伝えてくれ。リト、ミゲル、行くぞ」

「なんて大袈裟な」


 私は呆れた。

 軟弱な日本人ではあるが、子どもに見張られないといけないほどではないはずだ。おまけに目を覚ましただけで村に伝えて回る必要はないだろう。


 そんな私の顔を見て、シェリルは何気なく爆弾を落とした。


「ハルカ、あなたもう二日も寝てたのよ。その間、村のみんながずっと心配していたわ。もう目を覚さないんじゃないかって」

「ん? 私、二日も寝てたの?」

「うん」


 二日も寝ていたのか。

 村のみんなには迷惑をかけてしまったな。


「この二日間の様子について、何が起きたか教えてもらえるかな?」

「うん、いーよ!」


 シェリルは頼られて嬉しいのか、ニヤニヤとした顔で、この二日間に起きていた出来事を報告してくれた。

糸って繊維さえあれば作れるらしいです。キノコの菌を使って服を作る取り組みもあるらしいので、魔法がある異世界なら出来て問題ないじゃろ。

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