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道に迷えば異世界

気が向いた時にでも感想やブクマ、ポイント評価をしてもらえるとモチベーション維持に繋がります

 私は、農民の格好をした人たちから聞いた話を脳内で咀嚼する。そして、一つの信じ難い結論に達した。


「……えっと、つまり日本なんて国は知らない、って言うんだね」


 農民たちは、泥んこの顔を見合わせて、困り果てた様子で頷いた。


「悪いが、そんな国があるなんて聞いたこともねえよ」

「ごめんなさいね。お力になれなくて」

「岩に挟まれとったワシを助けてくれたのに、碌に恩も返せなくてすまんのう」


 私は力無く首を横に張った。


「いえいえ、困った人がいるなら助けるのは当たり前の事ですから。しかし、ここはマジでどこなんだ……」


 どこまでも澄み渡る青空を見上げる。

 ギンギラギンにさりげなく輝く太陽と空中城が隠れていそうな入道雲、その隙間から降り注ぐように見えるオーロラ。オーロラって、昼間にも見えるものだっけ。


 落ち着いて状況を確認しよう。


 私の名前は桜木春香。

 ゼミを受けるべく、滅多に立ち寄らない棟を目指して歩いていたら、見事に道に迷った。


 明らかに南国に生息してそうな赤い羽に緑の嘴の鳥だとか、マンドリルみたいな猿を避けて元の道に戻ろうとしたら、近くで人の悲鳴が聞こえた。

 慌てて駆けつけてみれば、森の拓けた場所に沢山の人がいた。その中心部には、岩に挟まれて身動きが取れなくなっている老人が一人。

 力自慢のおじさんたちが代わる代わる岩を持ち上げようとするが、泥で足場がぬかるんでいて上手く力が入らない。

 そこで、私はテコの原理で岩を持ち上げるように助言をしてみたら、どうにか老人の救出した、という次第だ。



 わはは、確認してもサッパリ分からんな!


 ここ、どう見ても大学内の敷地じゃない。

 うちの大学に農学部はなかったし、畑があるなんて話も聞いたことがない。


 おまけに、日本なんて国は聞いたこともないときた。

 ここが日本じゃないなら、マジでどこなんだ。

 これはものすごく、困った事になったぞ。


「そこなお嬢さん、良ければもてなしをさせてください。狭いですが、ワシの家へお越しください」

「お言葉に甘えます」


 ……農民が喋るたびに、物凄い違和感を覚える。

 明らかに発音に対して、動いている口がおかしいのだ。

 これは、老人から詳しく話を聞いてみない事には何も始まらない。


「では、こちらへどうぞ」


 案内されたのは、すぐそこのそこそこ大きい家だった。

 扉を開けると、玄関もなしに、いきなり食事用のテーブルや椅子、壁端に藁が積まれている。どうやらワンルームで全て済ませる文化らしい。マジかよ。


 床にどっかり座り込んだ老人は、向かい側に私も座るように案内する。

 草臥れたジーンズなので、別に汚れてもよいと考えて私もカーペットの上に座る。


「招待しておいて、碌にもてなしもできず申し訳ない。先ほどは助けていただき、本当にありがとうございます。ワシはこの開拓村の村長を務めております、ネバロスと申します」

「あ、いえいえ。大事にならなくてよかったです。私は学生の桜木春香と申します」


 頭を下げた老人もとい村長に倣って、私も頭を下げる。

 ひとしきり感謝合戦を繰り広げた後、村長がおもむろに真剣な表情になった。纏っていた温和な空気が消え、統治者の顔に変わる。


「して、お嬢さん、サクラギ・ハルカは“マレビト”ですな」

「“マレビト”とは、なんでしょう」

「“マレビト”とは、ここではない何処かから現れた者を指していう言葉です。我々とは違う法則に生まれ、異なる土地で育ち、神の定めか妖精の悪戯かは不明ですが、ふらりと現れる。我が曽祖父も、ニホンだかサッポロから訪れたと語っておったのです」


 村長の説明はわかりやすかった。

 それこそ、バカな私でも理解できるぐらいには。


「なるほど。確かに村長さんの言う“マレビト”の特徴に私は合致してるね。それに、日本と札幌は、間違いなく私の住んでいた国にある地名だ」

「おお、やはり。残念ながら曽祖父は老衰で亡くなりましたが、開拓の技術はこの村に伝わっております。曽祖父より、“マレビト”と出会ったなら、無理のない範囲で良くするようにと教えられてきました」


 流石の私も、この危機的状況に焦りを覚えた。

 冷や汗がツウと背中を伝い落ちる。


 もし村長の話が本当なら、ここは日本じゃない事になる。

 異世界というワードがちらちら頭の端を踊っている。


 おかしいな。

 異世界転移ってさ、人生が上手くいってない奴が主人公になって俺ツエーってやるんじゃないの?

 私の人生、順風満帆でしたが?


 大学とかどうしよう。異世界に転移していた事を理由に復学とか休学とか申請できたっけ。

 母さんと父さん、絶対怒るよ。


 いやいや、それよりこれから先をどうするよ?

 ……開拓の技術って、標準で日本人に備わってたっけ。

 や、やべえよ。私の脳内にあるのなんて薄れてきた受験期の詰め込み勉強と、大学一年で学ぶ基礎教養ぐらいしかない。

 どう足掻いても開拓の役になんて立たない。

 明らかにこの村長さん、私を村の戦力に据えるつもりじゃない?


「その、お言葉ですが、私には開拓の経験も腕っ節もないので、この村のお役には立たないですね」


 村長は深く頷いた。


「見れば、分かります」


 私は目を見開く。

 村長は私の話に対して、驚いた様子もなく、まるで一目見た時から分かってたと言わんばかりに落ち着いていた。


「その白く細い手では鍬の一つも持ち上げられないでしょうな。それに、我が村の働き手は十分に揃っています。余分な人手は、かえって混乱を引き起こします」

「ほっ……」


 畑を耕せと言われたら白目を剥いて倒れる自信しかなかった。


「先ほどの岩に挟まれたのも、老いがこの体を蝕んでおるからです。恥ずかしい話なのですが、村長を任せる人物がまだ見つからず……」


 ん?

 話の雲行きが怪しくなってきたな。


「曽祖父から聞いた話なのですが、ニホンでは、金があればガッコウとやらで教育を受けられたと聞きます。ワシの代わりに村長になってくれとは言いませぬ。せめて、可能な範囲で構いませんから、その教育で培った知識をこの村の発展に使ってはいただけませんか?」


 あ、余計ハードル高いお願いきちゃった。村の発展に役立つ知識なんて、学校で習わないよ。

 でも、そんな弱音を吐いたら追い出されちゃう。


 元の世界に帰るアテもないのに、ここを追い出されたら野宿確定。

 サバイバル経験がゼロの人間が生きていけるほど自然は優しくないのだ。


 つまり、私に選択肢はない。

 ゲームで言うところの、序盤にありがちな無限ループの選択肢、ここで断っても話が進まないのだ。


「が、頑張りマス……」


 こうして、私は異世界転移初日から、開拓村の行く末をどうにかしろという壮大な無茶振りをかまされたのだった。

 どうしろってんだ……。


「実は、村の若い衆が放牧の際に見つけたとある物がありましてね」


 村長は、テーブルの上に置かれていた金属製の立方体を私に渡す。

 艶消しが行われた光を飲み込むような真っ黒な金属製の立方体は、人の頭ほどの大きさなのに、私が予想するより遥かに軽い。


「鉄資源になるかと鍛治職人のトマスが溶鉱炉に入れてみたのですが、何時間も火に入れても溶けないし、ダイヤのハンマーでも壊れないのです。村の迷信深い者は、これを災いの予兆と恐れる者もいます」


 たしかに、なんとも不気味な雰囲気を放っている。

 都市伝説にでも出てきそうな得体の知れなさもある。


「人は未知を恐れます。どうか、これを解明し、村の衆を安心させてほしいのです」


 よ、余計に無理では!?

 物理学の知識も、ましてや天才の頭脳があるわけでもない。

 こんな凡愚な頭が真実に辿り着けるわけがないだろ。


「頼みますぞ」

「あ、はい……」


 しかし、悲しいかな。

 今の私は村長さんの提案がなければ宿なしの人間。

 野宿できるほど現代っ子は強くないのです。

 そして、やれと言われた事をどうにか工夫するのが人間というもの。


「必要なものがいくつかあるのですが、それを用意してもらっても構いませんか?」


 リュックからノートとシャーペンを取り出した私は、ひとまずこの村と謎の金属製立方体『キューブ』について情報を得る事にしたのだった。

金属製の立方体はロマン。異論は認める

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