12.なにそれ
気づいたら誰かに背負われているような気がする。
頭が痛い。飲み過ぎたのだろう。
片側の頬に風が当たる。ここは屋外だろう。
目を開けると街灯が光っているのが見える。
「目、覚めました?」
声はうっかり惚れそうになるほど優しい。返事をする前に相手は背負いなすように軽く私を宙に浮かす。そのとき、視界が揺れて頭が揺れて、世界までもが歪んだ心持になった。
星が綺麗な街中で、何故、この人と二人なのだろうか。
私は記憶を探るがあまり出てこない。お酒で記憶を飛ばしたことは無かった。まだ解禁して日は浅く節度をもって楽しむよう注意していた節もある。
ただ花咲さんがいて、綿貫もいて、浮かれて自分を制御しきれなかったのかもしれない。
面目ない。
「綿貫さんはお手洗いです。先に向かっておいてくれ、と」
「……」
「俺と二人っきりして安心するなんて馬鹿ですね」
「……」
「花咲はもう少し親友と反省会するらしくて」
「……」
「月、きれいですね」
首を少し動かして空を見る。きれいだ。世間話を振ってきただけに違いない。
「そう、ですね」
「やっと話した。気分悪いですか?一旦、どっかで座ります?」
「すみません。その、」
糸魚川の背中から彼の煙草消しの香水の香りがする。酔った時に香水をかぐと気分が悪くなるというが、そんなことはなかった。心地よいとさえ思った。
「なんで、糸魚川、さんがいるんですかね……」
喉が乾燥していてうまく声が出ない。
乾いた笑い声がする。「どうしてですかねえ」なんてこと言って肩を揺らしている。不思議と吐き気もなく落ち着いてくる。また眠気が私を襲うが、このまま寝ては、このままこの変な状況を受け入れるのがどうしたものかと自制がはいる。なんとか気を保つ。
「自分で歩きます」
「そうですか。でもちょっと怖いからこのまま行きましょう。もうすぐですから」
「……」
「また、寝ていていいですよ」
「いや、その」
「敬語じゃなくて、良いのに」
優し気な声に棘が入ったような鈍さが入る。
「あー。そうかな」
「急に年上って意識した?もう少し雰囲気あるところですればいいのに」
「なにそれ。いや迷惑かけたから」
「好きでやっていますから、そこは」
「なにそれ」
意識が段々明瞭になるにつれ景色が見覚えのあるものであることに気付く。
もうすぐマンションだ。
「お酒はほどほどにしてくださいよ。自分が毎度、酔っぱらったあなたの傍にいるわけじゃないんで」
「………私はなにか言ったのかな。まーその、所詮酔っ払いのたわごとだから」
「さあ。綿貫さんに後で聞いて判断しくださいよ、お姫様」
「キツいよ、それ。現代でその言い方は。もうおろして。立てそうだから」
「さいですか」
マンションの前であっさりと降ろされる。
「ご迷惑おかけいたしました。ありがとうございました」
「いえいえ」
「家、上がってく?綿貫来るなら合流して」
「部屋、入るまでは見届けます。花咲の部屋の鍵あるんでそっちにお邪魔します」
「そう」
何となくまた部屋に上がるだろうと思っていたが難なく断られた。それもそうか。
エレベーターを降りるまで無言となる。別に気まずくはない。
扉の前まで来て、それじゃあと別れるとろで糸魚川の顔を見ると何かを言いたそうにしているので、ふと向き直る。
どこか真剣な顔が誰かに重なった。
月明かりが彼の顔つきを少し幼く見せている気がする。
「魚住さんって花咲が好きなんですか」
「……あー……、はい」
事実確認のようにド直球だ。
しどろもどろに返事をすると彼の顔が笑みを作る。
違和感を覚える。なんでそんな張り付けたような笑顔を作るのだろう。
なんだか急に距離が出来たような気がした。
糸魚川と花咲さんは割と距離が近いから現代だと私が嫉妬対象になるのだろうか。
酒の抜けきれない頭で考える。編集者として担当作家に変な虫がついて仕事が滞ったら迷惑千万なのかもしれない。
「本当にあり得ないんですけど」
「あっいやすみません。なんか気づいたらで、そのそもそもこの感情が出るのも自分でも考えてなかったものだと、私も思っていて」
慌てて口が言い訳に走る。糸魚川は顔を横に振る。そうじゃなくて、と言っているかのようで、その仕草で言い訳をやめる。
「俺が、好きって先に言っていたら意識しました?」
頭を石で殴られたような台詞が出てきて理解できなくなる。
糸魚川の顔には笑顔が張り付いたままでなんの感情も察せない。
「………なにそれ」
と返すのが精いっぱいだった。
「所詮は、酔っ払いのたわごとです。では、良い夢を」
糸魚川はそのまま花咲さんの部屋に入っていく。
自室に戻り作業記憶のごとく鍵を閉めその場にへたり込んでしまう。
ラブコメみたいな会話をしてしまった。
なんだこれなんだこれ。なんだこれと頭を埋め尽くす。
とりあえず綿貫を待つしかない。




