8.在りし日
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聖女となるサラは孤児だった。
教会に預けられて、自分より小さい子の世話を熱心見る心優しい女の子。
若干10歳にも関わらず既にシスターや司祭からの信頼も厚くこの教会を継ぐのはサラしかいないとまで思われている。
14歳になったら協会所属の付属学校へ推薦状を書きシスターとして箔をつけさせるのだと牧師はいつも周囲に言っていた。それを聞いてサラも漠然とそういう道を歩めば、育ての親も喜ぶ、みんな幸せになれると思っていた。
ある日サラは、体調不良に悩まされていた。しかし心優しいサラはそれを言い出せず教会のお仕事を手伝っていた。弱音もはかず健気に、だ。
孤児院の先輩であるカリオンは、よくそんな“聖女”みたいに暮らしていけるよなと感心していた。今まで感心はしていたが手助けはしなかった。
教会の子供たちはそれぞれにそれぞれが事情を抱えている。カリオンにとって他人に対して献身的なサラは変わり者という認識だった。
カリオンは斧を刀に模して薪割りを続ける。これがカリオンの教会での役割で、鍛錬だった。
いつか騎士になって色んな場所に行って強くなる。お金持ちになって三食美味しいものを食べる。それでいつか自分を捨てた親にざまあみろといって幸せに死ぬのが夢であった。それはごくありふれた夢で、平民にとって別段珍しくもない。大体が傭兵になるというのは知っているがそれはそれ。夢は描いているときが一番楽しいのである。
「カリオン、サラと一緒に、薬草をとってきてくれないか。薬師のミアさんが体調を崩したらしくて」
司祭に頼まれるとカリオンは弱い。育ての親だからだ。
「オレ、薬草とかよく分からないんだけど」
「サラはよく手伝いをしているから知っているんだ。お前は一番、強いからサラを守ってくれ。護衛騎士ってやつだ」
「ふうん。いいよ」
一番強いから頼まれたというのではあれば満更でもないというカリオン。その操縦のしやすさを牧師は見越したのだろう。カリオンは教会の子供たちの中で同じものを食べて暮らしているのに体格もよかった。カリオンはサラと話はするがそれほど親しくないので二人は気まずいと思っていたが、変人のサラはそんなことを気にした様子もない。
「よろしくカリオン」
「おう。いいぜ。お前を守ってやる」
サラはよく見ると可愛い顔をしているなとカリオンは思った。
お姫様としての役にはうってつけだ。
ごっこ遊びをする年齢ではないがカリオンはなんだか自分が本当に護衛騎士にでもなった気分になる。一緒に育った仲なので緩く家族のカテゴリーには属している。何がっても守るというわけではないが、牧師に頼まれた手前、誰よりも最優先に守ってやろうという気持ちになっていた。目の前の小さな女の子一人守れないようでは将来、貴族に混ざって騎士になることなど不可能だと、カリオンは子どもではないが大人といえるほど世間をそこまで知らなかった。
二人は薬草の取れる区域に向かうことにする。
よく貴族がピクニックとやらに訪れる場所なので、比較的安全な地帯だ。サラ一人でいかせても問題ないが、ときどきお貴族が野兎などを捕まえるために罠を仕掛けることもある。一人より二人のほうが何かあったときに助け合え、助けを呼びに行くことが出来る。
貧民街のヤツがいうには、そこで女児をさらって奴隷するとかいう話もあるらしい。司祭はサラを可愛がっているので、一番強いカリオンを借りだすというのは彼にとって名誉でもあった。
「カリオンは騎士になるの?」
バスケットを持つと言ったがサラは自分の役割だからとカリオンの申し出を断った。ぶらぶらと揺らしながらサラはカリオンの方を覗き見る。サラの紫がかった髪が空を舞う。珍しい色だ。サラはどこかの貴族のお遊びで出来た子どもかもしれないという噂は本当なのかもしれないとカリオンは思った。
貴族にしては人が好過ぎるからお迎えが来てもすぐ淘汰されそうだとも思う。
「まあ、なれたらね」
頬を掻く。人から口に出されると気恥しくなる。そして身分不相応という言葉が脳内に走る。しかし選ばれたらなれるのだ。前例はとても少ないけれどあるにはある。孤児がなった記録がないことを彼はまだ知らない。
「なれるわ。カリオン、見目も良いし、どこかの令嬢に拾われそう」
「サラ、そう言うところ割と図太いよな」
「あはは。司祭様の前では絶対に言えないわ」
サラは何も清廉潔白というわけではない。司祭やシスターから優遇されていても、年代の近いカリオンやその他の孤児に妬まれないのには理由がある。
「サラは、あれだろ。シスターになるんだっけ」
「神職に就けたら、と思うわ。衣食住が安定しているし、司祭様たちからの期待もあるから」
「そうか。きっとなれるさ」
「ふふ。ありがとう。幸せになれるってカリオンは言わないのね」
景色が段々と変わってくる。建物の通りを抜けて、田畑の土地を抜けていく。太陽を遮るものはなく、日光が燦燦と二人の頭を燃やす。
「幸せ?」
急に出てきた言葉にカリオンは首を傾げる。
「そう。幸せ。司祭様もシスターも言うわ。私はそれで幸せになれるって」
今、サラは真っすぐ前を向いて歩いているのでカリオンにはその横顔から少女の心内を推し量ることはできなかった。ただ、これはきっと同年代より少し上の自分にしか言えない言葉であることは理解できた。
「俺が騎士になったら幸せになれると思う?」
「さあ。誰の騎士になるのかで変わるんじゃないの」
「だろうね。でも俺は騎士になれなくても、幸せになるよう頑張るつもり」
「ああ。そうね。カリオンはそういう人だった」
サラは笑顔をこちらに向けた。いつも見る天真爛漫とでも表現したくなる笑顔だ。
カリオンはサラに手を差し出した。
「なに?」
「今日はカレナがいないから、俺が手を繋いでやろう」
カレナはサラのことが大好きな幼い少女だ。サラを姉のように慕っており、手を繋いで仲良く歩いているのをよく見かける。
サラは噴き出すように笑う。その笑顔は年相応にみえた。
「なあに、ソレ」
「俺もお兄さん的なもんだろ」
「護衛騎士、じゃないの」
「ああ、そうか。見目麗しいではサラもそうだもんな。お嬢様、お手をどうぞ?」
「いらないわ。お世辞なんて」
「お世辞ではないさ。客観的な意見さ」
「変なの」
「エスコートさせていただけますか」
そういって立ち止まって会釈するとサラはその手に自身の手を重ねた。
「カリオンは護衛騎士ではなくても、……幸せになれるというか、誰かを幸せに出来そうだわ」
「サラに言われたら光栄だ。できれば綺麗なご令嬢の騎士になりたいなあ」
「それもそうね」
二人は、そのまま目的へと向かう。




