3.私の最愛
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王様の妾になったのは、全ての建前を除いてしまえば一種の憐みだったのだと思う。
彼以外愛せるわけなかったのだから、そこは檻ではなかった。でも、地獄だった。
私は彼に縋りつくことができなかった。
泣いて喚いて、肌を重ねてほしいと言えば、きっとあの人は振り返ってくれただろう。そこに愛情はなくとも温度はあったろうに、私にはそれをすることができなかった。
プライドがそれを許さなかったというよりも、そんな度胸がなかったというのが正しいだろう。
自分は彼を慰められたかというとそういうことはなかった。
彼は綺麗な肌をしていた。
綺麗な御髪を持っていた。
綺麗な手指が私に触れると私はそれだけで熱に浮かされ幸福を得て、絶望を味わった。
男妾を持つ必要性は特になかった。
その方がバランスをとれるから──多分そういうことだと思う。
自分と誰かと重ねているわけでもなかった。聖女様と重ねられるわけもない。
かの聖女様は一目見ただけで格の違いを見せつけられた。意志ある瞳に美しい所作、美しい顔、美しい身体、美しい声。自分にはないものを兼ね備えていた。たった唯一の人に愛される資格を持つ者とまた対面するとは思っていなかった。
どう足搔いても自分は敵わないと思った。王と肌を交わらせることはなかった。ただ枕を並べて彼の傍で横になるだけだった。彼の膝は心地よかった。彼は私の膝の心地よさを知ろうとしなかった。
通ってくれることはあったが、それはただ他愛ない話を、本当にどうでもいい話をするだけ。それだけで自分は満たされて、ますます惨めになった。やはり自ら誘うことはできなかった。王にはその気がないのに迫って嫌われるのが怖かった。
本当、自分が存在した意味ってなんだったんだろうと思う。
子も成せない。慰み者になれれば十分なのにそれも出来ない。
「綺麗な髪だね」
王が自分の髪を撫でた。王の方が何百倍もきれいでさらさらで、触ったら溶けてしまいそうな御髪をしいているというのに嫌味だろうか。嫌味だとしても、私はとてもうれしい。目を蕩けさせても、王は笑むだけで決して乱れてはくれない。
愛する人の綺麗な指が私の髪を梳くだけでこの上ない幸せを覚える。愛されていないと分かっているのに、切なくて張り裂けそうで襲いたくなってしまうというのに、……幸福感で満たされてしまう。
王は聖女様とは肌を重ねているのだろうか。王の吐息を間近に感じられるのだろうか。どんな顔で、どんな口調で、名前を囁くのだろう。熱を持って触れるのだろうか。知りたい。知りたくない。今すぐ口を塞ぎたい。塞いでほしい。私の醜い感情を浄化してほしい。
王が帰るとき、私は枕を濡らしてばかりだ。
何もしてくださらないことが、残酷だということを彼は理解しているのだろうか。
分からない。分からないけど聞けない。もう分かっていそうだから、それならばその優しさに黙って甘えていたい。憐れみでもいい。ずっと出来るだけ傍に居たい。他の妾に譲りたくない。
もう、いいやって投げ出されたくない。
この場所を、誰かにとられたくないから。
でも、カミサマ。残酷なカミサマ。
どうして聖女ばかり。どうして聖女ばかりを愛するのでしょう。
もし生まれ変わったら、身分なんて忘れて私は、
王様、あなたにまた恋をしたい。
そして、今度は想いをはっきりと伝えたい。
あなたを困らせてやりたい。
愛して愛して愛して愛してやる。
困ってほしい。
私の愛に困ってほしい。
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美味しそうな居酒屋を発見する。
出来れば先に下見をしておきたい。
これがおススメなんだよ。えーすごい菅沼君ほんとうだおいしい~って言われたい。バカみたいという冷静な俺を黙らせる。こいうのはモチベーションが大事なのだ。ネガティブに囚われるのはよくない。
サイトをお気に入りにいれておく。これで三件目だ。
発見した毎に花咲に連絡をいれておく。
一回目こそ、『いつにする?』と来たが「下見をしておきたい」と何度か返事をするにつれて既読しかつかなくなる。花咲は割と淡泊だ。でも、俺以外のときは結構気を遣った内容をしているらしく、もしかして俺って親しい枠みたいなのにカテゴライズされちゃっている?と驕った気分になったりする。なんだかんだと花咲が個人的に自発的に連絡をくれるのは俺くらいだ。
『そろそろ飲み会行きたいです』
花咲からきた連絡。 珍しい口調だ。そのまま電話すると、何コール目かで繋がった。
「もしもし花咲?」
『菅沼、飲み会どう?場所決まらないなら、俺がセッティングするけど』
「花咲がー?ちょっと待って。前一緒に行ったとこにしよう。花咲紹介だと完全に食われる。綿貫さん花咲に惚れちゃうじゃん」
美味しい居酒屋セッティングされて、花咲くんのおすすめー?おっしゃれ~すき!になったら目もあてられない。慌てる俺に乾いた笑いがスピーカーから響く。
「絶対ない。それに俺、あんまり飲み屋しらないから、四季にしようと思っただけなんだけど」
「それ、バッカ。それ俺の実家じゃねえか。馬鹿野郎。個室はあって料理も超美味しいけど、兄夫婦にそんな場面見られたくねえぞ」
大学からもそこまで遠くない。花咲が借りているらしいアパートにも近いらしく花咲も俺のよく知らん大人の男性ときていると義兄が言っていた。
『だめか。揚げ出し豆腐美味いから食べてほしかったんだけどなあ』
「確かに義兄さんの作る揚げ出し豆腐は絶品だ。いつ取材が来てもおかしくない。流石花咲。目の付け所が違うな。……じゃなくて、それなら俺がすぐ探す。今度の金曜日に予約とるから、四季はやめてくれ」
『でもまたいつかはな』
「二人の時はそこで飲もう」
『おう』
じゃあなーと通話を切った。
花咲が飲み会を切望するとは珍しい。あいつも俺の幸せを一丁前に願ってくれているのだろうか。
それとも魚住ちゃん、だろうか。
ちょっと俺が間抜けな馬鹿でも察するものがある。花咲の魚住ちゃんに対する態度はおそらく初対面の人のものではない気がする。綿貫さん関係で知り合ったのだろうか。それかこの勘が外れたら、本当は……花咲が好きなのは、綿貫さん?とか。でも考えてみれば、綿貫さんは可愛い系。花咲は美人系。並んでもアリだなと思う。系統は違うけど、二人の相性は悔しいけど合う。花咲、本当にあいつはずるいやつだ。
四季にしたってそうだ。あの居酒屋の存在を誰かほかの学生に打ち明けようとしたことはなく、花咲も察していて今のような発言をしたことはない。
あいつ、そんなに揚げ出し豆腐気に入っていたのか。という変な喜びもこみ上げてきた。
ブックマークをいれた三件から厳選するしかないだろう。
とりあえず予約があいてそうなところを……だめだ。埋まってしまっている。
どうしたものか。
すると義兄から連絡が入った。
『暇―?』
開口一番これである。アルバイトの打診だろうか。
「いいや。義兄さん、良い居酒屋ないかな。姉ちゃんには内緒ね。こう女子ウケのいい感じの」
『全然、話聞こうとしないな』
「アルバイトってことでしょ。俺、忙しいんだよ」
『四季おいでよ。新作作ったんだけど試食しにきてくれればいいのさ。ウケよくない?』
「姉ちゃんに茶化されたくない」
『今週の金曜日はいないよ。予約も珍しくないから常連だけよんで試食会やろかなって思っているんだけど。お前無理なら花咲くんに声かけてよ。あの子くれば、フードカメラマンさんのテンション上がるから』
この電話、もともと花咲狙いだったのだろう。
「花咲は、一緒に飲むもん……」
『もんって……。丁度いいじゃん』
「揚げ出し豆腐出る?」
『あーあれ。いいよ。義兄ちゃんが可愛い義弟くんのために頑張ってやる』
「じゃあ行く。くれぐれも姉ちゃんに内緒ね。俺、本気の子だから」
『分かった。身内って分からないほうがいい?』
「いや、いいよ。自然体で。バレたらバレたで」
『了解。じゃあな』
「はーい」
結局、四季になってしまった。花咲、お前は預言者だったのだろうか。
こんな風に花咲が望んでいた展開になることがよくある。運も持っていて羨ましいと思うし、花咲ならこういうことになるのもアリだとも思ってしまう。
花咲の好きな人が本当は綿貫さんでしたーだったら俺は絶対敵わないだろうし、仕方ないよなって諦めてしまうんだろうか。
悩むのはよくないので、花咲に電話する。
『なに?』
「花咲って綿貫さん好き?」
『全然。好きだけど、菅沼の含むものとは違うね』
「つまり?」
『尊敬はあるけど、愛はない。あはは』
そう言って切れてしまった。
あいつは、酔っているのだろうか。気を遣っているのだろうか。俺はとてつもなく安心してしまった。




