22.二章準備
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美術館近くのご飯屋さんでランチして帰宅する流れとなった。
その間、私の隣には綿貫がいて、花咲さんの隣には糸魚川が我が物のようにいた。
こうしてよく考えてみると、とても変な相関図だ。
矢印がてんでバラバラだったことがよくわかる。
ここにこうして揃っているのは、神さまの意地悪のかもしれない。
「魚住さん。さっき菅沼から連絡が来ていたのですが。飲み会、金曜日辺り、……綿貫さんも行く?というか菅沼の目当ては綿貫さんだけども」
花咲さんはうかがうように糸魚川をみる。糸魚川は我関係なしという笑顔を全く崩さない。
「行こうかな。魚住が行くなら」
「行こうかな。菅沼君いいやつだし、綿貫も気にいるよ」
「かっこいいー?」
「花咲さんほどではないね」
「そうなんだ。そうなんだって花咲くん」
「あーありがとうございます。菅沼はいいヤツだよ。間抜けなところもご愛敬って感じ」
「いいねいいね」
綿貫は、楽しそうだ。糸魚川の前でこんな話をしていいのだろうか。
「楽しそうでなによりです。じゃあ、花咲、それまでにしっかり仕上げてくれよ。令嬢と護衛騎士のシーン、濃密でよろしくな」
なんでもない口調だ。
花咲さんは慌てたように「そんな無茶な……」と言って糸魚川を引き留めようとするが「これで失礼します」と糸魚川は離れていった。
花咲さんの執筆事情はよく分からないけれど、糸魚川にとって今日は発破をかけるような日でもあったらしい。つかの間の休日だったと花咲さんは落胆していた。
「糸魚川さん、行っちゃったね」
綿貫の声音は別に寂しそうでもなかった。事実をそのまま言っただけという口調だ。
対する花咲さんは「ごめん。もう戻って書かないと」と悲壮めいている。早歩きでアパートへ戻って別れの言葉もそこそこにして花咲さんは急いで入っていった。
自分たちも部屋に戻ってルームウェアに着替えなおす。
「魚住、いつ告白する?」
出し抜けに綿貫が問いかけた。
「告白か。したほうが良い、よね」
「まあ、告白というか返事。何か劇的なきっかけがないというのはなんとも現実感漂うけど、待たせるのは悪いでしょ流石にさ」
「実はあの時から気になっていて、気づいたら好きでしたてって恥ずかしい。そんな意味なく好きになっていいのかな」
「いいでしょ。愛されて好きになったで」
「愛されていないんだこれが」
花咲さんは、好きと言ってくれたけど、聖女ほどの愛はないと言った。あのときの言葉に嘘はないだろう。
「難儀だな。日本語の読解力ためすようなこと言わないでよ」
「でも事実だからな。花咲さん、聖女より卑下癖があるのだろうか」
「聖女にそんなクセないよ。あがり症なところはあったけど」
綿貫はラーメンをつくるためにお湯を沸かし始めた。水の量が多い。私の分も沸かしてくれるらしい。
「堂々としたもんだよ。初対面の時なんてさ。試そうとしたら、『無礼な扱いはかえって主人の素養を見誤らせます』と言い宣った。主人って、王太子に?ってなるよね」
「劇的すぎる……」
直接見た印象と違う。もしかして綿貫の異世界と自分の思うものは、並行世界なのだろうか。
「巷の噂では、のほほんとしていて打たれよわそうで、君みたいに卑屈っぽいって言われてたけど、見た目のわりに肝は据わってたねあれは。それに比べると花咲君は見習うべきところがある」
お湯を沸かす間に柿の種を食べ始めている。私もピーナッツ部分をいただく。人をだめにする味がする。美味しい。
「逆襲でしょ時代は」
「どういうこと?」
ピーナッツを取り出した綿貫はそれを泳がせるように揺ら揺らさせて私の口元に運ぶ。それを咀嚼する。
「今度は魚住が花咲さんに愛してもらう努力をするの。享受してもらってばかりではダメ」
「そうか。そういうことね」
「私は、適度に距離をはかろうかな。新たな出会いを求めてもいいし」
「諦めるの?」
「いいや。いろんな経験を積んで、いい女になってそのときもこの気持ちのままならアタックする?とかいう展望もある。今のままではダメだろうから。今度は身分差というか年齢差と社会的立ち位置の差もある。これは割と壁が大きい」
「なるほど」
今度は私が柿の種を綿貫の口元まで持っていくと綿貫は私の指ごと食べてしまった。
じとっと指に舌がつく。
「指しょっぱー」と綿貫が笑う。
そうしてウェットティッシュを持ってきて指を拭かれた。
アフターケアまで万全である。
「ここからが第二章ってわけなのさ。燃えない?」
綿貫は、お湯が沸騰した音を聞いて席を立った。
私は彼女の先を見越した考えに驚きと尊敬を持った。
結構、本気で綿貫は糸魚川のことを好きになっていたのかもしれない。
たかが一目惚れ。されど一目惚れ。
糸魚川はこの綿貫の本気の愛に、もっと真剣に向き合うべきだろう、と思う。でもそれを強要することは出来ない。
そして、自分も。私も、花咲さんに芽生えた感情に名前がつけられたのであれば行動を起こしたほうが良いだろう。
なにもせず、そのまま埋もれてしまっては、前世を思い出した価値が見いだせない。
カリオンと結婚して、アリアナも交えた平民の暮らしは、幸福であった。穏やかでこれほどまでに人生のなかで安らかであったことはあるだろうか、と。気づかれもせず、感情を御すことも表情管理もしなくてよくなった生活を楽しんでいた。不満はとくになかった。
不満は、全部不要だとおいてきたからだ。
「綿貫、私、花咲さんに言うよ。ちゃんと、好きって」
「うん」
「第二章は、そうだね。聖女にも負けないくらい好きだとでも言ってもらおうかな」
「素敵だね。協力するよ。出来る限り」
綿貫はシーフードと醤油味のインスタントラーメンにお湯をそそいでいた。どちらも好きなのでどちらでも構わない。それはどちらも同じ意見だろう。
しかし私は今日に限っては「醤油が食べたい」と名乗りだす。すると綿貫も「シーフード気分だったんだよね」と返してきた。
気が合うのか合わないのか。
これは、合うと考えて良いだろう。
私と綿貫はこの距離が良い。この距離で心地よいのだ。
カミサマもよく分かっていらっしゃることで。




