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21.複雑感情

 花咲さんと糸魚川が去っていく背中を見る。さすがに作家でも編集者でもない自分たちがついていくのも、と思う。隣の綿貫は行って話を聞きたいだろうが、無理に行こうということもなかった。

 今は糸魚川と一緒にいるのが気まずいのだろう。

 今後、綿貫を邪険にすることはないだろうとしても、糸魚川の態度は綿貫をひどく傷つけたのだと思う。前世についてこれほどまでに拘る性分だとは思わなかった。私は、そこまで彼を主人として把握できていなかったということだろう。 


 「魚住。糸魚川さんめっちゃ私の前世嫌っているかも」

 美術館内だからというのを差し置いてもその声は消えそうなほどか細く、いつもの綿貫らしくなかった。

 「あー……、うん。私もそれ知らなかった」

 「これは滾るよね」

 声のトーンが上がっている。

 「うん、落ち込むよね、ってことはなかったか。……滾るのね」

 「マイナスからプラスは需要ありまくりでしょ。それに糸魚川さんは私のことは悪く思っていないからさ」

 「そうきたか。逞しいね」

 「そうきますよ私は」

 綿貫の腕に自分の腕を通す。そのまま綿貫は私に体重をかけるようにしだれかかってきた。

 と言いつつも結構なダメージを受けていることがうかがえる。落ち込んでいるときにすり寄ってくるところが本当に猫みたいだ。

 花咲さんと糸魚川はふたりでさっさと行ってしまう。取材の場に無関係の私たちが同行しても仕方ないのでそれはもうそれでいいだろう。

 「カリオンと同じで堅物だった。あの糸魚川さんってヤローはよ」

 「萎えないの?」

 「ああいう人って自分の幸せを他人に代行してもらって幸福感を得るタイプなのかな」

 「…………分からない。あの騎士のことを私はよく知らなかったみたい」

 実際、国王を嫌っているとまでは思っていなかった。

 「結局、物語だったら元夫婦に収まるほうがよかったりするのかな?」

 「いや、ないかな。糸魚川はないな」

 今度は糸魚川が糸魚川なりに幸せになってほしいと思う。

 「花咲くんは、ありなのかい?」

 「多分、私は花咲さん好きだと思う」

 「だろうね。露骨に変わったよね。好きって言われたからかな」

 「もしかしたら聖女より愛してないとか言われた段階で信用できるって思ってしまったのかも」

 「なにそれ」

 「そういう人間臭いところが良いって思ってしまったんだと、思う。かわいいでしょ」

 「花咲くんは、可愛いかな……一般的意は可愛いではないかな」

 綿貫には素直にそのままの気持ちを伝えることができた。不確定で相手に言い切れなかったが言葉にするとそれは、もう確実なものになってしまったような気がする。


 「前世で私と綿貫が夫婦だったら案外うまくいっていたかな?」


 綿貫は私から離れて正面に回る。そしてずいずいと体を近づけて後ろのガラスケースまで私の体をおいやる。そのまま腕を出して顔を近づける。これは漫画などの創作でよくみる壁ドンの亜種、ガラスドンだ。おそらくこの場面を糸魚川がみたら注意すると思う。しかし周りに私たち以外の人物はいなかった。

 「でも子は成せなかったと思うよ。傍にずっと想い人がいたもの。レテシーへの花束、私は適切だと思っているし、それを一介の平民風情の騎士にとやかく言われて嫌われても構わない。聖女と結婚したから結果として善き王になれた。事実、これだけ」

 淡々とした口調で、有無を言わせない。そういう迫力に蹴落とされてしまう。そういう不意に男前になるのはずるい性分だ。

 「うん。綿貫、離れて」

 「はいはいはい。どうよ?どきどきした?」

 「キュンじゃなくて恐怖。目が座っていた」

 「魚住が変なこと言うから~。きっとあの頃でも良い親友になら、なれたはずなのにね。時代は怖いねえまったく」

 「そうかな。そうかもね」

 とても残酷だと思ってしまった。変に傷つく自分がいる。

 どの時代でも良き友でいたと思うと考えていた自分が懐かしくなる。

 あの頃のわたしは王太子を愛そうとしていたから。腕をからめて寄り添う親友はそのことに気づかない。

 ああ、そうか。糸魚川は、あの感情を分かっていたのか。と悟る。行き場のない愛を受け止めようとしてくれていたわけだ。

 もう過ぎたことなのに忠実な護衛騎士だ。いや、元夫だ。

 この綿貫に対してのドキドキは私というより、レテシーのものかもしれないと思った。


 多分、あの頃は親友なんかにはなりたくなかったよ、と。

 なるくらいなら、貴族なんかやめてやるって。

 そういう感情を糸魚川は、律儀にわたしのために守っていたらしい。結婚したのがカリオンで良かったと思った。

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