20.元夫婦の回想
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美術館に到着した。青々とした広い庭がみえてくるとやっときたなと思う。
濃かった。ここまで濃密な時間であった。
糸魚川と綿貫は一切、言葉を交わさないが険悪という雰囲気も出さない。私は綿貫と、花咲さんは糸魚川さんと会話をしつつだっとので、もう別々に来たと言っても過言ではなくなっている。
特別展示は国宝の合戦絵巻だった。常設展示から順にみていく。
そこまでの見識はないため、説明をみてへえーそうなんだあという感慨以外特に湧いてこない。変な絵だとか、昔の技術でここまで細かく描けるのか。だとか。
紙も貴重な時代に一発勝負とか恐れ入るという月並み凡人の感想の数々である。ほとんどが俗物的だ。
そんな私とは対をなすように、綿貫と花咲さんはそれぞれに芸術を楽しんでいるようだった。一つの作品をずっと見続けたり、すぐに興味を削がれたのか立ち去ったり、意図していないはずに二人は同じような行動をする。なかなか気が合うではないかと嫉妬を覚えるほどだ。
自然と構図は元夫婦対元夫婦の図式になってしまった。
後生だと言っていたのはどの口だか。楽しそうでなによりである。
糸魚川は、花咲さんの傍にはいかず私の隣をついてくる。じっくり見たいなどはないのだろうか。それならば、と話しかけてみる。
「糸魚川って煙草、吸うんだっけ」
「え、あ、はい。……匂います?」
糸魚川は腕を鼻に近づけ体臭を確認するような仕草をする。ヤニくさいなどは特にない。
「いや。香水、いい香りだね」
「相変わらず、鋭いですね。そうですね。今日はいつもより強めにしたので……」
「糸魚川、煙草、似合わないよね」
「そうですか?」
「あーいや、嗜好に口出すのはよくないね」
思わず出た言葉は否定ではないと手を横に振る。ガラスに映る自分が滑稽に慌てている。
「煙草は嗜好品で、オレには今まで無縁でしたからそういう違和感でしょうね」
私、会話するの下手かなというレベルの話しかけ方だった。それを察したのか今度は糸魚川が話題を振りなおしてくれた。
「綿貫さんが、国王だったなって聞いていませんでしたよ。王妹ではないとは」
「なんで綿貫のアプローチ無下にしたの」
あからさまだったことを暗に問う。私にその資格はないと思いつつ綿貫のことを気遣ってしまう。
「あのですね。全く持って趣味ではないんですよ」
土偶みたいなのを二人で眺める。
説明文をみても全く頭に入ってこない。
よく見ようと、ガラスに近づきすぎると糸魚川が手でケースを触らないようにと小さく言って手を目の前にだしてくる。
「よく知りもしないのに」
「それは相手の傲慢です」
「花咲さんもそうでしょう」
「魚住さんは、花咲に惹かれているでしょう。オレの目は騙せませんよ」
「糸魚川、綿貫きらい?」
「きらい以前ですね。よく分かりません。前世でも接点なんてほっとんどない。オレはあの花束、そもそも気に入らなかったのですよ」
「婚約破棄の?」
「はい。あの紫色の花。聖女さまに優しい主が手向けた花の、花言葉ご存じでした?」
「……ああ、あれね。あの頃の教養としてなんとなく」
現代にも所以は別として花言葉が共通しているとは思わなかった。
あの頃そのような教養を持っていなかっただろう糸魚川は現代で調べたのだろうか。それで、意味は同じようなものだったということだろうか。
「高貴な方の水面下のやりとりは嫌いでした。ですから綿貫さんはきらいではないですが、元王はきらいでした。国民として敬愛はしておりましたが個人としては嫌いでした。これは断言できます」
「それを言ったの?」
「いいえ。でもとても察しの良い聡明なお嬢様でしょう。綿貫さんは」
「糸魚川、なんで私と結婚したんだっけ」
この場合の糸魚川はカリオン。私はレテシーだ。その意図を糸魚川がしっかりと汲む。顔を見るため見上げる。目が合った。真剣な瞳で反らしづらくなる。電話くらいのノリで聞いたほうが良かっただろうか。
「あなたが平民になりたいと言ったからです」
「ただなりたいと言っただけで、その晩にプロポーズしてきたよね」
「受け取ってくれると思っていましたよ。なんせオレのプロポ―ズなんですから」
糸魚川は目線を展示物へ戻す。私もそれにならう。
「滅茶苦茶だったなあ」
口に手をあてて笑う。糸魚川はわざとらしく咳払いした。
特に使ってこなかったお給金の預金を幾らばかりかおろして、きれいな花束をこさえて護衛騎士だというのに持ち場を離れたと思ったら、結婚してくださいときたもんだから大騒ぎだった。あのアリアナも予測がつかなかったようで「段階ってものを知らないんですか!?」と驚いていた。
父と兄が激昂するなか、駆け落ちだけはしたくないから正式に結婚の許可をくださいとカリオンは頭を下げ続けた。そうしていくつかの試練を突破して、家門を追放するという形ではなく正式に嫁入りの降下という実例を残した。
結婚式もその時代の平民の通例に則り、カリオンが育ったの協会で行った。珍しく涙ぐむ父親に驚いた記憶がある。
カリオンは傭兵まがいな仕事をして、私も商人のようにして働いた。彼に傭兵の道を強いてしまったのは穏やかで幸せな生活を送ってきたなかで、心残りの一つだ。
聖女にはそこは知らされていなかったのは驚きだ。純愛の戯曲にもなったと聞いてアリアナと息をひそめて見に行ったが、聖女の公務には鑑賞は含まれなかったのだろうか。王様がそっと隠してくれたのだろうか。そもそも王妃はそこまで自由度が高いというわけではないので、情報統制は案外容易かったのかもしれない。聖女は密偵などを使用しようなど考えそうにない人柄だった。
思えば彼のおかげで私は悲劇の人にはならなかった。悪女にもならなかった。周りに恵まれていたと思う。
二人の視線は青磁器へうつっている。美しいと思う。
「泣いていたでしょうあなた。珍しく」
つぶやくように小声で、糸魚川はいう。
そうだったろうか。あの頃の記憶は、聖女への理不尽な八つ当たりとかそういうので占めていて、蓋をしたいとレテシー自身が考えている醜い感情で埋まっている。いっぱいいっぱいだった自分を救いあげたのは確かにこの騎士だった。
「愛していない人にやさしく出来るのに、どうして愛してくれるだろう人にやさしく出来ないの」
「……それとこれとは話が別ですからね。どうしようもない」
「うーん。言われてみればそうか。でも綿貫のこと変に扱うのはやめて。大切な友人なんだから」
カリオンはレテシーの忠実な護衛騎士だった。愛していなくても側にいることを誓った仲だから、結婚という枠組みは大したことではなかったのかもしれない。
「はいはいはい。大切なねえ」
声には棘があり、不貞腐れたかのような口調だ。糸魚川の声で聞くと違和感がある。
「そんなにハイハイ言わなくていい。赤ちゃんじゃないんだから」
「こうして巡り会っても、お嬢様は殿下を大切だって宣うのに、呆れたのですよ。もう国の宝でもないのに、何がそうさせています?」
「綿貫は綿貫で殿下ではない。これじゃあ堂々巡りだよ」
「その通りです。分かっています。詮無いですね。オレは本当にどうしようもない。……おーい花咲、次の特別展は館長さんのアポとってるから二人で行くぞ」
糸魚川は私の傍を離れて先にいる花咲さんへ近づいていった。
私は綿貫のほうへ寄った。




