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19.美術館へ行こう


 日曜日は見事に晴れた。

 土曜日は雨で、日曜日の予報も雨だったのでどうなるのか不安であったが、晴れてよかった。地面はぬかるんでいるがそれは致し方ないことだ。

 これは聖女の力なのだろうか。いや、まったく関係ないだろう。

 「今日は誘っていただきありがとうございます」

 花咲さんは玄関先で、昨日のことはなんでもなかったかのように挨拶を寄越す。

 こちらが意識しても無駄だと悟る。もう花咲さんのなかで折り合いがついたのだろう。

 「どういたしまして!今日は糸魚川さんもよろしくね」

 花咲さんの言葉に返事をしたのは綿貫でその会話の矛先は花咲さんのよこで爽やかな空気を出している糸魚川だった。

 「よろしくお願いいたします。取材にもなって助かります」

 「よかったー。では糸魚川さん一緒に歩きませんか?魚住は、日ごろのお礼を花咲くんに清算するって感じなんですよ」

 「よろしいのですか。私のようなおじさんと綿貫さんのような可愛らしいお嬢さんの横を歩かせていただいて」

 「関係ないですよ。行きましょう。それとも魚住の隣の方が都合いいですか?だって」

 元夫婦ですものねとでも言いたかったんだろうか。

 糸魚川は眉を微かに動かす。

 面倒だという心の声が聞こえてきそうだった。

 綿貫の積極性には脱帽だ。糸魚川もここまでぐいぐいと来ると思っていなかったのだろう。私も思っていなかった。事前に、頑張る!!と意気込んでいたので、頑張るんだなと思っていたくらいである。

 「糸魚川いたほうがよかったですか?」 

 花咲さんが首を傾げる。ここで、そうですねと言えるほどの無神経さは取り扱っていない。しかしながら、私が誘ったのは糸魚川で、綿貫が誘ったのは花咲さんだ。取り合わせ的にはそうなるのが自然ではある。今回の目的は私から花咲さん。綿貫から糸魚川さんなので、結局のところ間違ってはいないのだ。

 「花咲さんとゆっくりお話する機会もそうそうにありませんでしたから」

 「そう言ってくださると嬉しいです。こうして待ち合わせて出掛けるのは初めてですね」

 部屋の前からなので待ち合わせ、であっているのだろうか。あっているか。

 隣人同士の関係からこうなるとは露とも思っていなかった。

 思うように言葉が出ない。話題がなかった。綿貫はどんな会話をしているのだろうか。あの二人、歩くのが早い。もう背中が見えない。一緒に行動する気がさらさらないようである。というかエレベーター使ってさっさと行ったと見える。一緒に乗ろうとか思わないのだろうか?

 仕方なく階段を下りることにする。花咲さんもなにも言わないのでいいだろう。

  同じ目的地というだけの行動になってしまっている。

 「俺は魚住さんに想いを伝えましたが、重く考えないでくださいね」

 「想いだけに、ですか」 

 茶化すようにいうと花咲さんは小さくうなずいた。

 「そういう感じでいいんです。そういう会話をしたかったのに、すっ飛ばしちゃったから」

 花咲さんは浮かれる少女みたいだ。見た目はそんなことはないけれど、雰囲気がそれを想起させた。そういう会話ってなんだろうと思い軽口を言い合う感じだろうかと思いあたる。

 「花咲さんのこともっと知りたいと思う。でも、それを聖女に重ねる私がイヤ」

 「タメ口にしてくださるんですか」

 「……出来るだけ。慣れるまでは敬語が出ると思い、思うけど。私は、花咲さんに重ねてほしくないな」

 「そう、だね。そうだな。えーっと」

 花咲さんも口調が迷子になっている。

 「無理しなくてもいいよ。それが花咲さんの性分なんでしょう」

 一人称もここのところ俺に統一されている。それでいいと思う。

 「ありがとうございます。前のことをぶり返すのはあれですが、興奮しているは気分の昂りを示した言葉です。それ以上でも以下でもなく下はありません」

 大真面目な口調で力説された。

 「なるほど。すみません。変態的な意味に捉えてしまいました」

 思わず敬語になる。こちらの態度のほうが長かったから自然にでてしまうのだ。

 「いいんです。そう捉えられても仕方ないですから。そこは訂正しておかないとって」

 「じゃあ、それをいうなら、私も興奮しているかな」

 「魚住さんがそういうのは、やめてください」

 「花咲さん顔真っ赤ですね。耳まで赤いじゃないですか」

 花咲さんは顔を思いっきりそらしているが耳までは隠せていない。花咲さんの耳にはピアスの穴の跡がある。開けているとは思わなかった。今はつけないのだろうか。

花咲さんは階段を踏み外しかけた。からかい過ぎたようだ。

咄嗟に腕を伸ばそうとするがまたふり払われるかもと思いひっこめる。花咲さんは自力で体勢を整えて事なきを得た。

 「そう言って、からかうから」

 と睨まれるがそれほどの迫力はない。

 「あはは、ごめんなさい。つい」

 引っ込めた手に花咲さんは気づいたのだろうか。

 私の手元を凝視した。

 「無暗に謝るのはよくないですが、今回は魚住さんが悪いです」

 改まっていう。そこまで傷つけたのだろうか。危うく階段から落ちそうだったので、自分だったら怒っているかもしれない。そのままケガをしている可能性もある。

 「………はい」

 楽しいお出かけとはならずとも、貰い過ぎていた恩を返そうとしていた意図があるとうのに出だしに失敗してしまった感はある。

 「とりあえず手を、繋いでもらって、良いですか」

 「………はい?」

 花咲さんの顔は、現在進行形で赤かった。

 「ずるいですけど、これでチャラということで」

 差し出された手をまじまじとみる。

 「ふり払ったりしませんから」

 花咲さんがからかうように言った。

 「ふり払われる……ですか」

 「あの時、魚住さんは混乱してたでしょう」

 「今もそれなりに」

 「ふり払ってもいいですよ」

 「いいえ」

 ままよと手を握った。

 「これじゃあ、握手ですね」

 私の差し出した手は花咲さんの出した手と交差していた。これでは握手である。その通りだ。そのまま繋がった手を上下させて話した。

 自分の頬が赤くなっているような気がする。

 花咲はそれを指摘しようとはせずくすくすと笑うばかりだ。

 「花咲さん、私は意識し過ぎています。たぶん、聖女じゃこうはならない……」

 「そうですか」

 「私、たぶん、」

 その言葉の続きは言えなかった。

 好きかもしれないと言おうと思ったけど、これを言ったらこの後美術館に行くのに気まずくなりそうだ。まだ始まってもないのにクライマックスを迎えるとは、これが物語ならば段取りを考えろと匙を投げつけたくなってしまう。

 また、『かもしれない』という言葉は花咲さんにとってなにより不誠実だと思う。

 言葉の続きを待つ花咲さんの表情は、そわそわとしていて差し入れを持ってくるときのモニター越しで見る姿と重なって見えた。

 「緊張しています」

 捻りだした言葉に花咲さんは自分もだというように大きくうなずいた。

 階段を降り終わって駅へと向かう。ホームへ行くと綿貫と糸魚川が並んでいた。電車を待っているうちに合流することができたようだ。

 二人の間に流れるのは無言。

 糸魚川は私を認めるとにこにことしていて、綿貫は助かったというように息をはいた。

 二人の間にどんな会話が成されていたのかまったく想像できなかった。


 「魚住、ここからは一緒に行動しよう後生だぜ」

 「そのつもりだったけど、離れたのはそっちでしょうに」

 綿貫は私の隣を陣取って糸魚川から離れた。

 花咲さんは糸魚川さんのほうへ行き、勢力は分断されたのであった。

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