17.知らないけどそれ
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講義終わると菅沼はサークルの集まりがあるからと、そのまますぐに教室から出ていった。
ノート類を鞄にしまいつつ時計を確認する。次は一コマ分空いているので、図書館で時間を潰すことにする。そこで綿貫と遭遇するかもしれない。
席を立つと、花咲さんも同じタイミングでやってきた。
「魚住さん。すみませんでした。」
「はい。花咲さんさっきは災難でしたね」
思わず敬語になってしまう。
「菅沼のことは気にしないでくださいね。俺は、魚住さんに迷惑は掛けたくなくて。あとさんじゃなくて、君でも構わないというかさっきのは誤解を招くので」
「花咲さんには君付けするの恥ずかしくて。このままでもいいですか」
今更君付けするのは躊躇われた。呼ぶたびに止まってしまうおそれがある。
「全然問題ないです。もし菅沼のいう飲み会に行くときは言ってください。俺も行きますから。連絡先、聞いてもいいですか」
花咲さんは、無理しなくても大丈夫ですとうなずく。
「はい。さっき菅沼君とは連絡先交換してないので大丈夫だと思いますけどね」
「これは、個人的に。日曜日の美術館のときに知っていたほうが良いだろういうものです」
「そうですね。よろしくお願いします」
そのままスマホを出して交換する。花咲さんのSNSのアイコンが桜、しかも山桜になっている。
「魚住さんはもうタメ口はやめたんですか」
「花咲さんも敬語ですし、こちらの方がいいのかと」
「話しやすい方で構いませんよ。俺は、魚住さんにタメ口きかれると、」
花咲は沈黙する。
私は言葉の先を待つことにする。なぜ、そこまで溜めるのか気になった。
腹パンしたくなる?
そんなこと思わないだろう。
距離が近づいたようでうれしい?
自意識過剰なことこの上ないがありそう。でもそれをいうのを恥ずかしがりそう。
どう伝えるのか。わくわくしている自分がいる。
花咲さんにとりこまれている。すき、きらいとかいう以前に、ちょっとかわいいと思い始めている。聖女に似た感情を抱いたことはないので、これは魚住発信の対花咲への感情だろう。
「興奮します」
あ、嘘ですと花咲さんが言おうとする前に、言葉を遮った。
「これからは敬語で。では。失礼いたします」
そのまま早歩きで図書館へ向かった。花咲さんからそういう言葉が出てくると思わなかった。思いたくなかった。聖女ならそんなこと言わない、子はなしていたと思うけど、そういうことを言うことはないと思う。
いや、普通の聖女じゃない人でもそんなことを異性にいう人はいないだろう。ましてや好意があると伝えた相手にである。異常である。
もしこれが綿貫の発言だったら、「スポドリのみなよ」と返せるのだが花咲さんに対して適切な返事をすることができなかった。
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「花咲くんって興奮するんだね」
開口一番がこれである。
綿貫は清々しい笑顔で図書館の自習室Bに入ってきた。私は予約して一コマ分とっておいた部屋である。ホワイトボード。作業用の机と椅子が完備されグループワークの課題をするのに使用されたり、こうして個人な暇つぶしに使ったりもする。
「花咲さんにあったわけ?」
「文章できていて、通話した」
手に持ったスマホを指さす。それを机において背負っていた大きめなリュックを下ろすと資料を取り出した。レポートのために要約作業を行うらしい。器用なやつなので、ながら作業が出来るのだ。
「私より綿貫との方がお似合いではないですか」
「いや元夫婦なだけに、もう吹っ切れてるだけでしょ。誤解だけど誤解じゃないらしいよ」
「難解な日本語だね」
「嘘つけなかったんだって。聖女らしいね」
「聖女があんなこと思うわけない」
「幻想だよ。思うよ。聖女ではないよ花咲くんは」
「分かってる。吃驚しただけ」
「聖女過敏かな。菅沼?くんのことも聞いたよ。飲み会ね~。魚住が行くなら行くよ。あんまり外で飲まないから魚住と」
「いいの?糸魚川さんのこと」
「まー、それはそれとして、でしょ。予定合えば行こうか。花咲くんの意外な姿も見られるかもよ?」
綿貫はノートに要約を書き写していく。私は広げたもののなにも進んでいない。
「………もうここ最近見てばかりだから、いいよそれは」
お腹いっぱいだよという風に手でお腹の周りをひろげジェスチャーを試みる。
「花咲くん、どうしても魚住の前だとへたれるんだよね。多分ね前世の崇拝が移っているんだわ」
私のジェスチャーに対して、作業を中断し、手を組みお祈りをする綿貫。しっかりこっちを見ていたらしい。器用なやつだ。
「崇拝って。される側でしょうに」
「吹っ切れれば強いよ」
「解説者みたい」
「元夫婦、なんでね。あはは前世ジョーク」
綿貫は鼻歌交じりで楽しそうだ。
そのあと、何も会話が続かないので私も作業にとりかかる。すると時間ギリギリまで集中することができた。




