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15.心内(花咲視点)


 自分にとって隣人の魚住さんは、どういう存在か。どうなりたい存在かと言われるといささか答えに窮してしまう。

 欲望のままに答えを出していい存在か惑ってしまう。


 魚住さんは、朝が弱い。ゴミ出しの時、何度も欠伸していた。

 早起きが苦手ではないようだけど、目覚めるのに時間がかかるらしい。

 雑談話でそう言っていた。魚住さんと雑談出来たとき泣きそうになってしまい、花粉症だと嘯いたことがある。次の年に覚えられていたとき感動してしまった。魚住さんが自分の情報を覚えてくれるとは思っていなかった。

 魚住さんは、綿貫さんが大好きだ。綿貫さんはよく魚住さんの部屋に出入りして休日関係なく泊まりしている。大学でも友人はいるだろうに、魚住さんの部屋に出入りするのは決まって綿貫さん。

 魚住さんは、一度懐に入った相手にとても甘い。綿貫さんがいい例だ。


 魚住さんは、自分のことが苦手なのかもしれない。いや、単純に綿貫さん以上に仲がいいわけではないから態度に差が出ているように見えるだけかもしれない。

 魚住さんは、優しい。人並に優しい。

 そんな隣人。それ以上でも以下でもなく。


 担当編集の糸魚川は、魚住さんとメッセージをしあっている。

 嫌だなと思うけど仕方ないと諦める自分もいる。

 レティシア様も懐にいる人材には甘かった。糸魚川はその延長だ。役得だ。糸魚川と出会ってしまったらという危惧をずっと燻っていた。結局二人は出会ってしまう。こういうのが運命というやつなのだろうか。呪いたくなる。


 「花咲、魚住さんに告白した後は付き合う展望はあるのか」


 「ない」


 「ないってなんだソレ」


 糸魚川は魚住さんと再会できてこちらの焦りも知っているくせに嬉しそうだった。自分の味方であると明言していたので安心していたが、先日、楽しそうにお喋りしていて喧嘩しそうになった。勢いで想いを告げたことを後悔していた。

 あの頃は、口に出すことも態度に出すことも憚られていた。勘のいい夫は気づいていたようで、平民に下ったその後を自分が知る術をことごとく潰されて悲しかった記憶がある。今さら腹が立って仕方なかったろう。

 聖女出会った自分は、他人を怒るとかそういう感情に無縁だったと思う。また、みなが平等という考えだったので特定のものに執着するという感情もなかった。ただ、あの人だけに揺さぶられたのだ。


 「夫婦になりたいというのはある」

 俗物的な願い。口に出すと変に体温が上がった気がする。


 「何言っているのか分からない」

 そこまで思っているとはと糸魚川は驚いているのか、笑顔が固まっている。


 「レティシア様は、平民になったあとどうなったか知ってるんでしょ」


 「さあね。オレも知らされていないよ」


 糸魚川はこんな感じで教えてくれない。絶対知らないはずがないのに、全然関係ないことだから切り離したほうが良いという。鮮やかな髪を黒く染め続け平民になったレティシア様のその後を聖女は詳しく知らない。とてももどかしい。


 「魚住さん、俺を意識しているのかもって綿貫さんは言っているけど、あの人割と適当そうだからなー」

 元夫に対してひどい言い草だが、仕方ない。あいつは、諦めたらどうだと言ったのだ。魚住さん以外に良い女性はどこにでもいても、自分には魚住さんが好きなのだ。


 「綿貫さんって誰なのそういえば」

 糸魚川は、魚住=レティシア様説が分かっただけで満足していた。綿貫さんの正体とかはどうでもいいと思っている様子だった。頓着がありそうでないのだ。


 「元夫」


 「え、じゃあ……」


 「王様だね。元王に一目惚れされたとかいいね。羨ましい」


 「元夫婦同士じゃダメなのか。元鞘に戻れよ」

 無茶を言う。

 うわーやりづらいなーときれいにセットされた髪を糸魚川はかきむしった。今の立場ならば、無下にしても全く問題はないと思う。魚住さんの手前、協力するとはいったはそれは出来る限り、というやつだ。糸魚川には糸魚川の人生がある。

 それは俺も然りだ。


 「前世とか関係ないんだ。まずは恋人かな」 

 魚住さんが自分だけのものになるというのは想像しにくい。何故だろう。綿貫さんの笑顔がよぎる。とても邪魔だ。


 「ああそうだ。言っておくがお前、お嬢様押し倒したら、命ないと思えよ」


 「いきなり物騒やめてくれ。魚住さんを押し倒すみたいなイベントあったら、あっても大丈夫。聖女的に気絶する」


 「お前、聖女じゃないだろ」


 「俺の中の聖女は気絶する。でも、俺はどうかこうか」

 据え膳という言葉がある。想像はやめておくことにする。むずむずしてしまう。


 「そういうヤツ、レテシー様は絶対嫌うし、魚住さんもそのタイプ」

レティシア様はレテシー様と呼称される。聖女はそこまで呼称することは許されなかった。


 「合意があるまで手を出すことはないに決まっている。でも実際、そんな風にはならないだろうな」


 「そうか。ならいい」


 糸魚川のオンとオフは激しい。あの好青年風がこんな口調になるとは思うまい。外面を作りすぎている。綿貫さんは幻滅しないだろうか。しなさそうだ。あの人がそんなことで引くわけがない。魚住さんも受け入れてしまいそうだ。


 「そもそも魚住さんは、俺みたいなのとどうにかこうにかなれる人じゃないから」


 「夫婦になりたいとか言っておいてそれか」


 「夢は大きくってやつ」


 「ふうん。そうかで、原稿の進捗はどうだ」


 急に興味なくしだした。

 こんなに会話をしていて、進んでいると思ったのだろうか。

 残念ながら一行も進んでいない。


 令嬢と護衛騎士の番外編をと頼まれてからずっとこの調子だ。あの作品は息抜きというか、ああであれば関りを持ち続けることができたのにという願望が入っている。正直、読み返すのが怖い。名前もそのままにしてしまったのも負い目を助長させる。想像で埋めているが7割なので、別物と言えば白を切ることも出来る。糸魚川に言われて、レテシー様を独り身にさせないように苦心した。下手なヤツには貰われてほしくなかったので、一応信頼できる糸魚川だった者に不承ながらあてたのは間違いだった。コアなファンは、そこを持ち上げる。困った。こちらも道楽ではないので、要望があり、お金が発生するならば……架空のレテシー様を幸せにできるのは俺だけだ。


 「創作だって割り切れよ。ネーム変えればよかったのに」


 「レテシー様って打ちたくて」

 呼べなかった分、愛称ではなく名前そのものとして出している。


 「…自業自得。さっさとがんばれー。魚住さんが電話していいかってきてる。外出るわ」



 「待って。ここでしてくれない?」


 「なんで、やだよ」

 聞き耳を立てたいわけではないけど、ベランダに行かれたら遭遇するかもしれない。さきほど玄関に綿貫さんの靴があった。泊っているのだ。つまり外でかける状態は魚住さんと重なる恐れがある。


 「原稿、ちょう集中する。糸魚川。お願い」


 「まー。魚住さんなら大声も何もないだろうし離れてするか」

 仕方ないなーといって糸魚川が電話に出た。

 聞き耳を立てる。当然ながらそうする。



****


 ダメだった。

 魚住さんは俺を意識しているらしい。原稿は全く進まなくなった。

 糸魚川は「やっぱり外出ればよかったな」と苦笑している。


 「なあ。花咲、で、どうなりたいの」


 「両想いになって、夫婦になりたい……」


 「なるほど。切実さが加えられたか。それでもブレないな」


 「両想いが追加されているだろ」


 「さっきのは片思いの夫婦でもよかったのか」


 「うん。手を伸ばしたら隣にいる距離なら」


 「うはは。ぶっ飛んでたな」

 糸魚川は背中をガンガンたたいてきた。怒ると思ったがそうではないらしい。


 「聖女っぽくなくていいな」

 天井をみる糸魚川は煙草が吸いたそうにみえる。この部屋では吸わないようにしてもらっている。魚住さんに臭いと思われたくない。そろそろここをあとにするだろうなと察する。


 「そう?なに基準なのかよく分からないけど」


 「お嬢様は、聖女嫌いだったから、……っていう感じもあったな」


 「え?それは聞いてない。本当に?」

 どちらかというと印象に残られてないと思っていた。嫌われる所以………婚約者の座を奪い王妃になった。だめだとてもデカい理由があった。何故失念して落ち込んでいるのか俺は。間抜けすぎる。

 糸魚川は言ってしまったという顔をしているので真実らしい。そりゃあそうだ。項垂れる。出会いは間違ってなかったはずなのに、レテシー様にとっては些末でどうでもいいことで、……落ち込む。


 「魚住さんのせいで情緒ジェットコースターなんだけど」


 あの人は前世でも今世でも無意識に揺さぶってくる。

 記憶が戻る前から、彼女に惹かれていた。

 分かった後、引っ張られていると思ったが、聖女の重さほどはないと思っていた。自分に振りまわれているらしい彼女の声を聞いて、やっぱりこの感情は記憶がなくても引き出されてしまうものだと確信した。


 魚住さんは、どうだろう。

 聖女の俺を通さずに好意を受け取ってほしいと思うけど、聖女ではなかったらこうも関りをもとうとしなかったのではないかと思う。

 結局、聖女でもないずるがしこい人間の俺は、ずるい武器を遣っている。

 汚くて醜い感情ある、こんなやつ、魚住さんは、好きなってくれるのだろうか。


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