14.魚住さんは動揺している
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恒例のような呼び鈴が鳴る。
この音は、花咲さんだ。
モニターをみると花咲さんが何かを持って立っている。
そのまま扉を開けると、花咲さんはビックリしていた。
返事をせずにあけたことに驚いているようだ。
「これ、よかったら。ゼミのバーベキューで独り暮らしの人が余った紙皿とかもらって」
「役立つものだ。ありがとう」
「え?」
「うん?」
上擦る自分のうんは気持ち悪いけど、それには上擦り加減には花咲さんは気づいていないらしい。あわわとでもいうように紙皿を上下している。
可愛らしいと不覚にも思った。
いつもは、隙のない好青年だと思っていたが、最近の様々な出来事を経て見方が変わってきた。
「あの、敬語」
「やめます、いや、やめるので、花咲さんもそうして。お願い」
そういって目を見ると花咲さんは硬直したのちうんうんと何度もうなずいた。まるで慌てたときの聖女をみるような気分だ。人前で緊張したとき、あんなふうになっていたのを凱旋パレードで見た覚えがある。横にいた王太子がなだめていた。案外いい夫婦になったなと感動していた。
「はい。うん。えっと俺、君を前にしたらどう話したらいいか分からない、んです。」
花咲さんはそのまま廊下に腰を落とし、紙皿を持っていない手で目を隠す。まるで顔を見られたくないというばかりだ。
私も花咲さんが自分に対してタメ口を遣うさまをあまり想像しにくい。
一年以上これでやってきたからだろうか。自分もぎこちない。相手に強要するのは、やはりよくないだろう。
とりあえず立ってもらおうと肩に手を置こうとするとふり払われた。
「いや。すみません。そんなつもりじゃなくて」
ふり払われた手が所在なさげに浮く。
花咲さんはやってしまったみたいな顔をして立ち上がるとふり払った私の手に紙皿を握らせて、隣の部屋へと帰っていた。
「うわー。これはショックだ。ごめん。花咲さん」
謝る相手も消えたというのに、私は謝っていた。
予想以上に、彼に手を振り払われたことが悲しくなることを知る。
きらいとまで、つい先日まで思っていた相手に対してこんな感情を抱くとは思わなかった。
ありがとうも言えず受け取った紙皿を持って部屋に戻る。
部屋の中で、居座っていた綿貫がスマホゲームから頭を離して問うてきた。
「花咲くんとなんかあった?」
ここのところ、いろいろとありすぎて困る。
「紙皿もらったけどお礼言えなかった。私、彼のこと、きらいじゃないかも」
「それは重畳だね。花咲くん狂喜乱舞じゃん」
「手……ふり払われた」
「ん?ごめん。超人的察し能力を持つ私がよく分からない」
「肩。立ってっていう意味で手を置こうしたら反射でしゃって」
「で?」
その一言は冷たいではなく、整理して言葉を話そうと促すように優しい声音だ。
「花咲さん、私の手を好きって言ったのに手を払うのかよって」
「突然置かれてテンパったんじゃないの。魚住、そんなアクション起したことないし」
「そうなんだろうね。そうなんだろうけど、私、ショックだったの」
「恋愛初心者ちゃんでもあるまいに……。感情迷子じゃないか」
何度も同じ言葉を繰り返すというのは焦っているなと綿貫は笑いまた画面がスマホに戻ってしまう。
「元聖女が相手なんて前代未聞でしょ。あーいや、私は花咲さんに好意は抱いてない、抱いてないけど、嫌いもなかったってだけ」
まだ私は焦っているらしい。花咲さんに振り回されるとは思っていなかった。敬語をとって、振り回してやろうとはほんの少し思っていた。相手が嫌気さしたらさしたでいいかなとも。
「意識しちゃってるじゃん。花咲くん大勝利Sだねこれは」
「花咲さん、やはり天敵なのかもね」
「魚住、もう少し柔軟になっていいよ。もどかしいな。てんでだめだ。素直になればいいのに」
「私、あの聖女様に素直に接せることは出来ないと思う」
「前世抜きにするんじゃないの」
「いやー、どうかな。花咲さん、聖女だもんな」
「花咲くん聖女だったけど、聖女じゃないよ。立派な男性だよ。最近では物珍しいほど我慢強い良いヤツじゃないか」
「魚住陣営じゃないのか……」
「あっち糸魚川さんいるもんなあ」
「バーカ」
「はいはい。うそうそ。ごめんね。魚住は急に拗ねる。人を攻撃する語彙力よわよわだし。はいはいよしよし」
スマホから手を離して綿貫が私の首に手を回して頭を撫でてくる。暑苦しいことこの上ないが抵抗せずそれを受ける。しっちゃかめっちゃかな気持ちがオーバーヒートしたのだった。
そうやって綿貫がするだろうなと思って稚拙な言葉を放ったのをきっと綿貫は分かっている。いつものやりとりをして閑話休題。
綿貫はいつもの座布団に戻り寝っ転がるとゲームの続きをする。私は適当にテレビをみる。例のごとく頭には全く入ってこない。
「思ったんだけど、魚住って花咲さんに施してもらってばっかじゃない?」
「差し入れ持ってきてくださるからね」
今までのは全部好意のアピールだったのだろう。
しかし今回は紙皿か。新しいものでやってきた。普通、お隣さんにおすそ分けするだろうか。
「聖女は施ししか知らないもんな……。魚住、遊びにでも誘っちゃえよ」
「えー…」
「私も行くし。糸魚川さんも同行してもらってさ。アルバイトもしているんだし、この際、御贈答品の清算したほうが対等になれるよ」
妙案だとばかりに、顔を輝かせてこちらを見てきた。
「私欲入っているね」
「糸魚川さんに近づきたいもん~~。一目惚れだから前世とは違うよ。だって全然違うじゃん?」
「違うね」
「カリオンってずっと僕には不愛想ってか。そういう感じだったし……。身分と距離もあるし、よそよそしかったし、レテシーに向ける笑顔がかっこよくて、かわいらしさもあったけど……」
「ごめん。かゆいよこの話題。身内の話って感じで」
「元嫁さんは言うね。花咲くんは僕の元嫁だし」
「異常だなこれ」
「運命ってないんだね」
ふうと綿貫は体勢を変えて天井を見遣る。
「なにそれ」
「矢印が一方通行だらけで転生したあともこのまんまって、駄作だよ駄作」
「現実だとこんなもんかね」
「いいよ。花咲くんは。魚住は落ちそうだよ。でもそうだな。糸魚川さん、全然ダメそう。でも好き。好きになっちゃった」
「落ちそう、いうなって」
もううっかり落ちているとは言いだしづらい。いやまだハマっていないと思う、大丈夫だ。
「ごめん。でもさ実際、魚住、花咲くん嫌いじゃないわけでしょ」
「……否定は、しない」
「よーし。じゃあ確かめるためにも遊ぼう遊ぼう。来週の土日どっちかにしよう。第一候補は日曜日で聞こう。私が花咲くん誘うから、魚住は糸魚川さんね。場所は水族館?動物園?遊園地もいいね。ちゃんと参加するメンバーも伝えてね。糸魚川さんに会ってすぐ気まずそうな顔されたくないから、よろしく。はい、よーいどん」
「めっちゃ、早口……」
綿貫の剣幕に押されて糸魚川のメッセージ画面を開いた。
花咲さんも誘うといえば、来るだろう。綿貫が同行することも多分、なんとも思わないと思う。糸魚川のことだから二人で会うというのでも了承されそうだ。
「綿貫、場所は美術館にして」
話が続かなくても安全な場所を言う。
スマホの手をとめて、綿貫は唸る。
「そこか。うん、いいよ。ゆっくり話せるし。間も取りやすい。なにより今の展示気になっていたから」
「糸魚川、すぐ返事きた。取材になるから良いって」
「ほんと!わーい。花咲くんもいいって返事はや。すごい文章来る。魚住怒ってないよ。意識してるんじゃないのって打っといた」
「赤裸々過ぎる。言わなくていい」
「いいじゃん。筒抜けってあっちも分かっているだろうよ。ちょっと待って。見逃していた。魚住、糸魚川って呼んでるの?」
「うん。そう呼んでも良いって。人前では気を付けないとな」
心内では糸魚川といっていたので、そのまま出てしまった。メッセージもこちらはタメ口で向こうは敬語だ。
「君ら夫婦はね。固いんだか柔らかいんだか。僕ら夫婦はね。聖女ももうタメ口だよ。前では、敬語だったくせにね!」
「元、ね。元」
「わー。あの大人の余裕持っている糸魚川さん、魚住に敬語はやめて言ったの?どんな顔。どんな口調。いいな。気になる。でもいい。嫉妬はしないよ。魚住は嫉妬していいよ?ほらしてみなよ。花咲くんの連絡先知っている私に」
面倒くさいムーブの綿貫になってしまった。
「美術館で、連絡先交換するかもしれないし、嫉妬とかしないよ。それは綿貫も同じでしょ」
「それいう時点で魚住は折れたほうが良いよ。そっちのハードルは限りなく低いってね」
綿貫はこの話は終わりだといわんばかりにスマホの電源を落として充電器に差し込んだ。
もうゲームのノルマも終わったらしい。お風呂に入ると言って、支度しだした。
『花咲のこと振り回すのもほどほどにしてくださいね』
と糸魚川からメッセージがきている。
私は、いてもたってもいられなくなり、扉をあけて外に出る。今から電話していいかと聞くと三分後ならよいときたのできっちり三分待った。
そこで糸魚川の番号にかけるとワンコールでつながった。
『はい?どうしました』
「言っとくけどね。花咲さんが私を振り回しているの!糸魚川、誤解しないで。私、至って冷静なの。だけど直接言いたかったの」
『はい。その、声が大きいです』
「………花咲さん、振り回されているって言ったの?こっちは今まで考えてこなかった花咲さんが頭一杯で困るの。で、花咲さんは振り回されているってあなたに愚痴った?正直に言って」
綿貫はいっぱいきた文章の詳細までは言わなかった。もしかしたら、私に言いにくいことだったのかもしれない。弱みにつけこむようで申し訳ないが、カリオンだった糸魚川ならば、私がお願いすれば案外すんなりいうことを聞く気がしていた。
『お嬢様、いや、魚住さん冷静になって』
なだめる様な声だ。
「割と冷静なはず」
『レテシー様の内心はいつもそんな忙しなかったのでしょうね。開示してくださったらよかったのに』
「想像に任せます」
『一介の護衛騎士には余る想像です。あの魚住さん。今、横に花咲います』
「………」
元夫婦といえど距離感はこんなものだと綿貫に言いたかった。とても言いづらいことである。
『横にいる感じ、赤面していますね。絶賛、振り回されています。もう切ります』
切れた。
失念していた。一緒にいる可能性もあったということに。がくっとうなだれた。これではまるで、まるで私が意識しているみたいだ。
認めよう。そうだ。
私は言葉にされて
腹が立って、いろいろあって、
花咲さんのことが気になり始めてしまった。
悔しいほどに顔が熱い。
聖女だったから。
花咲さんが聖女だったからだ。
レテシーの感情をぐらつかせたあの聖女だからだ。
自分がちょろいわけではないはずだ。
綿貫がお風呂から出て、私が入り終わったらビールを開けようと思った。




