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志保と不思議な夏休み  作者: 碧川亜理沙
四章
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彩りとじこめる夏の終わり⑦


 刺繍は、思ったより気力を使うのかもしれない。


 志保はほぼ1日、ずっと刺繍をしていた。集中するからだろうか、夜お風呂に入るとすぐに眠気がやって来る。

 その日も、みたいテレビ番組があったのだが、お風呂から上がった途端睡魔に襲われ、そのまま布団で横になったら寝てしまった。

 ハッと気づいたら、外が明るくなっている。

 そんな日々が3、4日ほど続いた。



「今日、向こうを出発するってよ」

 朝ごはんを食べながら、祖父は唐突に言った。

 一瞬なんのことを言われたのか分からなかったが、父の話だと途中で気付いた。

「電話あったの?」

「昨日の夜な。お前さん、すぐに寝たから起こすのも悪いと思ってなぁ」

「そっか……」

 そうなると、ここでの生活も本当にあと少しだ。

「おじいちゃん、私今日も刺繍してるからね」

「はいよ。今日はわしも家にいようかの」

 お互い今日の予定を話して、残りの朝ごはんを急いでお腹に詰め込んだ。



 今日は昼ごはんを食べた後に、ひまりとかげやがやってきた。

 そして、父がもうすぐ帰ってくることを伝える。

「志保ちゃんのお父さん、帰ってくるんだね! 良かったじゃん」

「……うん、そうだけど」

「嬉しくないの?」

 不思議そうに尋ねるひまりは、その意味をまだ理解していないらしい。

「ひまり、志保がここにいるのもあと少しってことだぞ」

 かげやが隣から言ってくれたことで、ひまりも志保がなぜ素直に喜べないか気付いたらしい。

「……いつ帰っちゃうの?」

「来週には学校も始まるから、多分お父さん帰ってきて、少しゆっくりしたら帰ると思う」

「じゃあ、本当にあと少ししか遊べないじゃん……」

 落ち込むひまりを見ると、志保もここにいたいと言う気持ちがだんだん強くなってくる。


 お互い少しだけ重い空気になりかけていたところを、ひまりが振り払う。

「志保ちゃん、これからいいところ行こ!」

 先程の落ち込みようから変わり、いつも通りの元気なひまりが言う。

「いいところ……? 町の外とかじゃないよね?」

「違う違う、町中だよ。通せんぼのところ! ほら、奥に大きな木があるじゃん? あそこに行くんだ!」

「あぁ、大樹のところか」

 それなら志保もよく見ている。近くまで行ったことはないが、遠くからでも大きいのだなと分かるくらいだ。

「でも刺繍が……」

 なるべく早めに終わらせたい。だけど、ひまりたちと遊べるのも残りわずか。

「……うん、行こう」

 志保はひまりたちと遊んでおく方が大事だと思い、ひまりの提案に乗った。



 町中の1番奥。住民も春の間しかあまり立ち寄らないというその場所に、とても大きな木が立っていた。

 祖父の家を出て通りの方に出ると見えるその木は、近くで見るとかなり大きいことが分かった。見上げる首が痛くなる。

「これ、なんの木?」

「桜の木」

 かげやも同じように上を見上げながら答える。

 春になると綺麗な桜が咲くそうで、想像するだけで、それはさぞいい景色なのだろうなと思った。


「志保ちゃん、登る?」

 突如、突拍子もないことをひまりが聞いてきた。

「え、登るって……」

「木登り。ここらの景色ね、すごく綺麗なの!」

「ど、どうやって……」

「ほら、あそこに小さな建物あるでしょ。そこの2階の窓からひょいっと」

 確かにひまりが指さす先に、小さなプレハブ小屋のような建物があった。だが、2階から登ると言っても、小屋と木の枝には割と距離がある。

「ひ、ひまり、あそこから登るの?」

「うん、そうだよ」

「やめとけ、志保。猿みたいなひまりだからできてんだよ。他の人は普通無理」

「猿みたいってなんだと」

 志保はかげやも無理だと言うことを聞いて、今回はひまりに丁重にお断りした。木登りをしたことなんてないので、きっと登れないだろう。


「……でも、ひまりが綺麗って言う景色、見たかったなぁ」

 ぽつりと志保が呟くと、ひまりがすぐにそれを拾い上げた。

「またおいでよ! 今度は春だといいよ! 桜が咲いて、もっと綺麗なんだから!」

「また……?」

「うん!」


 ──そうだよ、これで終わりじゃないよ。

 何となく、この夏休みが終わったら会えない気がしていたけれど、これが最後ではない。

 自宅からは少し遠いので頻繁には来れないだろうが、ここにはまた来ることが出来る。


「うん、そうだね。今度また来た時、案内してね」

「分かった! 約束ね!」

 そう言って小指を差し出す。志保もその小指に、自分の小指を絡めた。

「ほら、かげやも」

「いやいや、無理でしょ」

「志保ちゃんの左手空いてるよ」

 かげやはひまりに対しては嫌々言っていたけれど、最終的に志保の両の小指は双子の小指と繋がる。


「指切りげーんまーん、嘘ついたら針千本のーます。指きった!」


 元気なひまりの声が響き、お互いの小指が離れる。

 ──約束。

 きっとまた、ここに訪れた時に、その約束が果たされることを願って。




 夏休みの終わりが、刻一刻と近づく。


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