第一章 8『その日』
今回は一切寝てません。光弥視点に戻ります。
今朝見た夢は長かったというのもあるけど、あまりにも精神的な体力を使うものでめちゃくちゃ疲れた。自分の話をしすぎたなぁ。夢の中とはいえ女の子の前で泣いてしまったし。
目が覚めた瞬間恥ずかしくて顔が熱かった。これはあれだ!朝日が顔に当たってたんだ!って思ったけど構造上、俺の部屋に朝日は差し込まなかった。そんな不憫な部屋に割り当てられたことに対する文句がバンバン出てくる。
夢の中でした話が影響してか、ノートの表紙に書かれた『明里 光弥』という文字に無意識に目がいく。
「いってきまーす」
ここ数日連続して、今日が夢の中で見た日なのかどうかを確認するためにコンビニに寄っている。もし今日が『その日』なら後ろからあいつが挨拶してくるはずだ。知っていたら痛みは減るけど、謎の恐怖感が湧いてくる。
「フミー!おっはよー!」
普段から鈴森は怖いくらい元気だけど、今日は特別に元気そうに見える。
「鈴森、お前はあれか、猪木の隠し子か?」
「なんで隠されないといけないのっ。それと鈴森って呼んでるー。小さい頃は式って呼んでたのにー」
いつの間にかとか言われてもここ二ヶ月はずっと鈴森って呼んでいただろ。今更そんなこと言われても。
「ほーん。今日は朝練ないんだな」
「そうだよっ。今日は部活休みだってー。一緒に行けるねっ」
相変わらず不定期な休みだな。
「フミはほんとに変わったよねっ」
十年近く会ってなかったからそりゃ変わってるだろ。多分お前もかなり変わってるぞ。そことか。
「お前も変わってるだろ」
会計を済ませると、コンビニの前に猫を愛でる小学生が三人いた。はいはい。この子達に話しかけたら怖がられるからね。絶対話しかけないよ。
「何してるのっ。早く学校行くよー」
鈴森の挨拶と猫大好き女子小学生を見て、今日が『その日』だと確信した。ついさっき解決したぞ。いやちゃんと最後まで確認できたわけじゃないけど。そう思うと自然と口から言葉が溢れる。
「すっげぇギリギリだな」
「何言ってんのーフミ。別にそんなに遅刻ギリギリの時間じゃないよー」
さっき見た夢の中では三嶋は藍野咲に告白した後もなんだか嬉しそうな顔だった。だから俺が何もしなくたって同じような感じになってくれるはずだ。あれ?なんで三嶋は嬉しそうな顔だったんだ?まさか付き合ってないよね?なんかやだよ。藍野咲が誰かと付き合うとかダメでしょ。これは俺の意見じゃない。男という概念からの意見だ。
早く学校に行って結局どうなるのか知りたい。いやもし付き合ってたらそんなの見たくないしやっぱり学校行きたくない。
相反する感情の中、俺は幼馴染と一緒に学校に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
誰だかわからないおじさん教師の挨拶を通り抜けて、10月の初めにしてすでに見頃を終えてしまった紅葉の上を歩く。1-Cの教室に入って自分の席に座ろうとすると、この世界で鈴森の次くらいに元気な人間に話しかけられた。
「よう光弥!相変わらず今日も眠そうだな。ちゃんと寝てんのか?」
いや今日はいつも以上に眠いんだよ。なんてったって夢の中で色々ありすぎたんだから。そんなこと言えないけど。
「おはよー鋭時。ちゃんと寝てるわ。その証拠にお前よりも身長高いしな。おかげでモテモテだしなー」
めちゃ美人な女の子に抱きしめられたもんね。夢の中でだけど。にしても抱きしめられるっていいもんだな。何かの間違えでまた抱きしめられたりしないかな。
「俺と式ちゃん以外とまともに会話しようともしないやつが、なーに言ってやがる」
こいつは女の子を下の名前で呼ばなきゃ死んでしまう病気にでもかかってんのか?それにしても、なんか鋭時楽しそうな顔してんな。今日は数学からスタートするってのに。
「なんでそんなにニヤニヤしてんだ?」
「ん?あー、朝練のとき部室で聞いたんだけど今日三嶋が咲ちゃんに告白するんだよ。誰にも言うなよ?」
こいつに好きな人言うのはやめよう。絶対に。
「へーそうなんだ。どうなんのかね」
「いやもっと驚けよお前」
実はそこそこびっくりしてる。言ったのかよあいつ。俺との会話が影響したのかな?それとも気分屋なだけか?秘密主義じゃなかったのかよ。いや三嶋について深く考えても無駄な気がする。
朝礼が終わるとすぐに一限目が始まった。よし授業には必要最低限集中しよう。って思ったけど無理だった。
ちょうど教室の反対側にいる女の子のことが気になって仕方がない仕方がない。彼女は今日どう過ごすのだろうか。今どんな気持ちなのだろうか。夢の中で数時間話したけど、それを覚えているのは俺だけで、あれは俺だけの思い出。彼女の綺麗な横顔を見ているとそんな当たり前なことを考えてしまって、どこか悲しい気持ちになった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
さて昼休みだ。どうしよう。三嶋の告白を観戦しに行くか?じっと待っておくか?1分くらい考えた末に、大人しくソロ昼食を嗜むことにした。
弁当を食べながら改めて今朝見た夢のことを考えていると、三嶋の告白を遠くから見届けた後に佐野先生が鬼のような形相で俺のことを呼んでいたことを思い出した。なんだか嫌な予感がする。変なことになってくれるなよ?
まぁあとは鋭時からの報告を待とう。あいつなら何も聞かなくても勝手に教えてくれるはずだ。三嶋颯太と藍野咲はどうなったのか。
「よー、ぼっち。飯食い終わったのかー?」
ちょうど弁当を食べ終わった頃にウッキウキの表情をした鋭時が帰ってきた。