第一章 5『カーテン越しの』
今回全部夢の中です。
ずっと話してます。
「藍野さん、そこにいる?」
静かな保健室で急に話しかけたため少し驚いたのかカーテン越しにガサッと音がした。
「えっ?誰?」
戸惑い混じりの声がカーテンから聞こえてくる。声聞く限りベッドで寝ていたのは藍野さんだったようだ。よかった。全然違う人だったら気まずさ満点だったぞ。
「あの……同じクラスの明里だ。そのさっき……藍野さんに告白した……」
「……」
声だけなら気づかれなかったかもしれないから、言わない方が良かったかもしれない。どうか怒らないでください。
「…私はもう…あなたとは」
何かをグッと堪えたような声が聞こえてくる。
「少しだけでいい。俺は藍野さんに聞きたいことがあるんだ。顔は見なくていいから」
「…何?」
本当は俺の声なんて聞きたくないはずだ。もうここは単刀直入に目的を話してしまおう。
「俺は藍野さんの中学時代の話を聞きたい」
「私の中学時代の話?あなた知っているの?」
「ほんの少しだけな。それが原因で藍野さんが今も辛い思いをしてるって俺は思ってる」
「そう。でも話したくない」
刺々しい声色で拒絶される。ここはめげずに方向展開するか。
「じゃあ聞いてくれ。俺が思うにお前は人間関係を築くのが怖いんじゃないか?いやそうじゃない。お前は人付き合いを避けてるんじゃないか?」
今の藍野さんを見ていれば誰だってわかることだ。でも改めて人から言われたらきっと何か心にくるものがあるだろう。
「どうしてそう思う?」
「俺とどこか似ているように感じたからだ」
「そんなわけない。あんな馬鹿みたいな大声で告白するような人が人間関係を築くのが怖いなんて思ってるはずがない」
確かに。でも「これは夢だからノーカンなんです!」なんて言ったら雰囲気ぶち壊れ。ここは嘘でもなんでも言って話を進めよう。藍野さんは男からの告白に拒絶反応を見せていた。だったら……
「男に好かれるのが怖いのか?」
「違う」
「じゃあ男に好かれることで人間関係がめちゃくちゃになるのが怖いのか?」
「……」
「話してくれないか?一体何があったのか。何が怖いのか。カーテンに話すつもりでいいから」
多少、無理矢理にでもこじ開けなければ彼女は話してくれないだろう。人の心にズカズカ踏み込むのは夢の中だからこそできる脳筋戦術だ。
少しの間、2人の人間以外存在しない保健室が静寂に包まれる。授業中の教室よりも。
「……。いや、あなたに話す」
決心がついたのか、それとも…さっさとは話して終わらせてしまいたいのか。彼女がカーテンの向こうで体を起こしたのがわかった。
「そうね……私は小さい頃からずっと人に好かれたかった。女の子からも男の子からも、周りの人全員から好かれたかった。周りの人全員と仲良くしたかった。小学生の頃は周りの子全員と仲良くできていたと思う……。でも中学生になって少し経った頃、変なことが起こった」
「変なこと?」
「話したこともないような人から告白された」
「別にそんなことあってもおかしくはないんじゃないか?女の子に一目惚れするなんてよく聞く話じゃん」
だって俺だって危うく一目惚れしちゃいそうだったもん。あなたに。
「いやおかしいの。だってクラスの男子全員に告白されたんだもの」
すっげぇ!逆ハーレムじゃん。でもクラスの男子全員はおかしいし、なんなら怖い。緋川涼花も藍野さんがモテるってことは言ってたけど、これはモテすぎだ。
「あぁ、それはおかしい」
「最初は友達も冷やかしてくるだけだった。でも3年生のときに、ある男子に告白されたときだけは違った。その男子は私が一番仲良くしていた友達の恋人で、私はその子からあらゆる罵詈雑言を浴びせられた。それからあっという間に私の人間関係は一気に崩壊した。それからすぐに周りの人間関係全部が崩壊した。私のせいで」
「……」
「私のせいで周りの全てが壊れた。私のせいで友達が全員不幸になった。そんな私にもう友達を作る資格なんてもうない。そう思ってからは人と付き合うことをやめちゃったの。さっきあなたにひどいことを言ってしまったのは、また同じことが起きてしまうんじゃないかと思ってしまったからなの。今は友達なんて1人もいないのにね。馬鹿みたい」
彼女は話している内容とは裏腹に冷静に言葉を綴っている。彼女は自分のせいで周りの人間関係を壊してしまったと思っているのか……。そしていつまた同じようなことが起きるかとずっと怯えている。
あまりに他者中心的な考え方過ぎないか。
彼女は悪くない。罵詈雑言を浴びせた友達が100%悪いわけでもない。恋人を取られたら悪口の一つでもぶつけてしまっても仕方ないだろう。
一番悪いのは、その……異常なまでにモテてしまう力?だ。彼女は生まれてからずっと告白されていたとは言っていない。中学生になってから突然、周りの男全員に好かれるなんて何かしらの力が関わっているに違いない。そういった力に関しては覚えがある。現に今俺が使っているものもその類だろう。もしかしたら同じような存在から与えられたものなのかもしれない。ただ残念ながら今の俺にはその正体は全くわからない……。
「やっぱり俺にはお前の気持ちがわかる」
俺は改めて同じ言葉を藍野咲にぶつける。大事なことはなんとやら。
「どうして?」
「俺もある出来事が原因で人間関係を築かなくなった。人付き合いをやめた。もちろんお前には話してもらったのに俺は何も話さない、なんてことはしない。だから聞いてくれるか?」
「うん……聞く」
彼女はちゃんと俺の話を聞いてくれるようで、カーテンの奥でこちらを向いたのがわかった。
そうして俺は語り始める。