第一章 3『日本史は睡眠薬』
今回も主人公寝ます。
「お兄ちゃん、ほんとに遅刻しちゃうよ〜。一学期のときはもっとちゃんとしてたじゃん。こんな調子じゃ勉強置いてかれちゃうよ」
「ああ、うん、わかってるよ。起きる起きる」
まだ寝っ転がった俺のそばで心配した表情で妹が見つめてくる。言葉だけ聞いたら、妹が言っているのか母親が言っているのか分からなくなるな。それにしても夢の中で『好き勝手』動いた日はとんでもなく疲れる。だからと言って「疲れてるのは夢の中で走り回ってたからなんだよ」なんて言ったら別の意味で心配されるしな。
「私はもう行くからね〜!お兄ちゃんも早くしなよ〜!」
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俺が乗ると同時に空いた席にささっと座る。朝の電車は嫌いじゃないんだよなぁ。何かとせかせかとしたことが多い朝の時間帯で、唯一何も考えずにぼーっと過ごすことができるし。でも今日は違う。どうしても藍野咲のことを考えてしまう。夢の中とはいえ告白して、それはそれは見事に振られてしまった……。思ったよりダメージ受けてんな。三嶋とは夢での会話を通じて仲良くなりたいと思ってしまった。まぁ現実で自分から話しかけることはないけど……。
今朝は緋川委員長に藍野咲について聞く前に目覚めてしまったけど、やっぱり彼女にも現実で積極的に話しかけようとは思えない。
そんなことを考えているうちに、学校に到着した。
朝のHRで佐野先生が手を叩きながら話を始める。
「体育祭も近いが、来月の文化祭のクラス委員も決めていくぞー」
そういえば夢の中でも文化祭のクラス委員の話は出てきたな。確か立候補が出なかったはず。さっきまで静かだった生徒たちは、この先生のたった一言に、餌をもらった池の鯉のように群がり出す。「お前やれよー」とニヤつきながら言う男子。クラス委員を勝手に予想し始める女子。当然ながら俺が立候補することは天地がひっくり返ってもない。むしろ俺が立候補したら天地がひっくり返るぞ。教室全体の様子を見ている限り、やっぱりこの時間でクラス委員が決まることはないようだ。
騒がしかった教室は1限目の始まりの合図とともに静かになった。難しい授業が始まると時間は気持ち悪いほど一瞬のうちに過ぎていく。
でも今日は3限目の日本史が鬼門だ。このクラスの日本史の授業はただの睡眠薬でしかない……。おじいちゃん教師のちょうど良いトーンとちょうど良いテンポで繰り広げられるトークは子守唄ってやつの上位互換だ。
やばい、本格的に眠くなってきた。
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「何ぼーっとしてんだよ。光弥、そんなに咲ちゃんことが気になるのか?」
「えぇ?ああ、ちょっとな」
これは今朝見ていた夢と同じ光景だ。その続きだ。今回は続くパターンなんだな。それにしても授業中に寝てしまった……いやおじいちゃん教師が悪い。俺も寝たくて寝たわけじゃない。どうせなら有効活用しよう。多分すぐ起きてしまうだろうし、今回は緋川さんに話を聞くところまで行こう。
そうして俺は席を立ち上がり、ピシッと姿勢正しく英単語帳を見ている一つ結びの少女に近寄る。
「緋川さん」
「ん?どうしたの?」
「ちょっと聞きたいことがあってさ、勉強中申し訳ないんだけど少し時間もらって良いか?」
「もちろん良いよ。私にわかることだったらなんでも聞いてくださいよ」
「助かる。ちょっと話しづらいことかもしれないけど、藍野さんの中学時代の話を聞きたいんだ。何か知ってたりしないか」
緋川さんは学級委員長をする人間だし、多分こういった他人の過去を探るようなことは嫌いだろうな……。でももし何か知ってるなら、一度断られたとしても話してもらえるよう何度も頼むしかない。
「聞き方的に明里君が知りたいのは藍野さんのトラブルとか事件とかそういったことだよね?」
「あぁ、そうだ。そういったのがあったんなら、それを聞きたい」
「うーん……どうしよっかなぁ……」
すっごい悩んでるな。すぐ断るものかと思ったけどそんなわけでもないんだな。
「まぁいっか。明里君には恩があるし。それに悪いことに利用しようとしてるわけじゃないんでしょ?」
弱みを握って『ふへへ』するような人間と思われてないようでよかった。
「しないしない」
意外とすんなり話してくれるんだ。表情を見る感じ快諾したわけではなさそうだけど。俺は彼女の前の席に座って聞く体勢に入った。
「うーんと、藍野さんが絡んだ事件っていったら三年生のときの学級崩壊だろうね」
「学級崩壊?」
「ちょっと言い過ぎかも……。私は同じクラスだったわけじゃないから詳しくは知らないんだけど……まずは……そうだねうん、藍野さんは中学時代はクラスの人気者?って感じの子だったの。人当たりも良くて、明るくて、すっごくモテモテだったんだよ」
「それは意外だな」
「うん、そうだよね。だから彼女には友達がたくさんいたの。でもある日藍野さんのクラスで大喧嘩が始まっちゃって……。原因はある男の子が藍野さんに告白したことらしいんだけど……。これ以上はあんまりわかんないな」
絶対それじゃん。『告白』絡みなら。
「それはある意味学級崩壊かもな。十分だよ。ありがとう緋川さん」
「どういたしまして。……そういえば『さん』付けなんだね」
「あー久しぶりに話すからな。緋川でいいのか?」
「もちろん。緋川でも涼花でもどっちでもいいよ♪」
おいおい可愛いかよ。そんな愛嬌と意地悪に満ちた表情で見ないでください。
「うん。緋川でいかせてもらうよ」
「ふーん……」
「緋川も何か頼みがあったら言ってくれ。できるだけ力になるよ」
「ううん、私の方こそまだまだ明里君に恩返ししなくちゃ」
あなたは「君」付けなんですね。
緋川涼花との会話はそれで終わった。自分の席に戻って改めて考える。話を聞く限り藍野咲が告白に対して拒絶反応を見せるのには、中学三年生での事件が関わってそうだ。
はてさて、その過去を知ったところで俺に何ができる?
それはそうと、なんかうるさい。
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「はい!起きて!明里君!」
「なに!?」
「授業中に寝るなんてダメだよ明里君!4限目は移動教室だからね!」
一つ結びの少女がちょっぴり怒った顔で俺の席の前に立っている。緋川 涼花だ。夢の中では穏やかに会話してたからどこか不思議だな。
「はい!行くよ!」
手を2回叩いて急かしてくる彼女。間違いなく鋭時はわざと俺をほったらかして行ったな。
「わかったわかった、行くから」
解決のヒントは掴んだはず。でも俺は何をすればいいんだ?
いや悩んでいても仕方ない。次にやることは決まっている。家に帰ってできるだけ早く寝る。ただそれだけ。