第二章 1『青組』
俺は秋が好きだったらしい。だって春は環境が変化して大変だし、夏は暑すぎるし、冬は寒すぎるし、そうすると消去法で秋が一番になる。でもこの学校の秋はぶっ壊れてる。10月に体育祭11月に文化祭とどでかいイベントが一気に押し寄せてくる。おかしいだろ。それなのに誰も共感してくれない。冬華、鈴森、鋭時。俺の周りには活発な人間しかいない。「楽しみだね〜」とか言われても正直困る。
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10月2日の朝、今日は久しぶりに夢を全く見なかった。清々しい朝だ。加えて金曜日。明日は休みだ。いつも通りのんびり支度する。
「もうすぐ体育祭だね〜。一緒に頑張ろうね〜」
「一緒に?」
「だって同じ組じゃん。お兄ちゃん青組でしょ?私もだよ〜」
「そうなんだ。頑張れよー」
「何言ってんの〜お兄ちゃんもがんばるんだよ〜」
そうか。うちって中等部も高等部も一緒に体育祭をやるんだな。今更知った。それにしても青って体育祭とかの勝負事には向いてない気がするんだよな。鎮静効果とかある色だし。なんかみんな落ち着いちゃって負けそう。あと冬華に青はなんか似合わない。赤とか白だろ冬華は。活発だし純粋だし。
「それじゃあ先行くね〜」
俺もさっさと行くか。
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「コウー!おっはよー!」
元気印の幼馴染がやってきた。
「おはよう。今日も朝練ないんだな」
「うんっ。もうすぐ体育祭だから今日からずっと休みだよ」
「へー」
朝から『体育祭』の話題ばっかりだな。やめてくれよ。
「そういえば同じ青組だよねっ。頑張ろうねっ!」
鈴森も青組なんだな。こいつにも青は似合わない気がする。赤とか白とか緑だろ鈴森は。活発だし素直だし森だし。まぁ緑組なんてないけど。
「あたしねーチアやるんだよ。楽しみにしててねっ」
「ちあ?」
「チアリーダーわからないの⁉︎」
「いや『チア』って初めて聞いた……」
「そっかそっか。あたし去年もやったから、すっごい上手だよ。絶対見てねっ」
「わかった絶対見るよ」
普通に見たい。運動神経抜群な鈴森ならダンスだって上手くこなすだろうしチアリーダーが嫌いな男は絶対いない。俺は「絶対は絶対じゃない」って考えるタイプだけど、これに関しては例外的に『絶対』だ。それにしても鈴森が急に静かになった。
「やっぱ見ないでっ!」
そう言って鈴森は先に行ってしまった……。いや見ろって言ったじゃん。あれか、逆カリギュラ効果でも狙ったのか?
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「光弥おは」
1人で登校することになったと思ったら、学校の近くで鋭時に話しかけられた。そうか、サッカー部も休みなんだな。
「おはよ、そういえばお前も青組なんだよな」
「当たり前だろ同じクラスなんだから」
鋭時も青っぽくないよな……。青だけはない。こいつも。
「それにしてもお前全然競技出ないよな。個人競技は二人三脚くらいか?」
「あぁ。そんなやついっぱいいるだろ。鋭時が出過ぎなんだよ」
やっぱり運動系の部活に所属している生徒が体育祭では活躍する。むしろ俺みたいな帰宅部の出番は無いくらいの方が良い。結局三人連続で体育祭の話をして俺は学校にたどり着いた。
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「体育祭も目前だが、それとは別にみんなに発表がある。なんと文化祭のクラス委員を藍野と明里がやってくれることになった。みんな拍手!」
あーそんな感じで発表するんだ。はっず。
「お前珍しいなこういう大変そうな仕事引き受けるなんて、しかもあの藍野さんとってどういう風の吹き回しだ?」
鋭時が後ろを向いて茶化してくる。でも確かに俺がクラス委員を引き受けるなんて誰よりも俺が思っても見なかった。活動は体育祭が終わってからって言ってたし、まだ深く考える必要はないない。
今日は夢を見なかったからか午前の授業はいつもよりも集中して受けることができた。集中できてもわからんもんはわからんけどな。特に理系科目。そして昼休み、いつも通り1人で弁当を食べているとあの子がやってきた。
「明里くん、こんにちは」
「……どうも」
藍野 咲が俺に話しかけてきた。藍野さんが俺に話しかけてくるなんて、こっ酷く振られたときの俺が聞いたらびっくりするだろうな。彼女は隣の席の椅子を近くまで持ってきて俺の真横に座ってきた。なんか近くない?本当に彼女という人間がわからない。
「連絡先教えて。これから必要でしょ?」
「ごめん今日は携帯持ってきてないから無理だ」
彼女は言葉を聞くとすぐに俺の方に手を伸ばしてきた。俺じゃなきゃ見逃しそう。
「そう。携帯ないのね。ならこれのでいいから連絡先教えてくれる?」
彼女は俺のポケットから携帯を取り出して笑いかけてくる。いや目は笑ってない。「携帯あるじゃない?」って言ってこないあたりが逆に怖い。いや……むしろなんか良いぞ、これ。いやいや、ダメダメ。藍野さんと話していると変な自分が目覚めてきそうで自分が怖い。
「参りました。連絡先教えます」
「最初から素直にそうすればいい」
彼女は目的を果たしたようでさっさと自分の席に戻っていった。ルールとか決めといた方が良かったかな?電話禁止。必要最低限の連絡のみ。既読無視しても文句言わない。とかとか、ルールがあったほうが後から責められることもないかもしれない。連絡きたら伝えとこう。そんなことを考えていたら、通知が鳴った。
『よろしく、明里くん』
やっぱりルールなんていらねぇや。女の子からの連絡って良い。
ちなみに藍野咲は青が最高に似合う。儚げだし切ないし藍だし。
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「このクラスはテント設営の担当だー。早く終われば早く帰れるからなー、サボらずみんな働けよー」
午後はテント設営か。結構疲れそうだな。早く帰れるからサボるなって言ったって、サボるような奴は早く帰ることより大変なことを避ける方を優先するだろ、普通。緋川とかが指揮を取ってくれるだろうし、俺は言われたことだけできる範囲でやろう……。
俺の予想に反してテント設営は思ったよりも暇だった。別にサボっているわけでもない。謎の待ち時間が多い。そんな暇な時間を俺は1人持て余していた。座るのに丁度いい段差に腰をかけ、目を閉じ、何かを考えているふりをしていた。
「ねぇ、そこの君」
どこの君?
「君だよ君」
目の前に突然お花畑が生えてきたという情報を俺の嗅覚がキャッチした。これは俺だね俺。目を開けるのが少し怖いけど目を閉じたまま話すのはおかしすぎるしな。
「はい、なんですか?」
うわー眩しいなこの人。なんなら金髪だしほんとに物理的に眩しい。あと大人って感じ……。
「何してるのかな?」
その質問は本当に難しい。「座ってます」とか「目を閉じてました」って言ったら「そんなの見たらわかる」って言われるし…。
「何もしていません」
「私には座って目を閉じているように見えたけど…」
あーそれで良かったのね。ちょっと考えすぎるのが玉に瑕。目と目が合う気まずい状態が少し続いた。これは…何かが始まる?
「私は別に君を注意しにきたわけじゃないぞっ。ただちょっと君が気になって…」
その言い方は人によっては勘違いしますよ。多分この人が言っている「気になる」っていうのは「1人でいたのが気になる」っていう心配の「気になる」でしょうね。
「先輩…?ですよね雰囲気的に。俺はこれが普通なんで気にしなくていいですよ」
「そっか…。余計なことしちゃったね。…えーっと私は白崎世凪。青ブロックの副団長だぞっ。体育祭もすぐそこなのにまだ覚えられてないなんてちょっと残念だよ。でもこれをきっかけにしっかり覚えてね」
あっぶな。ゴリゴリの男団長とかだったらぶん殴られてもおかしくないんじゃないか?優しい女性の方でよかった。
「申し訳ないです副団長。名前、ちゃんと覚えておきます」
「んん?それって覚えてなさそうじゃないかな……?」
彼女は首を傾げて小さな声でそう呟いた。
「君の名前は?一年——」
「セナちゃーん!ちょっといいー?」
このやりとり早く終わらないかなと思っていたところに助け舟が到着した。
「あっうん!すぐ行くねー!」
そりゃ副団長が暇な訳が無い。
「ごめんね。また今度話そうね」
彼女はそう言って呼んできた彼女の方へ向かっていった。
ほんの少ししか話していないけどこれだけはわかる。
彼女に青は似合わない。