プロローグ 『現実は程々に』
『京の夢大阪の夢』という言葉がいろはかるたにはある。
この句の意味は諸説あるが、一説では夢の中ではどんなことでも叶うということを意味する言葉だという。
もし夢が思い通りになるのなら、人生の三分の一は幸せに満ち溢れたものになる。
もし夢が思い通りになるのなら、悪夢なんて言葉は存在していない。
誰もが知っているように、夢は決して自らの思い通りになどならない。
夢でさえ思い通りにはならない。 現実はもっと思い通りにならない。
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噂に聞くところ、この世界には朝日という名の最高の目覚ましが存在するらしい。でも俺は知らない。俺の部屋はめちゃくちゃ日当たりが悪い。アパートとかマンションとかの集合住宅なら、日当たりの悪い部屋は相場が低いらしい。ただしここは一軒家。相場なんて関係ない。ただ単に俺の部屋が北向きなだけ。
どうしてこの部屋に俺は割り当てられたんだ?今はただ過去の自分を恨むしかない。
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朝から自分の部屋に対する文句を垂れながら、今日も制服を着る。そして机の上にある「明里 光弥」と書かれたノートをリュックに入れて朝の支度を終える。
「いってきまーす」
誰もいないリビングに向かって挨拶をし、先に出発した妹の後を追いかけるように家を出発した。
ここ数日は連続してコンビニに立ち寄っている。レジの前を通るのがなんか嫌で、いつも通り遠回りしてお菓子コーナーへ向かう。今日はその途中で「新発売」と書かれた桃のフレーバーの飲み物を手に取ってしまう。いったい何度目の新発売なんだよと思いながらもつい手に取ってしまった。「新発売」のジュースを片手に本来の目的地へ歩き出したところで突然後ろから声をかけられる。
「コウー!おっはよー!」
教科書的な何かが入っているであろう鞄で背中を殴られた。挨拶にしては痛いし、喧嘩にしては痛くない。
「鈴盛、お前はあれか、猪木の隠し子か」
「なんで隠されないといけないのっ。それと鈴森って呼んでるー。小さい頃は式って呼んでたのにー」
「ほーん」
疑問に持つ部分はそこじゃない気がするが、特に指摘することもなくいつもの買うお菓子を持ってレジに向かう。
「今日は朝練ないんだな」
「そうだよっ。今日は部活休みだってー。一緒に行けるねっ」
彼女の所属するバスケ部の不定期過ぎる休みには帰宅部ながら同情する。前もって決まっていたら予定も立てやすいだろうにな。
「フミはほんとに変わったよねっ」
「お前も変わってるだろ」
どこを見ていたか悟られないようにサッと目線を逸らす。俺は会計を済ませて店の外に出ようとする。どうやら彼女はすでに買い物を終わらせていたらしい。
「何してるのっ。早く学校行くよー」
彼女の言葉をしっかりと受け止める。コンビニの前で登校中の小学生たちが野良猫を愛でている。「汚いからやめといた方が良いよ」って言ってやりたいが、男子高校生が小学生に話しかける事の方がやめておいた方がいい。実際、最近の小学生はそこらへんの大人より手洗い・うがいをしっかりする。そのような心配は無用だろうな。
「すっげぇギリギリだな」
俺はそう言って胸を撫で下ろす。
「何言ってんのーコウ。別にそんなに遅刻ギリギリの時間じゃないよー」
電車に乗って早く学校へ向かおう。
いや行かないほうが落ち着いて過ごせるかもしれないな。
もうやれることはやった。俺にできることはない。
こうして俺にとって3回目の10月1日が始まった。