偽聖女の汚名は晴らさない方が幸せになれると判断しました
サクッと読みやすい王道ものを目指しました。初投稿で拙い文章かと思いますが、楽しんで頂けたら幸いです。
※誤字報告ありがとうございます!
「アーニャ、お前との婚約を破棄する」
学園で一番大きいダンスホールにレイモンド殿下の声が鳴り響く。
ああ、悪い夢なら早く醒めて欲しい。なんでよりによって…卒業パーティーの日を選んでしまうのかしら…。周囲からの視線が冷たい。
今日の卒業パーティーは学園の上層部の先生はもちろん、隣国から留学している方々も出席していることをあのバカ王子は忘れたのかな…。
私、アーニャ・トラシードはこれから対応すべき謝罪や根回し、情報操作を考えて頭を抱えそうになる。チッっと舌打ちをしたくなる気持ちを堪えて、レイモンド殿下に向き合う。
「失礼ですが、婚約破棄の理由をお聞きしてもよろしいでしょうか」
「ふん、よくシラを切れるな。偽聖女め」
レイモンド殿下の後ろからツインテールにまとめたピンクの髪が見える。おそらく、モニカ・ルーテン男爵令嬢だろう。今日も場に似合わない大きなリボンが施された丈の短いドレスを着用している。
学園内で見かけた際は、何度も注意したのに最後まで直りませんでしたね…。
「私が偽物だと仰っているのでしょうか」
「そうだ今まで俺を…国民を騙しやがって!」
「ちなみに、偽物だという根拠はお持ちでしょうか」
「もちろんだ!モニカ嬢、こちらへ」
「はぁーい!」
レイモンド殿下の後ろからチラチラこちらを窺っていたモニカ男爵令嬢がぴょんと前に出てきた。
「モニカ嬢、アーニャが偽物だという証拠を見せてやれ!」
「わかりましたぁ!」
そう言うと、モニカ嬢は胸の前で手を合わせ、目を瞑る。すると、彼女の周りを薄いピンク色の結界が覆う。
「ほら、見たか!」
「はい」
「お前は、毎日結界を張ると教会に行っているが、何も起こらないではないか」
「はぁ…」
ここで反論するのは逆効果だと思い、最後まで黙って聞こうと相槌だけで済ます。
「その上、最近では学園内でモニカ嬢に対して嫌がらせを行っていたと聞く。どうせ、自分が偽物だとバレたら不都合だから、嫌がらせをして学園から追い出そうとしていたのだろう。そんな奴は王太子妃として認められない。即刻、婚約破棄に同意せよ」
「レイ様かっこいい!私、アーニャ様にひどいことを言われて…とっても怖かったんですぅ…」
何この茶番。私が偽聖女ならこの国はとっくの昔に魔族に侵略されて滅びてますわよ。
あと、嫌がらせ…でしたっけ?これに関しては確認してみないと分かりませんわね。
「えーと、婚約者がいる男性と2回以上ダンスをすることや上級生の方々に敬語を使わないことに対するお咎めは嫌がらせに含まれるのでしょうか」
「そ…それは…」
レイモンド殿下は口籠る。当たり前だ。
ダンスは婚約者とは1回、結婚してからようやく2回以上躍る事が許されるのだから。それに、目上の人に対して敬語を使わないというのは常識的に考えておかしい。こんなことは周知のルールだ。
だが、モニカ嬢は反論する。
「だってぇ、学園内は平等なんですよね?それなら誰と何回ダンスをしても、誰に話しかけてもいいんじゃないですかぁ?」
「そ、そうだな!うん、そうだ。学園内なら許される行為だ!」
呆れました。レイモンド殿下に対してバカだとは思ってはいたが、まさかここまでとは。学園は貴族社会の縮図。規則が緩いからと言って許されることと許されないことの違いも分からないなんて…。
「殿下の意向はよく分かりました。…ですが、聖女に関しては…私が聖女であることは紛れもない事実でございます」
「嘘つきめ。先程のモニカ嬢の結界を見たであろう。まあ、アーニャにとっては結界そのものが初見であっただろうがな」
「殿下は私が結界を張ることができないとお考えですか?」
「当たり前だ。だって見えないんだからな」
もう説明するのも面倒になってきました。結界は透明に近ければ近いほど、即ち純度が高いほど強力になる。そんなことも知らないとは…。
ポカーンと開きそうになる口をなんとか閉め、今後について考えを巡らせた。このまま婚約破棄となれば、多少なりともトラシード伯爵家に傷がついてしまう。逆に、誤解を解いて引き続き婚約関係を続けるとすると、今回の件を含め、レイモンド殿下の尻拭いを今後もし続けなければいけない。明らかに後者の方がデメリットが大きい。
そう結論づけると、念のためもう一度殿下に意向を伺った。
「最後にもう一度伺いますが、殿下は私との婚約破棄を望んでいらっしゃるという認識で間違いないでしょうか」
「そうだ。何度も言わせるな。皆の者よく聞け。私はアーニャとの婚約を破棄したのち、真の聖女であるモニカ嬢との婚約をここに宣言する」
あーあ、言いきってしまわれましたね。まぁ、私にとってはもうどうでもいいことなのですが。
「かしこまりました。殿下の御心のままに」
「おい、反論しなくていいのか?」
え、何を仰っているのでしょうか。
「聖女である証明をしたくても、結界を見せる事ができないため、不可能ですわ。それに何より、すでに殿下の御心は私ではなく、彼女にあるご様子。私が反論したところで意味がありませんわ」
「そうか…まあ、良い」
「レイ様ぁ!モニカ嬉しい!これでやっとレイ様と一緒になれるのね!この日をずっと夢見てたわ」
「あぁ、これからは何の遠慮もいらない。私の隣で聖女としてこの国を導いてくれ」
「はぁーい!モニカ頑張る!」
私がこの居心地の悪いこの空間から1秒でも早く抜け出したいと思い、出口に向かおうと歩き出したその時だった。
「あはははは、いやー、面白いものを見せて貰ったよ」
と拍手をしながら誰かがこちらに向かってくる。誰だか全く心当たりがない。
拍手が近くなって、ようやく声の主が隣国ヤハトゥール帝国の第二皇子ディーン殿下であることが分かった。すぐさま淑女の礼をとり、挨拶をする。
「ごきげんよう、ディーン殿下」
「ああ、随分と賑やかなイベントだと思ってね。気になって耳を傾けたら、楽しそうな会話が聞こえるじゃないか」
「恐縮でございます」
ディーン殿下は隣国からの留学生で、編入当時に私が学園内を案内したこともあり、親しくしていた。学業は常に学年トップをキープするほど優秀で、武術に関しても誰も敵わず、文武両道という言葉がよく似合う人物である。
「なにやら、貴殿は婚約破棄をされたとか」
「はい。お恥ずかしながら…」
「そうかそうか。ならば私の国に来ないか。…僕の…婚約者として」
「え?」
一瞬時が止まった…と感じた。私はディーン殿下が仰った意味が理解できず、固まってしまった。
「だから…僕の婚約者になってよ」
「えっと、私は「「おい!!!」
急にレイモンド殿下が口を挟んできた。これ、不敬罪に当たらないかしら…。
「何してるんだ!」
「何って、口説いてるんだけど?」
「誰を口説いてるんだよ、アーニャは俺の」
「元婚約者、だよね?」
「くっ…」
この人、5分前婚約破棄したこと忘れちゃったのかしら?さすがバカ王子、脱帽しますわ。
さらに、レイモンド様の横にいたモニカ嬢がディーン様の袖を引っ張りながら話しかける。
「ディーン様ぁ、私とレイ様とお茶でもしない?」
「そうだな、ディーン殿、私とモニカ嬢とお茶をしよう。きっと有意義な時間を過ごせる」
あぁ、目上の人に自分から敬語も使わずに話しかけるだけでなく、洋服に触れるなんて…。
ディーン様の顔を恐る恐る見ると、笑っている。笑っているが…目が笑っていない。
「まず、モニカ嬢、私の袖から手を離してくれるかな」
「あ、ごめんなさぁい」
「そして、レイモンド殿。なぜ有意義な時間を過ごせると思うのだ?」
「それは…」
「だって、モニカが淹れるお茶は美味しいんですよぉ?きっと幸せな気持ちになれます」
お願いだから、これ以上恥を撒き散らすのはやめてください…。
「ほう、ルーテン男爵令嬢が淹れるお茶を飲むと幸せになれるのか」
「そうですぅ!」
「だが、私には必要ないな」
「え、なんでですかぁ?」
「今が最高に幸せだからだ。手に入れる事ができないと思っていたアーニャ嬢を口説く機会を得られたのだから」
「え?」
声に出てしまった。顔に熱が集中するのを感じる。嬉しいのと恥ずかしいのが混ざって今にも倒れてしまいそう。
「それに、だ。隣国の皇子の会話を遮ること、服を勝手に触ることは不敬罪に当たると思うのだが?その点に関してはどう考えている?」
先程と変わらぬ笑顔で問いかけるディーン皇子に、レイモンド殿下は顔色を悪くする。
その一方で、そんなことなど何も気にしないモニカ嬢は顔をぷくーっと膨らませる。
「不敬罪ってなぁに?モニカが誘ってあげてるのに、お茶に来ないなんて!聖女だから、あなたの国も結界で守ってあげようと思ったのに、もう知らないからぁ!」
「モ、モニカ嬢!すまない、また機会を改める。行くぞ」
さすがに分が悪いと思ったのか、レイモンド殿下はモニカ嬢の手を引き、人混みの中に消える。すると、ディーン皇子はこちらを振り返った。
「申し訳ありません、アーニャ嬢。お見苦しいところをお見せしました」
「い…いえ…。こちらこそ申し訳ございませんでした…」
「あなたに謝罪していただくことなどありませんよ。このことは、きっちり国王陛下に抗議させていただきますから」
「そうですね…」
少しの沈黙が訪れた。何も言い出せない。
ディーン皇子が私を好意的に見てくださっている…?そんなことなどあるのかしら?でも、そんなこと自分から確認などできないわ。
すると、何かを察したようにディーン皇子が口を開く。
「あの…、先程の続きなのですが…」
「は、はい!!」
「そんなに緊張なさらないでください」
「ど…努力いたしますわ」
「ふふ。やっぱり面白いですね」
そう言うと、ディーン皇子は先程までとは違う、優しい笑みを浮かべた。
「私はアーニャ嬢のことを以前より好ましく思っておりました。ただ、レイモンド殿の婚約者ということで、学園内でも一定の距離を保って接することしかできず、とても歯痒かった。この卒業パーティーを機に国に帰るつもりでしたから、キッパリ忘れようとしたのです。しかし、どこかでまだ期待している私もいて…。今日このパーティーに参加して本当に良かった」
ディーン皇子は真っ直ぐこちらを見てくる。目が合うと私は恥ずかしさで下を向いてしまった。
すると、ディーン皇子は一歩ずつこちらに向かってくる。目の前まで来て、そして私の頬に手を伸ばすと、そっと顔を上に向けました。
「やっと、あなたに触れられた」
間近にディーン皇子がいて、手は顔に添えられているため逃げられません。
「ディーン殿下…」
やっとのことで絞り出した言葉は彼にしか聞こえないような小さくか細い声だった。
「どうか、私と共にヤハトゥールへ来てくれないだろうか」
もう答えは決まっている。
「…はい。喜んでお受け致しますわ」
最後まできちんと言い切れただろうか。気がついたら皇子の腕の中にいた。
周りからの祝福の拍手で我に返る。先程までとは違い、恥ずかしいという気持ちはなく、喜びで胸が溢れていた。
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ヤハトゥール帝国へ向かう馬車の中、隣に座るディーン皇子は口を開いた。
「なぁ、モニカ嬢だっけ?あの子って聖女なのか?」
「そうですね…。聖女かどうかで答えるのでしたら聖女ですわ。ただ、国を守るほどの力はありません」
「というと?」
「簡単に言うと、聖女が展開する結界は、色がないほど強いものになるのです。彼女は薄いピンクの色が見えました。つまり、結界の中でも弱いものであるということです」
「なるほどな」
「それに対して、私は無色透明で見えない結界を展開します。おそらく、ディーン殿下の国でも多少お力になることができると思いますわ」
…まぁ、見えないお陰で仕事を放棄していると思われたのですが…。
「じゃあ、アーニャ嬢がいなくなったら…」
「そうですね、魔族に侵略されてしまう確率が上がるかと思われます」
「いいのか?母国だろ?」
「私は両親と幼い頃に死に別れ、教会に引き取られました。ですが、教会では聖女だからと幼い頃から労働を強いられ、寝る間も惜しんで国のために働かされました。しかし、その結果が報われなかった…。理解して貰えなかった…。私、少し疲れてしまったんです…」
「そうか」
国を捨てるなんて薄情な奴だと思われてしまったでしょうか…。でも、実際に未練はありません。
「それなら良かった。母国に帰りたいと言われてしまったらと思うと夜も寝られないからな。これで思う存分甘やかして可愛がることができる」
こんなにも私を大事にしてくれる人が婚約者…。今後のことを考えるだけで胸が躍る。
「私も、ディーン殿下のことを大切に…甘やかします!」
ディーン皇子が目を丸くして、驚いた様子でこちらを見る。え?何か変なこと言ってしまったかしら…?
「ディーン殿下…?」
すると、皇子は吹き出した。
「あははは。それは楽しみだ。アーニャ嬢に甘やかして貰えるなんて私は幸せ者だなぁ」
どうやら、甘やかすという表現がおかしかったようです。
「それは言葉の綾で…」
「違うのか?」
「いえ、そんなことはありませんが…」
慌てている私を見ながら、ディーン皇子は目を細くする。そして私の髪に手を伸ばし、毛先に軽くキスをした。
「末永くよろしく頼むよ、聖女様」
「もちろんですわ、私の皇子様」
そう言うと2人で顔を見合わせながら笑い合った。
2人の笑い声はヤハトゥール帝国に着くまで馬車の中に響き渡っていた。
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【レイモンド殿下side】
どうして、どこで間違えたのだ!
たしかにモニカ嬢は聖女だった。しかし、全く役に立たないではないか!
あの日、邪魔者アーニャを追い出し、モニカ嬢を婚約者にすると言う企てを成功させた。だが、幸せだったのは1週間だけだった。
毎日モニカ嬢と寝食を共にし、城下町へ降りてはデートを繰り返した。最初モニカ嬢は朝に結界を張るため教会へ行っていたのたが、『今まで結界などなかったのだ、行かなくても良い』と伝えると3日目には行かなくなった。
一方その頃、アーニャの結界が切れたことに気づいた魔族は首都へ乗り込む計画を立てていた。そして、1週間後実行に移したのだ。
魔族がこちらに向かってきているという知らせを受けたレイモンド王子は部屋で寛いでいるモニカ嬢に急いで結界を張るように頼んだ。
「えぇー。今からですかぁ?」
「やってくれたら、褒美に好きなものを買ってやろう」
「ほんとですかぁ?約束ですよ!」
文句を言うモニカ嬢を宥めながら、なんとか教会に辿り着く。教会では神父たちが2人の到着を今か今かと待ち望んでいた。
「では頼む」
「はぁーい!」
すると、モニカ嬢の周りが薄いピンクの結界で覆われ始めた。
そして次第に大きくなり、国全体を覆う大きさになったのだろう、モニカ嬢が顔を上げた。
「終わりましたぁ!」
「うむ、よくやった。これで「大変です」」
衛兵が息荒くこちらに向かってきた。
「何事だ!」
「結界が破られました。魔族は依然としてこちらに向かって来ております」
「何?!おい、モニカ嬢!」
「はぁい?」
「手を抜いたんじゃないだろうな?」
「そんなことモニカしてないよぉ。レイ様こわぁい」
やばいやばい。ここでモニカ嬢を泣かせて結界を張って貰えなければこの国は終わりだ。呼吸を整えてから言う。
「すまん、気が動転していた。すまないがもう一度頼む」
モニカ嬢も先程は後で貰えるはずの褒美の品を考えていたため、雑念が入ってしまい自分の結界が弱くなってしまったのかと心当たりがあった。
今度は文句を言わずにもう一度結界を展開する。もちろん真剣に。そのため、終わる頃にはモニカ嬢はヘトヘトになっていた。
だが、そんな努力は虚しく…。
「ダメです、結界は破られました」
「何だと?!」
モニカ嬢の結界では不十分だというのか!
それもそうだ。成人男性の拳は防げても、魔族の圧倒的な力の前ではモニカ嬢の結界など紙切れにすぎない。
そんなこともつゆ知らず、レイモンド王子は焦り続ける。
「なぜだ、結界は完璧のはず…どうして…!」
もう逃げる時間も残されていない。
・・・
あっという間に王城を占拠され、レイモンド王子並びにモニカ嬢は捕らえられ、地下牢に入れられた。どれくらい経っただろうか、『おい』という声で目覚めた。
「お前、バカだろ?」
「何だと?」
「アーニャはどうした?」
「あいつなら使い物にならないから…」
すると、クックッと魔族のボスはお腹を抱えて笑った。
「お前、何も知らないんだな」
「何のことだ」
「結界は無色透明の方が強いんだよ。特にアーニャは歴代の中でダントツだった」
「は?」
こいつら何を言ってるのだろう。アーニャは結界を張るふりをして…。え?
「まあ、いい。お前がバカなお陰で俺たちは国を占領する事ができた。感謝するとしよう。では、お前たちはここで処刑される日を待つ事だな」
「処刑…?」
「ああ。国が落ち着いたら皆の前で俺様がお前らを食うイベントを開催しようと思ってな。もちろん生きたまま踊り食いだ。今から楽しみだよ」
それだけ言うと魔族のボスは去っていった。
隣で寝息を立てるモニカ嬢を見ながら、待ち受ける死について、己の間違いについて考えざるを得なかった。
そして、3日後、大歓声の中、2人の命が消えたのだった。