第三番
真夏の日差しがアスファルトを灼く、昼下がりの午後。
東京都杉並区荻窪。JR中央総武線の高円寺駅北口を出て20分ほど歩いたところにある閑静な住宅街。
激しく照りつける太陽の下を黙々と行軍する我々テレビ取材班の目に、その家は飛び込んできた。
――あ、あれですね。ほら、右手にある赤い屋根の家。
「ほー、いやー、立派な家だなぁ。見なよ、あの三階部分のバルコニー。バーベキューが出来そうな広さだねぇ」
取材に同行していただいた浦桐氏の感嘆ぶりに、我々も同意せざるを得なかった。
近づくにつれて見えてきたのは、4LDKの3階建てからなる木造新築の一戸建て。建物面積はおよそ120平方メートル。不動産情報によると売値は約六千万円。一千万円ほどの年収がある勝ち組にとっては、決して高い買い物ではない。
――車庫に車が二台ありますね。それにしても変わってるなあ。
「片方は軽自動車。もう片方はBMWか」
――どっちが"名人"の車なんですかね。
「そりゃ、軽なわけないだろう。あれは奥さんのじゃないのか?」
――ですよねぇ。いやぁしかし、庭も広いし、ちゃんとしてますよねぇ。
庭先を飾るのは、良く手入れされた家庭菜園だった。ナスやトマトといった夏野菜たちが瑞々しく実り、収穫の時を今か今かと待っているかのようだった。
――この家庭菜園なんですが、話によると"名人"ご自身が肥料から選んでるみたいです。
「"名人"の趣味って奴か。実際、家庭菜園には心を落ち着かせる効果もあるって、それいま一番言われているからね」
――浦桐さんって、そういうのも専門だったりするんですか?
「そんなわけないだろ。何かの本にそう書いてあったんだよ。ま、科学的な根拠があるのかどうかは不明だけどね」
科学の徒のくせにエビデンス不明な話を持ち出してくる浦桐氏をさっさと無視して、我々は玄関前でインターホンを押した。
『はーい、どちら様でしょうか』
インターホンから聞こえてきたのは女性の声だった。"名人"の奥さんに違いなかった。知人を介して知り合い、八年前に結婚したという。年齢は、たしか三十四歳だとか。
――すみません、東日本テレビの者ですが。
『密着取材の方ね? 待ちくたびれたわよ』
すぐに玄関のドアが開いた。中から出てきたのはこちらの予想通り、奥様だった。薄いブルーのワンピースを身に付け、右手に高級ハンドバッグ、左手にゼブラ模様の日傘を持ち、花柄のハイヒールを履いている。化粧もバッチリきめていた。どこかに出かける予定でいたらしい。
「昼の二時って聞いていたのに、十分も遅れてるんだけど」
――すみません、途中の道が混雑していて。
「あっそう。じゃあわたし、これから仕事があるから。ほら、そこどいて」
――あ、はい……
我々を押し退けるようにして車庫へ向かう奥様は、不意に何かを思い出したのか、はたと立ち止まると柵越しに我々を呼び止めた。
「ねぇ、密着取材って来年の六月までよね?」
――はい。その予定です。
「じゃあ毎朝八時には来てくださるかしら。わたし、いつもその時間には家を出るから。それから、寝泊まりはダメだけど、夕飯はあの人と一緒にとってくれると助かるわ」
――え? いいんですか?
「あの人にはもう伝えてあるから。ま、赤ん坊のお守りだと思ってくれればいいわ」
――赤ん坊ですか。
「なによ」
――ああ、いえ、分かりました。上司に掛け合ってみます。多分、大丈夫だと思いますが。
「ふん……それから、家の鍵はあの人がスペア持ってるから、外出するときにはきっちり戸締まりをお願いね。それじゃ」
言いたいことはすべて言ったとばかりに、奥様は足早に車庫へ向かった。間を置かずしてエンジン音が唸りを上げ、奥様は新宿方面へと去っていった。軽ではなく、BMWに乗って。
――奥さんの車だったんですね。うーん、雑誌でインタビューに答えていた時のイメージと違うなあ。
「カメラを回していたら反応も違っていただろうな。メディアに露出する時は、いつも猫を被っていたってことさ。クソを煮詰めたような性格を隠すためにな」
――ちょっと、浦桐さん。
「本当のことを言ったまでじゃないか。それに仕事とか言ってたけど、あの媚びるような化粧からして嘘だね。間違いなく"男"だって、それいま一番言われているからね」
――そういう先入観は、良くないと思いますよ。
「なら先入観抜きに言うが、ボクの嫁の方が百倍、いや千倍マシだな。あんたの奥さんだってそうだろう?」
――いや、そりゃそうですけど……って、何を言わせるんですか。とにかく、言い過ぎですって。
『いえ、言い過ぎだなんてことは、ないと思いますよ』
人様の玄関前で一悶着していると、急にその声が飛び込んできた。低い男性のもので、砂漠のど真ん中に放り出された鉄塊じみた無機質さを備えた声が。
驚いて玄関口に目をやると、棋界のトップに立つ者として相応しい、泰然自若とした雰囲気を纏った"棋人"……久能開闢(39)名人が、我々を出迎えてくれていた。
彼の姿を目にした瞬間、我々テレビ取材班一同の背に緊張が走ったのは、言うまでもない。眼帯で暗く閉ざされた右目はもちろん、それとは対照的な世にも珍しいアースアイの左目にさえ、喜怒哀楽といった感情の片鱗が見て取れない。白い長袖シャツの左肩から先は布切れのように垂れ下がっていた。あまりじろじろ眺めると失礼だというのが頭では分かっていても、その、どこか非現実的な肉体の存在感に、我々がどうしようもなく魅せられたのは事実である。
隻腕に視覚障害、おまけに言語不明瞭というハンデを背負わされても、身体障害者という社会的分類をされている事実に対する後ろめたさというものが、久能名人の出で立ちからは露ほども感じられなかった。むしろ、近代から現代にかけての将棋の歴史に確実に名を残す偉業を為し遂げ続けている"棋人としての気高い誇り"を痛感させられるばかりだった。
私も浦桐氏も冷や汗をかいていた。いまここで囁き合っていた、奥様の態度に関する決して良くない印象の羅列が、久能名人の耳にはいっているのは疑いの余地がない。だが、名人はとりたてて気分を害された様子も見せず、あたふたする我々をとりあえず宥めてから、二階のリビングダイニングに案内してくださった。
靴を脱いで出されたスリッパに履き替え、螺旋状の階段を上がったところにリビングダイニングはあった。広さは軽く見積もって20畳ほどで、すべてが落ち着いた内装で統一されていた。
真っ白な壁には小サイズの額縁がかけられていて、籠に入った果物を描いた油絵が納められていた。ソファーに挟まれたガラス製のテーブルの上にはブルーアイスの花瓶が置かれていて、白百合が一輪だけ生けてあった。
空間的な奥行きを演出するためか、リビングから余計なものは排除されていた。将棋盤すらない。完全なプライベート空間というわけだ。
『お暑いところ、お越しいただいてありがとうございます。どうぞお座りください』
――すみません。失礼します。
久能名人に促される格好で、私と浦桐氏は横並びになって、壁の色と同じ白いソファーに腰かけた。その間、久能名人はキッチンの冷蔵庫から作り置きしていた麦茶と、クリスタルガラスのコップを名人ご自身のぶんも含めて四つ取り出し、慣れた手つきで注いでいった。
『どうぞ』
――あ、これはどうも。ありがとうございます。
『そちらのカメラマンさんにも、どうぞ』
――ありがとうございます。
『先ほどはすみませんでした。妻が失礼な態度をとってしまって』
――いえいえ、そんな。気になさらないでください。もとはといえば、我々が遅れてしまったのがいけないんですから。ああ、そうだ。ご紹介がまだでしたね。こちら、浦桐三郎さんと言って、東栄大学で教鞭を執っておられる、特殊文化人類学科の先生です。今回の密着取材に同行していただくことになりまして。
『お話は事前に連盟から伺っています。大学の先生とは凄いですね。はじめまして、久能と申します』
「ああ、これはどうも。いや、名人と比べたら大学の准教授なんて、ちゃちな仕事ですよ」
『いえ、そんなことありませんよ。世界は様々な人の仕事で成り立っているんですから、敬意を払って当然のことです』
ここまでの会話の間、久能名人の意志疎通手段は、特殊な携帯デバイスを介してやり取りされていた。現代においても翻訳が難しい"棋人"独特の言語形式を使用する場は、日常生活においては皆無とさえ言っても良い。そこで、久能名人のような"棋人"たちにとって欠かせないのが、"ECHOES"と呼ばれる、手のひらサイズの音声合成出力機器であった。もともとは、筋萎縮性側索硬化症等により発声機能を失いつつある障がい者の声を補助する目的で研究開発されていたのだが、実用化されて世に出たところ、"棋人"たちのマストアイテムとなったわけだ。
使用者の声帯が発する音の周波数や音圧を何回にも分けて機器に登録し、機器表面の8割を覆う特殊ガラスをなぞるようにモーションジェスチャーすると、登録された音を機器内部に搭載されたAIシステムが瞬時に判別して組み合わせ、使用者の年齢に合わせた"限りなく生の声に近い人工音声"を出力することができる。
名人は、その"ECHOES"を、大事そうに右手で包み込むように持ちながら、こちらの問いかけに対し、すばやくモーションジェスチャーを駆使して応答するのだ。健常者――こういう表現は個人的に好ましくはないが――である我々の視点から見ても、完璧に使いこなせていると言えた。
なにより真摯であると感じたのは、"ECHOES"を借りて言葉を伝えている間、久能名人が我々の目をじっと見据えるところにあった。機械の力を借りているとはいっても、言葉の代理人になった覚えはなく、やはり自分こそが"言葉の正統なる主"なのだと、我々に証明してみせているかのようだった。
――それにしても、立派なご自宅ですね。あの壁にかけてある絵は、奥様のご趣味で?
『そうです』
――こちらの花瓶も?
『ええ』
――かなりの美的センスをお持ちなんですね。
『妻は美術館のキュレーターですから、こういうのに目がないんです』
――キュレーター?
『美術館で、よく展覧会をやるでしょう? あれの企画立案に携わる専門のコーディネーターのことです。海外から有名な絵画を持ち込んでくる際には、その絵を所蔵する美術館や行政機関にコンタクトする必要がありますから、ネゴシエーターとも言えるかもしれません』
――そうなんですか。てっきり専業主婦をやられているものかと思ってましたよ。あまりそういったお話を耳にしないものですから。
『メディアに出る際には"名人の妻"であることを求められますからね。彼女自身、そのことに不満を持っているようですし、それに、ほら、私が"こんな有り様"でしょう? 意味不明な言葉を喋る夫なんて、夫どころか男としても見れないって、そう言われたこともありましたよ』
――しかし……向こうは結婚にオーケーしたんですよね?
『もともと、私の稼ぎ目当てだったんですよ。この歳になっても、子供を作る予定なんてまったくありませんし、もうすでに妻の心は私から離れていってます。あなた方に私のお守りをお願いしたのがその証拠です。もしかしたら、彼女は最初から私に寄せる心なんてなかったのかもしれません』
――あの、立ち入ったことをお聞きしてしまいますが、離婚は考えていないんですか。
『いえ、それはないですね』
――なぜですか?
『選んだ責任というのがありますから。私からプロポーズしておいて捨てることは出来ません。一度約束したことは、最後まで履行しなければならない』
――なるほど。名人らしい信念ある意見とお見受けします。
『あ、すみません』
――はい。
『その"名人"って呼び方なんですが、出来ればやめていただけるとありがたいです』
――いや、しかし……
『"名人"というのは肩書きに過ぎませんから。気軽に名字で呼んでください』
――まあ、そういうことでしたら、わかりました。それでは……カメラの準備も整ったので、さっそく始めていきたいと思います。まず今回の密着取材をお受けいただいた理由からお話を伺えないでしょうか。
『すごく単純な理由かもしれませんが、話し相手が欲しかったんですよ』
――それは、奥様との生活が関係しているんでしょうか。
『そうですね。もう夫婦の会話なんて何年もろくにしてませんし……あ、これ、放送するんですよね? マズイな』
――大丈夫です。編集でカットしますから。好きにお話いただいて構いませんよ。
『そうですか。それじゃあ続けますが、妻は"これ"の声を聞くのも嫌みたいで。わたしの声帯から直接聞こえてくる"意味の通じる言葉"を欲しているんですよ』
「失礼ですが……なんというか、ずいぶんと思慮の浅い方ですよね、奥様は」
――ちょっと、浦桐さん。
『いえ、いいんです。浦桐さんの仰る通りです。彼女はとにかく、言語によるコミュニケーションでもたらされる"相互理解の快楽"ばかりを求めている。なぜ、私の言葉が異質なものに変容したか、そのために私がどんな心境で毎日を送っているか、考えようともしないんです』
――しかし、本質はその異質さにこそあると、我々は考えてます。棋人と称される方々が、なぜこれ程の強さを盤上で発揮されるのか。特に久能さん、あなたの戦績は、言葉を選ばずに言えば"異常"そのものです。
『他人事のように聞こえるかもしれませんが、私自身もそう思ってます。19年前は、自分が棋界でこんな立場にいるなんて、思いもしなかったんです』
――ですが、伝説があの19年前の名人戦からスタートしたのは言うまでもありませんよね。そこから現在に至るまで、19期連続での名人位防衛。さらには19年間の棋戦全勝。つまり、19年間勝率10割をキープし続けている。あまりにも異様です。
「久能さんご自身が習得した言語形式に、その強さの秘密が隠されてるんじゃないかと、ボクは睨んでいるんですけどね」
『なるほど、たしかに一部を切り取れば、そう映るのかもしれませんね』
「一部?」
『それが全てではないということです。しかし、言葉が私の肉体に何かしらの変容をもたらしているのは確かです。私も最近になって色々と調べましてね。ようやく"これだ"と納得できる仮説を思い付いたんです。浦桐さんの手前、学のない素人考えで恐縮ですが、聞いていただけますか』
「是非。大変に興味があります」
――私からもお願いします。
『わかりました。それでは』
久能名人はコップの中の麦茶を一息に飲み干すと、大きく息を吐いた。それから、右手で包み込むように持った"ECHOES"の表面を、タタッ、タッ、ター、タタッと、モールス信号を打つようなジェスチャーで、言葉を紡いでいった。
『いま、私がこの機器を通じて日本語を話せているのは、私の頭の中に、すでに日本語の一般的なルールが蓄積されているからです。私も、生まれてからこのかたずっと、異質な言語を話してきたわけではないですからね』
――日本語の一般的なルールというのは、文法のことですか?
『人間という生き物は他人とコミュニケーションするために、本能的に文法を生成する機能を脳に備えているんです。箸も使えない生まれたての赤ん坊が、誰に教わるでもなく文法的な間違いを犯さず喋れるのは、ひとえに、この機能が生まれながらに備わっているからです』
「聞いたことがありますよ。たしか専門用語で言うところの、"生得的文法"というやつですよね?」
『そうです。しかし、この生得的文法を用いても、私の異質な言語の謎は明らかにならない。なぜなら、これは文法の話ではなく、単語そのものの問題。すなわち"音韻論"の話だからです』
――音韻論?
「言語学のひとつだよ。その言葉がどんな音から成り立っているかを明らかにする学問のことだ」
『脳には、耳を通じて拾った音を分解して組み立てることで、名詞や動詞を作り上げる機能があるんです。京都大学の情報学研究科が、過去にこんな報告をしています。人間の大脳のうち、前頭葉の後方部分がなにかしらの損傷を受けると、動詞の生成が極めて困難になり、下側頭葉と呼ばれる部位が損傷を受けると、今度は名詞の生成が困難になるんだそうです』
――大脳を構成している各部位……つまりモジュールによって単語の保存されている場所が違うということですか? あ、そう言えば、言ってましたね浦桐さん。
「なにが?」
――ここに来る前のインタビュー、覚えてます? "棋人"の脳は記憶や類推を司る大脳モジュールの接合が緻密になってるって。
「それはボクが導き出した結論じゃないし、だいたい久能さんが話してくれたのは、ボクや君にも起こりうる話だよ?」
『仰るとおり。人間はだれでも、名詞や動詞、形容詞といった単語をひとまとめに脳内で保管しているのではなく、無意識のうちに単語にタグつけをして、脳の決められた場所にストックしているんです』
「ある種の"引き出し"みたいなものと言えますね」
『それなんです。まさに引き出しなんです。つまり、引き出しにしまっていたタオルを取り出せるように、脳の各モジュールは単語を蓄積するだけでなく、その単語を適切に分解して、音の最小単位である"音素"に分解する機能がある。言い換えるなら、人間は単語を構成するに相応しい音を、無意識のうちに取捨選択してしまっているということです』
――取捨選択といいますが、人間は身近に存在する言葉を耳にしているから、自然と言葉を形成している音を区別できるんじゃないですか?
『はたしてそうでしょうか。それがただの思い込みであるという可能性はありませんかね』
――逆にお聞きしたいのですが、なぜ、そう思われるんですか?
『この世は、人間の発する音ではない、沢山の音で溢れているじゃありませんか。風のそよぐ音。セミの鳴き声。バイオリンの音。道路工事の騒音。ヒールで床を叩く音。ドアが軋む音。水を注ぐ音。エアコンの室外機の音。ありとあらゆる生活音が、私たちの世界には溢れているのに、なぜそれらを無視することが出来るのか。私には長年の疑問でした』
――それは、それらの自然界や日常に存在する音が、人間がコミュニケーションを取るのに必要な言葉にはなりえない音だと、世の中の摂理らしきものが判断したからではありませんか?
『では、将棋の駒たちはどうなります?』
――え?
『将棋の駒たちは、なんのために存在しているのか。彼らはなぜ、なんのために、盤上に叩きつけられ、音を出すのか。ゲームのためだと、皆が口にするでしょう。駒を動かすのは、ゲームを遂行するための所作に過ぎないのだと。しかし私にとって、駒を動かすということ以前に、将棋はゲームでもなければ知的な格闘技でもないんですよ』
――では、久能さんにとっての将棋とは、一体なんなのですか。
『コミュニケーションですよ。私にとって盤上での戦いは、いつだってコミュニケーションそのものなんです。最近は誰の耳にも私の声が、いや、私の指す駒の声が聞こえていないようですが』
――すると久能さん、あなたは。
『私は将棋の駒を盤上に叩きつけた時の音を、単語を構成する音韻として拾うようになっていたんです』
――それが、久能さんの、いや、"棋人"の方々が話す異質な言語の正体なんですね!? いやあ、これは驚きました。凄いことですよ! 駒の声を聞くなんて、まさに将棋の申し子そのものじゃないですか!
『あくまで仮説ですよ。状況証拠しかないですから』
「……うーん」
――どうしました? 浦桐さん。
「いやぁ、興味深い仮説だとは思うよ。駒の声を音素として認識するようになったから、大脳モジュールの構造が一般の棋士と違うのも納得は出来る。だけれど」
――だけれど、なんです?
「それがどうして、久能さんの"圧倒的な強さ"に繋がるのかが、いまいち分からないんだよな」
『たしかにそうですね。これだけでは説明不十分と言えるでしょう』
「む。ということは、続きがあるんですね?」
『ええ、これをより詳細に説明するには、"構造言語学"を持ち出してくる必要があります』
――また聞き慣れない専門用語ですね。
『簡単に言ってしまえば、"言葉と事象には直接的な関係性はない"という理論です』
――……ん? すみません。ちょっとよく分からないんですが……えっと、浦桐さん、分かりますか?
「ボクも言語学を専門にしているわけではないから、なんとなくのイメージしか伝わらないな。久能さん、すみませんが、具体例を示していただけるとありがたいんですが」
『わかりました。では"これ"を使って説明しましょう』
そう言って久能名人が指差したのは、ガラステーブルの中央に鎮座する"花瓶"だった。
『"これ"の名前を仰ってみてください』
――え? いや、えっと……"花瓶"……ですよね。
『そうですね。誰がどうみても、ここにあるのは"花瓶"です。では、"花瓶"を英語でなんと言うか、ご存じですか?』
――英語でですか? うーん、なんだろう……フ、フラワー……? えーっと……すみません。わかりません。
『花瓶は英語で"vase"と呼ぶんです』
――へぇ、意外ですね。花瓶だから、てっきり"フラワーなんちゃら"って呼ぶのかと。
『日本語しか知らない日本人なら、だれしもそう考えるものでしょう。ですが英語圏に住む人たちにとっての"花瓶"は"vase"に他ならないんですよ』
「……あ、なんかちょっと分かってきたかも」
――どういうことです? 浦桐さん。
「あれだよ。"花瓶"と"vase"の関係性を知らない人に"vase"という単語だけ聞かせても、それが"花瓶"だとは想像もつかないってことだ。つまりこの時、"花瓶"と"vase"との関係性は途切れている。そういうことですね?」
『そうです。つまり、日本語の文化圏で育った人と、日本語以外の言語の文化圏で育った人とでは、物の見方、いや、世界の見方が異なると言っても良いかもしれません』
――その場合、バイリンガルと呼ばれる人はどうなるんでしょう。母国語以外の言語、たとえば先ほどの例に合わせて、日本語以外に英語にも精通している人が"花瓶"を見たとき、それを"花瓶"として見るのか、"vase"として見るのか。
『すごく良い質問ですよ。それについては、イギリスのランカスター大学の言語学研究グループが、面白いことを言っています』
――イギリス……あの、失礼ですが、どこからそんな情報を?
『今はネットひとつでなんでも検索できる時代ですからね。そのランカスター大学のグループが言うには、バイリンガルの人たちが使う言語は、言語を使用する当事者の置かれた環境に左右されるんだそうです』
――環境に左右される?
『たとえば、アメリカに住んでいる英語に精通した日本人が、アメリカ人の友人たちが開催するホームパーティに呼ばれたとします。ホームパーティでは、その日本人の周囲では英語が常に飛び交う状況になっていますから、自然と当人もその場では英語でコミュニケーションを図り、英語で規定された世界を捉えるようになります』
「人間は周囲の環境に適応することで生き延びてきた生き物ですからね。なるほど、納得できる話です」
『もうひとつ、面白い話があります。フランス語には、男性名詞と女性名詞の2種類が存在することをご存じですか?』
――聞いたことはあります。なんでも、雄雌の区別がついているものだけじゃなくて、ほとんどの事象に男女の区別がなされているんですよね?
「たしか、"大陽"や"ペン"は男性名詞で、"月"や"机"や"手紙"は女性名詞、だったかな。ポリコレ界隈から攻撃されているあれだね。しかし分類は結構めちゃくちゃだ」
『私もそう思います。ですがこれにはルーツがあるんです。今から約5000年前の、黒海付近で発生したインド=ヨーロッパ祖語が、今のフランス語の元になっているとされています。インド=ヨーロッパ祖語を扱っていた部族たちは、無生物や抽象的な概念に性別を与えることで、それらを"擬人化"していたんです。それが現在におけるフランス語の、男性名詞や女性名詞に繋がっているんです』
――なぜ、大陽や月といった存在を、擬人化する必要があったんでしょう?
『私には、なんとなくですが分かります。彼らは自分たちが使用する単語を擬人化することで、この広い世界を緻密に、繊細に、理解しようと努めていたんでしょう』
――世界を理解するために、言語は生まれた。我々の身近に存在する物質や事象を規定するためではなく。そういうことですか?
『ええ、そうです。人間は、世界のかたちを詳細に理解するために、言語を進化させてきたんです。これは現代のスポーツにおいてもそうなんですよ』
――具体的には、どういったものが?
『卓球を例に上げましょうか。卓球の強豪国と言えばお隣の中国ですが、あの国の卓球用語は、日本のそれとは比にならないくらい豊富なんです』
――卓球、お好きなんですか?
『こんな体ですから実際にやることはないんですが、観戦するのは好きで。特に個人競技に分類されるものは、欠かさずチェックするようにしているんです』
――そのひとつが卓球ということですか。
『はい。卓球には"スマッシュ"と言って、ボールを強く相手のコートへ叩き込む技がありますが、これを中国では、スマッシュを打つときのスピードや力の入れ加減を考慮して、3つの用語に分類しています。点、発力、発止力というのがそれです。しかしこれら3つの用語も、日本語になると全て"スマッシュ"という言葉に集約されてしまいます』
――たしかに、それだけ細かく分けていたら、選手の覚えも早そうというか、力をコントロールする意識が違ってきますね。
『そうなんですよ。中国卓球のプロリーグに参加したことのある日本人選手曰く、"中国語で教育された卓球選手は、技の精度が高く、技の数も多くなる。だから中国の卓球は強い"んだそうです』
――つまり、中国語で育てられた卓球選手と、日本語で育てられた選手とでは、卓球という世界の見方が異なる……
『私たち日本人は、世界が"川"や"山"や"家"や"道路"によって成り立っていると考えがちですが、それは日本語を使うからそういう風に見えているに過ぎない。言語は物質の存在を指し示すのではなく、世界をどう区分して体験するかを決めている。これが、構造言語学と呼ばれるものです』
鈍感な我々テレビ取材班も、ようやくここに至って、久能名人の言わんとしていることが掴みかけてきた。
つまり、名人の話をまとめるとこういうことになる。名人は、将棋の駒を盤上に打ち付けた際に生じた音を、単語を構成する音素として耳で拾い、脳内で単語として組み上げることで、日常には存在し得ない異質な言語を……すなわち"棋人言語"とも呼ぶべき言語を習得した。それによって、我々のように将棋に縁のない人間や、普通に将棋を指している棋士たちとは、全く違う角度で将棋を体験することができるようになった。
バイリンガルが、その時々で身を置いた環境に適した言葉で世界のかたちを体験するように、名人は、将棋という環境に適した言語……棋人言語を用いて、我々の想像もつかない感覚で"将棋という世界"を体験しているのだ。
だがそれでも、外野にして観測者にすぎない我々には、いまだ腑に落ちない部分もある。
名人だけが、名人のみが体験している"将棋の世界"とは、いったい、どんな世界だというのだろうか。
その全貌をどうにか視聴者の皆さんにお伝えするためにも、久能名人の生活の仔細を、克明に記録する必要があると、我々は感じたのだった。