5 始まり
「思ったより早く来たかしら。少し手伝ってほしいのよ」
ノーラと、エレノアと、あともう一人青髪青目の男の人がいる。僕よりは年上だけど、エレノアとケビンよりは年下かな…?
「あれ?ケビンは一緒じゃないのか?」
「小屋を直すって言ってたよ〜。あ、クリストファー、ソラと会うのは初めてだよね?」
「うん。僕、クリストファーです!よろしくお願いします」
「俺はソラ。こちらこそよろしく」
かすかにソラは微笑むと、机と椅子をふわふわ浮かべて運び始める。風魔法…かな?僕はほとんど魔法を使えないから、憧れる。
「今日はわたくしとエレノアが食事当番なのよ。ベン、わたくしたち今手を離せないから説明をお願いするかしら」
「任せてね〜。あのね、クリストファー、この扉の隣にある枠の中に、どの時間帯のご飯がいるか名前を書いとくんだよ〜」
扉の隣に、木のボードが取り付けてある。手を当ててみると、かすかにピリリと痺れた。
魔力が流してあって、近くに置いてあるペンで名前を書けるようになっている。朝、昼、夜と区切ってあって、どの時間帯のご飯をここで食べるか書いておける。
名前のない人はここでは食べない、ということ。今の時間帯、つまり夕食のところには、ベン、ノーラ、エレノア、ケビン、ソラ、そして僕の名前がある。僕の名前はノーラが書いておいてくれたんだって。
食事当番は交代制で、一週間ごとに変わる。二人か三人で食事を作り、僕は今の食事当番が1周したら回ってくることになる。
それとは別に、一人準備係があって、これも交代制で一週間ごとだ。
とはいえ、食事を作りたい人が他にいたら変わることができるし、準備係と早く来た人で準備することが多いらしい。
「クリストファー、何か食べられないものあるか?」
「多分何も無い…かな」
「アレルギーとか怖いからね〜、一応今まで食べたことがないものを食べるなら、ノーラがいる時のほうがいいよ〜」
「ノーラがいる時?なんで?」
「わたくしは治癒魔法の使い手なのよ。アナフィラキシー反応はすぐに抑えることができるかしら」
話しながら机と椅子を運ぶのを手伝う。体力が無くてすぐへばってしまうと、ソラが水を持ってきてくれた。明日からは体力つけるために頑張ろうと思う。
遅れてケビンも食堂へと来た。思ったよりホコリで汚れてしまったから、簡単にシャワーを浴びてきたらしい。
机と椅子を運び終わって、食事は人数分皿を出してあって、量を調節できるようにしてある。バイキング形式、みたいな感じ。
トレーを持つと、僕は白色のパンとトマトのスープだけを取って席に着いた。空腹状態の胃に刺激が強いものを入れるとびっくりしてしまうから、この量から慣らしていく方がいいとのこと。
かなり食べ物が余っていたけど、それは明日の朝食に回したり自由に食べて良いようにするんだって。この学校は色々考えられていてすごいと思った。
白色のパンはもちもちで、トマトのスープと交互に食べるとすごく美味しかった。ガツガツ食べるよりも、ゆっくり食べていく方がいいらしい。
久しぶりの食事で、胃がびっくりして動き出してる気がする。今までは食べられるときに詰め込んで食べてたから、少ししか取らないのは心配だったけど、すごく美味しくて少しでも満足だった。
「ごちそうさまでした!」
ゆっくり食べたから、僕より沢山皿に盛り付けていたベンと同じくらいに食べ終わる。食事の時間に焦らないでもいいなんて、これこそ始めてかもしれない。
「ごめんね〜、クリストファー。僕これからやらなきゃいけないことあるから、ソラに部屋まで案内してもらってね。」
「うん。今日たくさん助けてくれてありがとう!」
「どういたしまして〜」
ふわふわした笑顔をしているベンに、礼を言うと、僕はソラと行動し始めた。ベンは今日一日ずっと一緒にいてもらって、たくさん助けてもらった。僕は何を返せるんだろう?
ノーラ、ケビン、エレノアにもありがとうと言った。ノーラに今日はもう部屋に案内してもらったら寝た方がいいと言われたので、そのつもりだ。
「この部屋でいいか?ちょっと掃除するから、その間にネームプレート書いといてくれ」
「うん!」
渡されたネームプレートに、『クリストファー』と書き綴る。家名のデイビスは、もう書けなくなってしまったけど、今日一日ずっとクリストファーとして生活して、なんだかこれでも大丈夫な気がする。
ソラに掃除機で床のホコリを取り除いたあとで、ネームプレートを扉に付けてもらった。僕は身長的に届かなかったから。
「エレノアとノーラが使える家具を選んで運び込んでいたから、多分使えると思うが…何か不便があったらいつでも言えよ」
「うん、ありがとう!」
「必要最低限の物しかないから、他に欲しいのがあるなら明日以降だな。トイレは廊下の突き当たりに、水は食堂に行けばある。分からなくなったら物置部屋にある地図を見ればいい。何か他に気になることはあるか?」
「気になること…大丈夫、ないよ。何から何までありがとう」
ソラにも礼を告げると、「今夜は物置部屋から右に二つ進んだ部屋にいるから、何かあったら来てもいい」と言われて、嬉しくなる。
ここにいる人たちは、みんな優しい。
ケビンに渡されたスウェットに着替えると、ふかふかのベッドに恐る恐る入る。
体が沈む感じがして、軽くパニックになった。こんな凄いところで寝れない…と思ったけど、疲れが溜まっていたのかうとうとしてきた。
こんな生活に慣れてしまったら、もうあの家の生活に耐えるのはきっと無理になってしまう。それぐらい心地がいいし、僕がこんな生活していいのかなって思ってしまう。
あの飢えに必死で耐えて、凍えながら生きていたあの家こそが、僕の本当の居場所みたいな感じがしてしまう。
ああ、でも───僕、あの家にもう帰れないんだった。