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1 始まり

「ここに手を置いてください」



 僕がいるのは、屋敷の一番豪華な客室。この部屋に足を踏み入れたのは、いや…屋敷の本館に入ったのは、初めて。

 周りの使用人たちは、僕のことを見ているようで見ていない。先にこの部屋にいた父親も母親も、僕の方を一瞥すらしない。

 あの人たちのなかでは、僕は存在しないことになってるんだろう。明らかに見える拒絶の溝が、あまりにも深くて、僕はあの人たちの方に行けない。

 あの人たちの隣に行けるのは、お姉ちゃんだけ。僕の双子の姉。同じ日に生まれて、髪の毛も顔つきも似ているのに、でも全てが違う。

 お姉ちゃんは僕と違って、オッドアイだ。この国ではオッドアイの人は才能に満ち溢れていると言われていて、実際にお姉ちゃんはすごく強い。魔力量の多さも、この国の歴史の中でトップを争えるレベル。体力も、学力も、何もかもが、何一つ努力しないでも上から見下ろすことが出来る。

 それに比べて僕は、最弱を意味する『灰色に近い黒目』。お姉ちゃんから護身術を必死に学んで、何年も空腹と体の不調に耐えて、それでやっと生きているぐらいだ。


 僕とお姉ちゃんの立ってる場所は違いすぎる。いくらお姉ちゃんが僕に優しくしてくれたって、何でも持っているお姉ちゃんは与える側だ。

 僕はお姉ちゃんの慈悲で生きている。お姉ちゃんは僕を生かしている。それで、どうやって対等になればいいんだ。



 お姉ちゃんが、職業選択の時に国から派遣されるロボットに手を置いた。パサリとロボットの手からカードが出てくる。

 何十枚も、パサリパサリと床に落ちていく。

 このカードの数だけ、選べる職業がある。お姉ちゃんは何十個も職業が選べて、でも絶対にロボットが唯一手渡した金のカード…勇者を選ぶことになるんだ。

 オッドアイの人は、お姉ちゃんは、この国では勇者にならなくてはならない。国のヒーローにならなくてはならない。

 もしかしたら、お姉ちゃんも辛いのかもしれない。でも……そうやって、お姉ちゃんを気遣う余裕は僕にはなかった。


 父親と母親が、お姉ちゃんを褒め称える。使用人たちも祝福する。勇者を選ぶことを当たり前として。


 何でこんなに気持ち悪いんだろう、この国は。明らかにおかしい。気持ち悪い。でも僕には、何か行動を起こす力なんてない。頑張っても、普通の人になれない最弱な僕なんて、すぐに踏みつけられてしまう。



 騒いでいる人達をちらりと見ながら、僕もロボットの頭に手を置いた。

 また、僕は心のどこかで期待してしまった。こんな時くらい、僕を見てくれる人はいるんじゃないかって。そんなことなかった。皆お姉ちゃんが一番なんだ。

 僕はこの屋敷に、存在しないんだ。


 パサリ、と出てきたのは一枚のカードだけ。もうすでに書かれている内容は分かっている。獣医だ。最低職で、誰からも疎まれる職業。


 獣医のカードをロボットに渡した。僕はもう、獣医として生きていかなくてはならない。

 今まではお姉ちゃんのおかげでこの屋敷で暮らしていた。

 身長があまり伸びなかったから服もそんなに必要じゃなかったし、食事は一ヶ月ぐらいなら食べなくても平気になった。部屋は寒かったし、なんも無い殺風景な部屋だったけど、雨や風はしのげたから生きてこれた。


 でも───僕はもう10歳だ。この国ではもう独り立ちの歳。お金も何も無くて、今から行くのは獣医学校で、僕はどうやって生きていけばいいの?

 分からないよ。



「獣医ですね…はい、設定完了です」


 この国の全ての子供たちのところに行き、職業を選ばせるロボット。無機質な声は冷え冷えとしていて、僕はぶるっと身震いをした。

 お姉ちゃんも金色のカードを渡して、勇者となった。


「獣医学校へと移動します…準備をしてください」


 ロボットの足元に魔法陣が出現した。その上に乗ってしまえば、すでにテレポートが行われて、あっという間に獣医学校へとたどり着く。

 お姉ちゃんの目の前のロボットも魔法陣を出現させた。お姉ちゃんは、父親や母親から荷物を受け取って、そして…僕の方をちらりと見たあと、魔法陣へと消えてった。



 僕の方にも父親が来た。目の前に立たれることすら久しぶりで、親って感じがしなかった。ぞくりとするほどの威圧で、僕はぺたりと床へと倒れ込んでしまう。


「クリストファー。今日からお前は家名を名乗るな。一年分の食費は出そう…これからは、私たちと一切関わらないでくれ」


「…はい、分かりました」


 クリストファー・デイビス。僕が唯一持っていたのは名前だった。そして、血の繋がった双子のお姉ちゃんの存在。

 それすらも、全て手から抜け落ちていった。僕には、もう何も無くなってしまった。


 とん、と控えめな音を響かせて僕は魔法陣を踏んだ。

 僕は、どうすればいいのか分からなくって、でも、それでも。僕は、絶対に死にたくないと、そう思った。

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