17 フレワルキア歴57年3月26日
「おーい、誰かいるか?」
ガサガサと木の震える音だけがする。よく木の上で寝ているリズか、外によくいるベンのどちらかが出てきてくれれば、それで終わり。
終わり、なのに──驚くべきことに終わらなかった。ただ木々の擦れ合う音だけがする。
「リズ?いないのか?」
人並み以上の聴力を持っているリズなら聞こえるだろうと声を張上げてみたものの、返事がない。呼んだ?と、その声が明瞭に再生されるほど、それがいつもの光景で、なら、今はどこに。
はっ、と息が浅くなり始めた俺に、リューは心配そうな声色で話しかけてくる。
「一旦落ち着いて、ソラ。まだ外から叫んだだけだ」
「……すまない、ちょっと取り乱した」
ぞわと背筋に悪寒が走っている。俺は我ながら心配性な方だと思っている。嫌な考えだけが脳を占め尽くして主張する。呑み込まれる。
「今日も訓練場に行くと話していた、から、そっちを見に行こう」
朝の食堂で、クリストファーと、ナイト、ライトの方から聞こえてきた会話を思い出して訓練場の方へと目線を移した。
あまりに静かすぎる校舎に入ることを恐れて。
「ライト!ナイト!クリストファー!いるか!?いたら返事してくれ!」
バクバクと心臓の音が耳の後ろから聞こえた。
ぐわんと景色が揺れる。赤──揺れる赤色、靡く黒髪、と、異常なまでに真っ青な月──。拒絶。拒絶されるほど、あの、黒が───笑う瞳が──。
「くそっ、ソラ、落ち着いて聞いてくれ──この場所に、俺たち以外の魔力は何も感じとれない」
ああ、まただ。
また俺は何もせず誰かに導かれて、ただただ流されて揉まれてどうすればいいのか分からないまま、何も分かっていないまま、ただ周りだけが進んでいく。
「勇者本部に連絡──いや、その前に被害範囲を調べないと……時間差で子供が消えていっている?ソラ、最後に見た時の様子を教えてくれ……ソラ?」
涙が地面に落ちる。止まらない。加護が暴走していく、どうしようもないぐらいに、辛くて何をすればいいのか分からない。冷静ではいられない。俺がここに留まり続けていれば、何か、何ができたかもしれなかったのに、変化を恐れて逃げ出して、結局その変化の原因には見つかるし皆はいなくなっているし、俺が一番ダメなやつだ、もういやだ、どうして皆……──皆?
「13歳、未満だった……よな、なんで…全員いないんだ…?」
俺が涙を溢れさせていることに動揺しながらも、リューは俺の言葉に驚きをもって質問を返す。へたりとうずくまってしまっていた俺に、リューは視線を合わせしゃがみこんだ。
「えっ?他にも居なくなってるのか?全員?…13歳未満は何人いた?他にいたはずの人数は?…ごめん、ソラ、辛いだろうけど聞かせてくれ」
狐のお面のその内側から真っ直ぐに見られているように感じて、目線を動かせなくなった。
──性格の良い勇者っているんだな。
俺が今まで会った勇者にこんな良い奴はいなかった。どうでもいいことが頭に浮かぶ。
「13歳未満は5人だ。ベンとノーラとライトとは朝食堂で会って、クリストファーは昨日の夜寝る前に挨拶をした、リズは昨日の昼以降会っていない」
うん、とリューは頷いた。
「13歳以上は6人。俺はここにいて、ナイトは今日の朝会って、ケビンとエレノアは一昨日の夜以降会っていない。アースさんとアリアさん…ここの学校の先生たちは、しばらく見ていない。ナイトとライトも見ていないと言っていたし、帰ってきてないと思う…ただアースさんは放浪癖があるから分からない」
「ああ、分かった。…ソラ、ごめんな辛いこと言わせて。俺が絶対見つけるから安心してくれ!」
取り出したメモを書き終えたらしく、懐にしまい、そして立ち上がった。──どこかに行ってしまうのか。行かないで。
大丈夫ここにいるから、と安心させるように笑いかけられた、のだと思う。狐面のせいで分からなかった。
「追跡魔法…いや、痕跡も残されてないな。勇者本部から派遣してもらって…星…3ぐらいは欲しいな、ああクソ、こんな時本部の偉い奴らとコネでもあったら良かったんだけどな…!」
繋がらないなとブレスレットのようなものをイライラしながら押し続けている。太陽を反射させている星のパーツは1つだった。
目線をさ迷わせながら、でも俺と目が合うと大丈夫だからさと笑う。
───リューという善人を、他の市民と比べて力を持つ勇者を、こんな所に引き止めて、足を引っ張るような人間には死んでもなりたくない。
「……ごめん、落ち着いたから、街の方に戻ってお前の役目を全うしてきてくれ」
「えっ!?いや、俺は…」
「どれだけの範囲で広がっているか分からないなら、出来るだけ他の勇者と連携した方が良いだろ?お前をこんな所にいさせ続けちゃダメだと思うんだ」
リューは目線をさ迷わせたあと、息を吐いて、まっすぐ俺のことを見た。その視線に心臓が跳ねる。ここにいさせてはならないと思いながら、いなくならないでほしいと思ってしまうのは俺が弱いせいだろうか。
「いや、俺はここにいる」
「…はあ?俺は大丈夫だって」
「そう言われて俺が移動したらいなくなりましたとか、シャレにならないんだよ!」
剥き出しの感情だった。恐れのようなものがこめられた感情。ひ、と体が咄嗟に縮こまる。ご、ごめんと慌てたように手を伸ばしてくる。ぎゅっと目を瞑る。
怒鳴り声は嫌いだ。思い出すから。
でももっと嫌いなのは──。
「ソラ!!い、出てよ水ーー!!」
上から幼い声がした。驚いて顔を上げると、灰色に近い黒目と目が合う。怯え。後悔。勢い。揺れる瞳が俺を見た瞬間覚悟を決めたように鋭くなる。リューのことを見て、魔法の詠唱を──。
「待ってリューは大丈夫だ!仲間!」
「えっ、え!!??」
中途半端に魔法の込められた水球はパンッと破裂した。べしゃりと水が落ちる。クリストファーも重力に従って落ちてくるのを、間一髪で受け止めた。
「クリストファー…!」
栗色の髪は埃まみれだった。潤んだ灰色に近い黒目は、俺と目があった瞬間どばっと涙を落とす。震えている小さな体が必死にしがみついてくるのを抱きかかえた。
「ご…ごめん、僕、何も出来なくって…!隠れてることしか、僕」
うええん、と泣きじゃくりながらしがみつく。がたがた震えるその体に──俺がいない間に何か怖い思いをさせてしまったのだと胸が痛くなった。




