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毛玉と黒猫

作者: 葉紡 未知

勢いで書きました。




 ころん、と転がっているそれを人はきっと毛玉と呼んだだろう。

 まさに毛玉だ。細い毛がたくさん絡まって、ちょっとフェルト状になりかけている、たっぷりの毛がついた毛玉だ。まだ後ろ脚で歩くこともできないくらい幼い毛玉。

 転がった毛玉がもぞりと動く。ぱたぱたと動いた耳もまだ小さくて、その生き物の幼さを強調する。汚れてもつれた毛の奥で、まぁるい眼が怯えたように世界を見ていた。

 その手には、カビの生えたパンがひとつ。

 カビを避けながら、その生き物はそれにかじりつこうとして。


「おい、そこのちび」


 その声は真っ直ぐ耳に届いた。

 だれ相手でもなく、毛玉に呼びかけていた。


 ─────毛玉は耳がいいから、それがよくわかった。

 たしかに、さっきからそこに立っているのは知っていた。けれど、毛玉を見ているとは、毛玉は思っていなかったのだ。毛玉はいらないもの、邪魔なもののはずなので。

 しかし、そのひとはずんずんと歩いてきて毛玉の前に仁王立ちした。


「ちび。お前の食事はそれだけか」

「……しょ、くじ」

「メシ。食いモン。食べるもの」

「いまは、これ」


 きれいな黒い毛並みである。もぎたてのリンゴよりもつややかな毛並みは天鵞絨よりも魅惑的だ。しなやかな身体に全身くまなく黒い毛、細い尾と三角の耳。口吻は短くて、毛玉のまわりにいたものたちとは随分と違った造形をしていた。

 ほかの女たちは腰元から下になにかを履くし、首から前垂れ布をかけることが多い。男でも履く奴は履くし、そうでなくても腰布を巻くことは多い。首から下を覆うかどうかは趣味による。男女とも、装飾品はあるとしたら首だ。急所を預ける信頼と、急所を守る信頼として。

 けれど、彼女は首から長い前垂れ布を一枚。それだけだった。首には細い首飾りがひとつきり。

 異装の彼女は、小さな毛玉の前に膝をつく。


「……ここの群れはどうなってるんだ」


 丸くてきれいな空色の瞳の中に、縦長に輝く濃紅色の瞳孔。きれいに吊り上がったその目で毛玉を観察した彼女はため息をついて、毛玉の首根っこをむんずと捕まえた。

 反射的に、毛玉はぎゅっと身を縮める。

 彼女は振り返って、声を張り上げた。


「こいつはもらっていく。グルーミングもまともにできない群れにいるよりマシだろ」


 ざわり、と空気が揺れる。周囲がざわつき、戸惑っていても彼女だけは動じていなかった。


「そいつはうちと同じ犬だ! 猫なんぞに手出しをされる謂れはない!」


 キュウッっと彼女は目を細める。


「グルーミングもされない、食事もない群れにいるくらいなら、猫だろうが保護者がいるほうがいい。違うか? わたしならこいつくらいは食わせてやれる」


 反論した男もまた押し黙る。食事もパン屋のおかみさんがこっそりやったパンばかり、毛繕いもろくにやらないできたのは否定できない事実であり、実際に彼女が首を掴んでいる毛玉はひどい有様だったからだ。

 よそ者の親が死んでしまえば、彼は群れの一員と認めるにはただの子供過ぎたし、汚れた灰色の毛並みは誰が見てもみすぼらしく、この群れにいる犬たちとはあまりにも色が違った。


 ひょい、と彼女は毛玉を抱き上げた。きれいな黒い毛並みに、毛玉の汚れた毛が触れる。毛玉はいよいよ縮こまったが、彼女は気にせず歩き出した。

 彼女はそのまま、すたすたと歩いて街の外へ出ていった。毛玉はずっと、その腕におさまったままだった。






 黒猫の女は、街の外にある、森にほど近い家に毛玉を連れて帰った。帰ってすぐに、「ここですこし待ってろ」と言い残し、家の中に入っていく。幾らかの水音がした後、彼女は湿ったタオルを持って出てきた。

 それで毛玉を抱き上げ、かるく拭く。

 彼女はそのまま言った。


「ちび、毛が濡れるのは嫌じゃなさそうだな」

「……おみず、だいじょうぶ」


 ほとんど記憶は薄れているが、毛玉は親に風呂に入れてもらったことがある。だから水はそんなに嫌いではなかった。


「そうか。ならよかった」


 黒猫はそう言って、毛玉を抱えて風呂場に行った。


「この深さだとお前は溺れるからな」


 湯を張った浴槽の手前にたらいが一つ、置かれていた。そこにもたっぷりと湯が讃えられている。それに指を浸して、黒猫はうなずいた。


「大丈夫そうだな。入れるぞ」


 黒猫は毛玉をちゃぽん、とぬるま湯につけた。

 そのまま、風呂場に置かれていたブラシで、そっと毛玉の表面を梳いていく。大量の砂と毛が落ちた。

 そうして、ある程度表面の砂利や埃が落ちたところで、たらいの水を捨てた。それから、洗剤を出して、黒猫はわしゃわしゃとかるく泡だててから毛玉を洗い始める。どんどん泡は増大しながら真っ黒になっていった。代わりに、ずいぶんと毛玉は白くなった。

 しばらくすると、浴槽から小さな容器にすくった湯で、真っ黒になった泡を流していく。


「やっぱり一回じゃダメか。とはいえ、ちびの毛もなんとかしないと全部は落ちないからな」


 濡れたままの毛玉の毛を、黒猫はまたブラシで梳いていく。今度はさきほどよりもえげつない量の毛が落ちた。というのも、フェルト化していた部分がごっそり落ちてくるのだ。

 それをあらかた、できる範囲で落として、黒猫はまた洗剤を泡だてて毛玉を洗った。ずいぶん黒くなるのはマシになっていたが、それでもまだ何やら灰色がかってしまう。

 それもまたきれいに洗い流してブラシをかけて、また余分な毛を落とし、黒猫はもう一度だけ洗剤を使った。

 だいぶ量が減った洗剤はもう黒くはならなかった。綺麗に泡だてて、しっかりと毛玉だったモノの地肌まで洗うようにして全身を洗った黒猫は、もう一回お湯をかけて、こんどこそ念入りにしっかりと洗い流した。

 ぷるぷると震えて水気を落とした元・毛玉を見て、黒猫は笑う。


「……ふふ、ちび、お前はずいぶん白かったんだな」


 綺麗に、本当に綺麗に洗い落としてみれば、毛玉だったモノの毛並みは白かった。否、白と言うにはいささか銀を帯びていたと言っていい。


「こ……んな、いろ? あれえ?」


 毛玉──ちび、と黒猫が呼ぶそれは、自分の体を見てきょとんとしている。その惑いを受け取って、黒猫は笑って言った。


「成長で毛並みの色が変わるのは良くあることだ、ちび。わたしも、生毛のときはもうちょっと茶色かったらしいから」


 黒猫は、お手本のような動きで水を弾き飛ばし、それから脱衣所からタオルを二枚。一枚で自分の手や濡れたところを拭いて、もう一枚でちびをわしゃわしゃと拭いてやった。


「いっぺん、外で水を弾いて、戻っておいで。濡れたままでは風邪をひく」


 扉は開けたままでいいからね、と彼女は言って、ちびを扉のそばまで連れていくと、くるりと身を翻す。

 ちびは、こころぼそい、と思った。けれど、濡れたままでは風邪をひく、その通りだ。

 扉を押し開けて、外でぷるぷると身を震わせると、パァっと水滴が散った。たしかに、これは室内でやったら部屋がびしょびしょになる、と納得する。二度、三度、なるべく水滴を落としてから、ちびはそうっと扉を押して戻る。戻っておいで、と言われているから。

 戻ってみれば、黒猫は首から垂らしていた布を変えていた。濡れたから変えたのだと、ちびはハッとする。


「ご、ごめんなさい……!」

「どうした」


 黒猫は相変わらずしなやかな動きで近寄ってきた。


「ふ、くを……」

「濡らすのが嫌なら先に脱げばよかった。脱がなかったのはわたしの意思。ちびは無関係だ。

 さて、食事にしよう」


 黒猫は有無を言わさぬ顔でにっこり笑って、かまどと七輪に火を入れた。





*****





 彼らの指は、前脚だけが『伸ばせる』。成長するにつれその機能ができていく。

 生まれたての赤子たちはみんな四つ脚でしか歩けないし、指も伸ばせない。物を掴むのも苦手だ。そこから、成長するにつれて、後ろ脚二本で歩くことを覚えていく。蹄を持つものでも同じことだ。

 そういうふうに成長する生き物たちが彼らであるが、彼らの中にも色々な種族がある。移動民族の羊、牛、馬。荒野や断崖に住む山羊、羚羊。いろいろなところにいるのは鼠。いちおう、先祖返りだとか変異種だとかもいて、それが『豹』『獅子/ライオン』『山猫』『狼/ウルフ』『縞馬/ゼブラ』。変異種というよりは少数民族にあたるのが先ほどの『羚羊』にあたる。彼らは生息地によっては呼び方が変わることもあるし、数も多くないため基本的にはお目にかかること自体が稀であったりする。『狼/ウルフ』たちでも、草原に住むものと森に住むものがいるし、『山猫』にも多様な種族がある。

 犬や猫もまた多数派であるが、ちびが拾われたのは完全な『犬』の縄張り。猫が住む場所ではなく、犬もまた徹底的に追い出しにかかるであろう場所だ。

 黒猫である彼女が、そんな場所に住めた理由はたった一つだ。


 ─────家の後ろにある森が、魔物の森だから。


 魔物の森は、文字通り魔獣の住む森。そして、その魔獣を狩って食料にする狩人が分け入っていく森でもある。同時に、強力な魔物、魔獣が住む森のそばに住むことは、つまり魔物が外に漏れ出たときに彼女がそれを狩るという意味でもあったことから、黒猫はそこに住んでいたのである。


 つまるところ、黒猫は名うての狩人だったのだ。

 仔犬一匹を、あっさり食わせて育てられるくらいの。




 家の周りにはだれかの影ひとつなく、そばにある木々は木陰を作るが森になる程でもなく。家の前あたりからは草っ原が広がっている。

 がっぷりと獲物の首筋に食いついた黒猫は、そのままそれをくわえて帰ってきた。


「おかえり、ノア」


 元・毛玉であるところのちびが玄関先で香草を干しながら呼びかけると、彼女は四つ脚からにゅっと後ろ脚だけで立って、口から獲物を離す。


「ただいま、ちび。異常は」

「なんにも。ノアも怪我はない?」

「無傷」

「よかった」


 ちびが笑うと、彼女は「返り血を落としてくる」と家に入っていった。


「もうちょっと摘んでくるね!」

「気を付けろよ、ちび」


 ちびがそう言えば、彼女からそんな声が返ってくる。



 頑なに、ノアこと黒猫は、拾った仔犬のことをちびとしか呼ばない。

 幼いころに親がくれた名前を教えても、ちび、としか呼ぼうとしなかった。



 狩りの様子も、決して見せようとはしない。

 けれど、黒い毛並みを光らせて走る彼女が、獲物と定めた魔獣の頸にがっぷりと食らいつき、そのまま動かなくなるまで押さえ込むさまは美しいだろうとちびは想像している。

 その、美しい毛並みに返り血をつけて帰ってくる黒猫さえ、ひたすらにうつくしいのだから。


 そうやって、黒猫は獲物を狩ってきて食べさせ、毛繕いをし、売った獲物と毛皮でパンと野菜を買った。そのようにして生きてきて、その流れのままだとでもいうような顔で、ちびのことを育ててくれたわけである。

 そうやってちびだった仔犬はすくすく育ち、あの小さな毛玉はどこへ行ったかと思う成長を遂げた。

 実際、黒猫はときどき、育つものだなあ、という顔でちびを見る。


 種族が違うから黒猫とちびの大きさが違うのは当然としても、体格もずいぶんと立派になった。具体的には黒猫の背を抜いた。白かった毛並みも、はっきりと銀の様相を呈して流れるようになった。

 しかし、ちびにもわかったことはある。黒猫はあのときまだ成長しきっていなかった、ということだ。なぜならあれから背が伸びている。言い換えれば、成体ではあってもまだ大人にはなりきらない黒猫がちびを拾ったのだ。なんとも不思議な気持ちにさせられるものだった。

 黒猫は、変わらないように見えて綺麗になった。大人の女としての風格と、際立った美がそこにあるのがわかる。

 もちろん、黒猫とちびは種族が違うから、黒猫の魅力はちびでは捉えきれないが、それでもわかるくらい美しい黒猫がノアだった。


 ちびも、そんな美しい黒猫に、いちどだけ『家族はどうしたの』と聞いたことがある。

 まだ大人になりきらないうちからひとり暮らし。黒猫の両親は、この美しい黒猫を育てなかったのだろうかと、ちびは気になったのだ。

 たとえ両親がまともでないとしても、もう生きてはいないのだとしても。

 どんな猫もこの黒猫の前ではきっと形無しになる。どんな雄も惚れ込むだろうし、雌でもその美を称賛するだろう。家族になって欲しい、守って欲しいと、たったひと言でどんな猫もうなずくだろうにと、ちびは思った。ちびのように汚い毛玉になる前に、だれかが守ってくれただろう。

 けれど。

 黒猫はちびの頭をなでただけで、なにも答えなかった。


「ノア?」


 うっすらと微笑んで黒猫は、ちびの頭をなでた。


「ウェレフーシャ」

「……、なに?」


 黒猫がちびの名前を呼んだのは、これっきり。そして黒猫は、名前を呼んだだけでなにも言わず、しなかった。

 ちびは───ウェレフーシャは。そのことをよく覚えている。










 家からすこし離れたところでたっぷりと香草を摘んだ。これを干して街で売るといいお金になる。

 街に、ちびは基本的に連れていってもらえない。けれど黒猫がどうしてもちびを連れていくときはローブとフードをかぶせた。たぶん、あの街で『毛玉』でしかなかったちびへの、黒猫なりの気遣いなのだろう。


 連れていってもらったのは、たとえば、香草を初めて売りにいったとき。ちびが自慢の鼻を生かして摘んできた香草が、本当に売れるのか、売れるとしたらどのくらいの値段で売れるのかを見せるために、黒猫はちびを街に連れていった。そうして、香草がどのくらいの値段で売れるのか、高い香草はどんな状態なのかを見せてくれた。



 そんな、小遣い稼ぎにしてはいささか高い香草摘みからちびが戻ったとき、背後に気配を感じた。くるりとちびは身を翻して、反射的に前脚をつく。明らかな威嚇体勢だった。



 この家に、街のやつらはこない。

 ここにくるのは、魔獣たちだ。



 ぐるる、と唸り声を上げたときに、水を差される。


「ちび、よせ」


 返り血を落としたノアは座っていた。いつも食事を取るダイニングテーブルに座って、肘をついていた。そのそばにはポットとマグがあって、香草摘みから返ってくるちびとお茶にしようと思っていたのがわかる。


「……ノア」

「いい。……顔見知りだ」


 落ち着いてちびが見てみれば、そこに立っていたのは三匹の猫だった。

 ちびは慌てて後ろ脚で立ち直す。


「失礼しました」


 三匹の猫は、ちびに黙礼すると、ずかずかと家の中に入ってきた。

 三匹はノアの前で膝をつく。


「お探しいたしました、シェレーノア様」


 先頭に立った一匹が、ちびのことを置き去りにして、黒猫のことをちびの知らない名前で呼んだ。


「なぜ探した。わたしはもう、いらないんじゃなかったか?」

「このままでは叔父君はお斃れになりましょう」

「その愚物を王と担いだのは彼らだ。いまさらだろう」


 三匹のうち一匹にそう言われ、黒猫は吐き捨てるように言った。


「巻き込まれる民は哀れだが、猫ならば生きていけるだろう。魔獣狩りもなかなか楽しいぞ?」


 黒猫は牙を見せて笑った。三匹は困ったような顔をする。


「お戯れを。山猫のあなたには苦もないやもしれませんが、民にはいささか難しいでしょう」


 黒猫が俯いた。


「……冗談だ。わかっている、だからこそ『山猫』が猫を守ってきた」


 山猫。少数種族であり、様々な種族を内包する猫の仲間。

 黒猫は、『猫』ではなかった、という。


「いまさら、戻れというのか。たった一人でここで魔獣狩りをして生きてきた、このわたしに」

「それが、『山猫』でいらっしゃるあなたの、血が背負うものにございますれば」


 三匹は深々と頭を下げた。

 その仕草からは、望んでこれを述べているのではないことが窺える。


「親を殺され、一人にされ、猫の縄張りからも放逐され、生きる場所もなくここにいた。そのわたしに、猫の群れのために生きろと、おまえたちは言うのだな」

「…………もう、お縋りする先がシェレーノア様以外にないのです。どうか、どうか民をお救いください」

「……雌に群れがついてくるか?」

「シェレーノア様であれば」


 三匹の訴えは必死だった。


 たっぷりとした静寂が訪れる。

 黒猫は、しばらくなにも言わなかった。

 ちびの脚は震えていた。




 たっぷりと、永遠にも思えるような沈黙のあと、黒猫は言った。


「ちび。いくつか伝えることがある」


 黒猫は、ちびの返答を待たなかった。


「この家はお前にやる。好きに使え。狩りの仕方は、昔に基礎を教えた通りだが、あれは一匹の猫が狩るためのやり方だ。お前たちは本来、ああいう狩りの仕方をしない」

「……ノア?」


 それはまるで、ちびもまた『犬』ではないとでも、いうような。

 黒猫は容赦なく告げた。


「もうひとつ。


 ちび、お前は『犬』ではない。犬たちがお前を遠巻きにしたのは、無意識でお前を畏れたからだ」


 黒猫は、山猫の姫は、じっとちびを見ていた。


「お前は、狼。森に暮らす狼だ。それも寒い地域の。だから毛繕いを欠かすと毛玉になる」


 黒猫は目を細めて笑った。


「せめて成体になるまで育ててやりたかったが、そうもいかなくなった。『狼』のお前は、『山猫』のわたしはまだしも、『猫』たちには刺激が強い。そこの三匹も怯えそうになるのを堪えている」


 三匹のうち一匹が、シェレーノア様、と訴える。たしかにその尾は、所在なげに揺れていた。


「お前がなぜここにいたのかは知らないが、ここを離れるなら東の寒冷地を目指せ。たぶんお前の同族はそこにいるよ」


 そういって、黒猫は席を立った。


「ノア、」

「お茶くらい、一緒に飲めたらよかったが。どうやらかなり切羽詰まっているらしい」


 黒猫が、離れていく。


「ウェレフーシャ、元気で」



 最後に名前を呼ぶのは、あまりにずるい。

 そう思った。






 そしてノアはいなくなった。

 ウェレフーシャは、ひとりになった。




 けれど。


 ウェレフーシャは、もう自分で毛繕いができる。

 風呂に入っても溺れたりしない。

 連れていってはもらえなかったが、狩りの仕方も教えられた。 

 香草摘みの小銭稼ぎも覚えている。


 ─────だからもう、ただの『毛玉』ではないのだ。



 家族はどうしたと聞いても、答えなかったノア。

 親は殺されたと、さっき話していたけれど、あのときノアはウェレフーシャの名前を呼んだ。


 なので。


「えっと、猫の国ってどこにあるんだろう?」


 『犬』の毛玉、改め、シェレーノアに育てられた『狼』のウェレフーシャは、首をかしげてそう呟いた。

 まずは、貯めた小遣いで地図を買うところから始めよう。


黒猫にもちびにもモデルがいます。くわしくは割烹にて。

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