第六話 異能
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宿泊施設――――。
一部屋にはベッドが二つ。洗面台やシャワー。投影画面のPC。普通のホテルとなんら変わらない設備。PCがあるというのはここが大学内の宿泊施設だからだろう。
問題児の召集は毎年恒例。そのため、その召集などの際に滞在してもらうことを主な目的としている。宿泊施設に関しては民間のホテル企業の支店という扱い。
「もう荷物は大丈夫?」
「はい。荷物の確認だけですので」
対策本部が動き出した一方で、荒哉と累和達『ある意味』問題児は宿泊施設の自分達の部屋に荷物の確認のために行ったあと、『大演習場』と呼ばれるところに向かう。
その途中――――。
「荒哉さん」
「ん?」
「荒哉さんって異能持ちだったりします?」
「え?」
荒哉は唐突な質問にどう反応していいかわらかなく、少し戸惑う。だが、荒哉の答えは否定の一択。自分にそんなものはないと言うほかなかった。疑われている理由も彼にはわからなかった。
しかし、累和からすれば聞きたくてしょうがなかった。
「え?なんか僕、おかしい?」
「いえ。おかしいことはありませんが、私の炎が反応しているんです」
「炎?」
「はい。私の異能です。元を辿れば感情や体験を具現化する『体現異能』と呼ばれる異能の一端です」
「へえ~。炎ってことは情熱とか?」
「発動条件は特にないです。炎を連想させる感情ならなんでも。どう連想するかは自分次第です。ただ、強制的にやっても発動はしません」
「なるほど。で、累和さんの異能が反応したってなにに?」
「あなたの異能に、です。異能同士は接触すると共鳴反応が起きますから。それによって互いに異能があるとわかるのですが…」
「特に、なんともないけど…」
累和はその言葉を聞いて首を傾げる。自分には感じられたが相手はなにも感じない。この状況に最初は疑問があった累和だったが、自分の記憶を掘り返すうちにその原因にたどり着く。
「もしかしたら、潜在的な異能なのかもしれません」
「え?」
「少しキツイ言い方をすると、草薙神也様の異能より厄介です」
「えぇ?」
今の会話の内容は神也に失礼だが、同時に荒哉に異能があると言い切ったことになる。ただ、神也よりというのは荒哉の中で少々の不満が生じたようで、引きつった笑い方をしていた。
そんなこととは思いもしない累和は淡々と話を続ける。
「異能は人によって違います。その人の人柄や感情、思い。中には脈々と受け継がれる異能だってあまります。異能に普通はありません。当然ながら、荒哉さんのような潜在的な異能を持っている方もいます。その多くは、本人が気付かなかったりします。おそらくですが、荒哉さんは異能持ちです」
「そ、そうなんだ……」
荒哉はそう言われても実感が湧かな様子。反応が曖昧だった。
実感が湧かない彼にとって、異能は得体の知れないものだった。
現代社会、オカルトの類いに研究が進み、はったりか否か。そして実用できるか不可か。そしてその中で数少ないものが、実用、もしくは常識の一部として世間に広まっていた。
そして、異能もまたその一つ。前時代の俗に言う『超能力』とかとか。そのように言われていたものが二十二世紀初頭に実現した。
そのきっかけはワクチンの治験。ワクチンに関してはその際に一切の説明がなく終わっていた。その前にそのワクチンの治験は終了され、表舞台の話題には出なかったから。
世間にとっては、治験が終わればワクチンに対する心配はなかった。問題はその異能が宿し続けること。治験は大規模に行われ、百人近くに行われたから。その理由には『時給の高さ』という観点に魅力を感じたからだそうで。
当然、これは治験を行う側も不測の事態だった。
ただ、そんな不測な事態は時代の流れによって緩和していく。異能は徐々に世の中に広まって定着する。
そしてその発動条件は個人差があるが、その多くの共通点が累和の言った人柄や性格などなど。
ただ、異能を持つ人間が増えたとはいえ、現在その人数は全国民の半数かもしくはそれ以下。正確な人数は今だわかっていない。生まれてくる子供の二分の一。というのも結構な確率。
もはや生まれ持った病気のようなものだった。ただ、元の状態に治す術は未だに存在しない。
それに、異能に対する理解は異能が徐々に広まって行くにつれ同じように定着した。
それが異能の身近な歴史。たった数十年前の話。
そしてその異能に、彼は潜在的に目覚めていた。ただし、彼には扱えず。まだその存在ですら、強くは認識していない。
「はい。しかも、魅惑系と攻撃系の二種です!」
「はいぃ?」
「え?どうしました?」
「いや。その、魅惑系ってなに?」
「なんでしょうね…。私にも詳しいことはわかりません…」
(荒哉さんには言えない……『私はそれに一回掛かっている!!』なんて。もう私の異能が拒絶したから平気だけど…)
「魅惑系って……」
「と、とにかく!異能持ちってことがわかっただけでもいいじゃないですか!素晴らしいことです!」
「そ、そうか」
累和は無理に取り繕ってこれ以上の質問を避けることに成功し、荒哉の異能に関しての会話は終わった。
話している間に二人は研究所の目の前にまで来ていて、再び雑談を交えながら研究所に入っていった
研究所は八つの施設がそれぞれ別の建物にあり、廊下で繋がっている。すべて二階建て。入り口がある建物は事務室や研究長室。研究員のための休憩場所、客間などがある。
その建物から派生して、六角形の形になる配置で六つの建物があり、その中央に目的地の大演習場がある。
荒哉は初めて入る研究所に興奮を抑えきれないでいたが、ふと累和の表情が視界に入ったときその興奮は静まっていく。
累和の表情が先程のように晴れていないからだ。突然のことでなにが原因だったのかと探る荒哉だったが彼には答えが出なかったようで、彼の口からは特定するような言い方は出なかった。
「……」
「どうしたの?」
「…え?い、いえ。どうもしません」
「…そっか」
累和のテンションが急に下がったことに、少し驚いた様子の荒哉だったが、まだ大演習場に着いたわけでもなく、深く問い詰める必要はないと判断した荒哉はあまり気にせずに向かった。
玄関から目の前にある長い通路を抜けてエスカレーターで上へ上がる。大演習場は二つあり、地下と地上の二つ。今回使われる場所は地上のほうの大演習場。
荒哉と累和は入り口に到着すると、入り口の自動ドアの真上に『大演習場1』と書かれた名札を発見した。
荒哉は未だに表情が晴れない累和に恐る恐る聞く。
「あの、着いたけど…」
「え?あ、ああ。ごめんなさい。少し考え事を……。よっし!行きましょう!」
累和の急変した様子の原因は解決することなく、二人は自動ドアを反応させてドアを開ける。そしてドアを潜った瞬間。
複数人の視線を浴びる。
ただし一瞬だけ。視線を向けた者はただ『誰か来た』と呟く程度で興味はない。ただ、それは女性陣のみ。男性陣は一人の女子生徒に視線を向けてそのまま固まる。
彼らの目は一点に集中して一切動く様子がない。
「あの…佐々木さん。どう見ても君しか見てないけど…」
「そ、そうなんですか…。ど、どうしましょうかね…」
と荒哉は自分には何事もないように話しているが、逆に彼への視線は睨みを利かせた痛い視線。この場の空気に嫌悪感が否めなかった。
そんな居づらい状況の中、声を張り上げて注目を集める人物がいた。
「おいおい!ノリ悪野郎!そんなところでなに突っ立てるんだあ?」
荒哉はこの場の空気感を断絶するかのような、聞き覚えのある張り上げた声にびくりと反応したが同時に目を細めて憐れみを感じるような視線でしか彼を見ていなかった。
彼の無意識な異能の発動に加え、そのタチの悪さで周りから孤立していたからだ。荒哉自身は孤立したような経験はしてないが、自分の置かれている状況を彼とすり替えて想像した荒哉には憐れみの視線でしか見れなかった。しかしながら、彼の中で神也に対する評価が変わったわけではなかった。印象は最悪のままだった。
人からの印象を変えるのは至難の業。
「なあ、どうなんだよ?」
どこか必死こいて聞きに来るが、荒哉と累和はそれを無視して半数以上いる大演習場の中央付近で足を止める。
「おい、聞いてる――――」
「『おい、聞いているのか?』は、こっちの台詞だぞ。草薙神也」
「え?」
荒哉をからかおうとする神也は、目の前にできた影で気付く。ある人物から目を付けられたことを。
「あ、あな、あなたは……」
「気付いたか?調子者が」
その人物は成人男性。なんとも厳つい顔つき。そして大柄で、その筋肉力は超人と言えるほどで盛りに盛り上がって今にでも服が引きちぎれそうになっている。さらには高身長のずっしりとした構えで上から押さえ付けるような威圧を放っているようで目の前にいないにも関わらず、その場の全員が固まるように静かになる。
「あ、あ…すみません!」
「たっく。お前はいっつもそうやって…。お前のそのチャラついた態度、どうにかしろ。あと人をからかう癖も」
「は、はい!き、気をつけます!金剛寺様!」
「はぁ~。大人しくしてろ」
「わ、わかりました!」
神也は抵抗することもなく、すぐに土下座までしてしまう。周りの目は気にせずに焦った様子でひたすらに頭を下げる。その異様な光景に『なんでこうなったのか』と荒哉の理解は遅れたが、横にいた累和がそれに気づき、耳を貸してとジェスチャーしてすぐに小声で伝える。
(荒哉さん。あの方は十二族の一人。名前は金剛寺雄斗。私達より六歳上です。そして一族の当主で十二族の中で唯一、拳のみで戦う超近接。まさに『戦士』です)
「戦士……」