第五話 渦巻く
「でもって、テロ行為の発端となる場所についてですが。マジテクス以外のテロ組織がどう出てくるかは予想がつきません。逆に、マジテクスについては三方角の一つから来る可能性があります」
そう言って今後の対策を練っていく彼ら。危険と判断するに大きく占めているのが『マジテクス』という魔法推奨派にして過激派のテロ組織。そして国内でトップ争いを繰り広げている。
そもそも魔法推奨派というのはその言葉通り魔法という力の推奨を掲げる派閥のこと。言い換えるなら反社会性による『国家制圧』が目的の派閥。魔法という未知の力の解析は今や世界中で行われている。二十二世紀という世界は、ファンタジーと融合した新たな世界となる。
今は異能持ちということでその意識は少しずつとあるようだが。
そんな話で派閥を作るソルージュは明らかに現実的ではない話。結局のところは彼らの口実に過ぎない。最終的な目的はやはり国家の制圧。
そのことは、この場にいる人間も誰もが知っていた。庵奈が『悪魔の司令官』と呼ばれる原因となる過去に起きた戦いもまた、戦人とマジテクスの衝突だった。
「三方角から来る可能性としましては、一番有力なのが神奈川県川崎区。京浜工業地帯の一角。マジテクスの一拠点があると言われている場所です」
「でも今さらではあるんですが、あんな工場が立ち並ぶ場所にあるとはとても思えませんよ」
「そうですね。ですが、彼らはいます。私が過去に戦ったときにそれは確信しています」
その言葉と同時に、庵奈の頭の中で記憶が蘇る。
危険を冒してでも成し遂げなければならない状況で、命令は一つしかなかった。それを知らなかった者はただ庵奈を罵倒するだけ。戦人にとって最も辛いのは過程に触れられることがないこと。結果だけが口にされること。戦人は数多くの過程をこなして結果に結びつける。
罵倒をした者は結果だけしか見ず、庵奈が当時高校一年という立場で司令官として抜擢された彼女にとっては胸を刺しえぐる無慈悲と言えるものだった。そして今、彼女にとってそれは癒えない傷であり、不可能を可能にする原動力だった。『見返してやる』と。
そして、この場にいる人間はそれを知っているゆえ、深くは触れなかった。
「そして、この戦人育成大学は中央防波堤の真横に新たに作られた埋め立て地にある大学。先程お話しした場所は京浜工業地帯。マジテクスには特定不明の異能持ちは多数います。やつらによって適当な航路を使って海からの侵入をもくろんでいるかもしれません。残りの二つに関しましては別拠点である北関東ともう一つ。『アメリカ』の拠点が挙げられるかと」
「アメリカ…。マジテクスの後ろ盾と繋がる唯一の拠点。援軍でも来られたらたまったもんじゃないですよ。庵奈様」
「ええ。それはよくわかってる。アメリカからとなると、空からということにもなるのかしら」
「それは、もはや違反的戦争では?」
一人の女子生徒は誇張と言えない発言をする。その発言は最悪の事態を意味するが、国外からとなるとそうなる。
国同士ではない戦いではあるが、両政府が知ったときには国交への影響が出かねない。
「戦争ですか…。私達、戦人の本分とはいえ違反的…それも学生を狙って…非道ですね」
その言葉を聞いた生徒は皆、首を縦に深く振って頷く。それは誰しもが思う人類の過ちのようなものだった。
協力し合い、対立し合う。『関係』という言葉以上に厄介で面倒なものはないと言ってもいいくらいだった。
「けど、今回のテロ。戦人防衛省に潜入して個人のデータを盗んでまでほしいのね」
「まさに強欲です」
「それで、その可能性を踏まえたうえで配置データを?」
「はい。当然です。摩耶補佐。相手側の戦力は未知数。それに対してこちらは最前線にいる精鋭が百二十人前後。相手の出方次第で、戦況は異なります」
さらに言えば、そのテロがいつ起こるかはわからない。荒哉達がこの東京に滞在する一週間は気を緩めることができない。
「庵奈様。どうします?まだ一日目ですが」
摩耶は今後、一週間の警備態勢を庵奈に問う。今は配置データの元、全員が持ち場についている状況だが。
「そうね。まだ警戒すべき期間は長い。とりあえず中央防波堤と新木場からこの大学へ行けるルートと、辺りの巡回に人手を導入して、残りの空と海には小型カメラ付きの小型無人機を向かわせて。全体の人員は半分に割って昼と夜の交代制で。それと、応援要請も念のため」
庵奈の指示に思案組が「了解」と言って、腕輪型デバイスからの情報送信が始まった。
最前線――――。
「おっ。本部から来た」
「『交代制、AグループとBグループにわける。最初にBグループご天幕に…あっ。載ってる…。おい!俺、Bグループだから戻るわ!」
「オッケー。俺はAだから残るわ!」
「おう!気を抜くな!」
という具合にデバイスが送信した情報は最前線で厳戒態勢になって見張っている生徒達とデバイスに届いて、Bグループにわけられていた者達が続々と戻っていく。
緊急時に対応に人員補充わを容易。移動距離も短ければ申し分はなかった。
場所は対策本部へ――――。
「今年の問題児は守るだけの価値を見出してくれるのかな?楽しみ……フフフ…」
そう言って妙な笑いを浮かべる。
「どうなさいました?庵奈様」
「ん?いえ、なんでもないですよ。それよりも、よろしく頼みますよ」
浮かれた庵奈に鋭い視線を送る摩耶に慌てふためくも、気を取り直して平常心を取り戻す。
男子生徒は庵奈の言葉を受けて顔が晴れたように変わる。
「はい!」
やる気に満ち溢れた声とともに庵奈の元から離れ、それを彼女はただ眺めているだけだった。
彼女の思考は、いつも忙しなかった。
今までと変わらないように今年も問題児がこうやって全国から集まって個々に合う武器を与えられる。
しかし、その場所がテロの標的にされるなど何回かはあった。だが、実行されたことはない。しかも戦人防衛省にスパイが紛れ込み個人データが漏れる。
これは今まで最も危険。
だが、なぜ今年なのか。彼女の中で疑問だった。
「やはり、提供してもらいたいですね。問題児全員の……個人データ。なにやら上の人間はお人柄が悪いようですね….…。まあその個人データは盗まれたんですけどね」
そう小声で言って、静かに席を立った。
彼女の顔には、またしても笑みがこぼれる。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
日が当たらない暗闇。静寂を破りしうなり声。静かに狩りのときを待つ。そして狩りのときは鋭い眼光で威嚇し、圧倒的な力で敵に勝つ。それは……。
『マジテクス』
「いや――。いい。組織の特徴をちゃんと掴んでる!特に『日の当たらない暗闇』とかね!僕たちらしいや!さすが僕だ!ねえ、そう思わない?兄ちゃん!」
「やめろ。中二病か。そんなもんは俺達にはいらん。欲しいのは兵器になり得る人だ」
「兄ちゃん。懲りないね。前は異能持ち欲しさにやりあったって言うのに」
「フッ。結果的には俺達のお手製の装置を付けられたからな。これで反撃などされん!」
話す者は頑固者のような口調の体格のいいの男。全身迷彩。そして、弟思われる軽いノリの中肉中背の男は低い声で厚い唇が目立つ。
二人の前にはモニターがあり、六分割ほどになって地図が映し出されていた。それも複数箇所。海沿いや陸、それぞれ土地の特徴も違っていた。そして地図上には無数に赤、青、緑の三種のピンが立って移動している。
分割されたモニターの様子を見ている弟は、なにを思ったのか腹を抱え始めて吹き出す。
「どうしたんだ?」
「どうしたもなにも…。ここまで来ると笑うしかないな――ってさ。だって……こんな狭い場所で人が死んでいくんだよ?圧倒的な力を前にして」
「そうだな…。目的のヤツを捕まえさえすれば今回は成功だ。そのときまで、狩りのときまで。静かな時間を過ごそうではないか。気体に胸を弾ませながらな……」
「うん。そうしよう。兄ちゃん。なんせ勝つのは僕達、『マジテクス』なんだからね。誰にも邪魔させない」