第四話 高まる危機感
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国立戦人育成大学敷地内にて。緊急のテロ対策本部が設置される。宿営用天幕で簡易的な防衛設備の中では正直不安を煽るだけだった。しかしながら、これは護衛として同伴していた各学校の生徒会長並びにその幹部が集う。精鋭揃いのテロ防衛。
本来ならば完璧な態勢で設置はされている。だが、今年はその対応になぜか遅れが出るという事実があり、前例のない展開だった。
「正直言って、これは信用に欠ける話だな。行政機関にスパイがいるとは」
「それも国の行政機関。自分達の失態なのに背負わずして俺達に丸投げ。事前的な対策はなく、襲われる前提で話が進んでる」
「まあ、まあ。いいじゃないですか。文句や悪態はその辺に。今回に限っては前例がないと言っていいほどの素晴らしいメンバーですから」
「ホントあなたは、お気楽なのか化け物なのかわからないですよ。矢田野…庵奈様」
「フフッ。化けの皮、はがしていいですか?」
「ご冗談を。そんなことされたら、ここ一帯が吹っ飛びますよ」
文句や悪態、そして庵奈の冗談から始まった。テロ対策本部。全国に存在する戦人育成大学附属高等学校。その全四十七校から集まられた精鋭。
庵奈の目に映る限りではそのメンバーが恐ろしいほどの強者揃い。異能持ちはもちろんのこと。才能と努力で成り上がった者もいる。
「ここ一帯が吹き飛ぶですか。そうならないといいです。さて、私の冗談はさておき。ここがテロの標的になるのなら私達がやることは一つです。それに対抗するまで」
「そうですね。こちらで、編成した配置データを皆さんのデバイスに送信しました。指定されたメンバーと配置について下さい。私達の責務は有能な人材を獲得することです。それに尽力しましょう」
そう言って一人の女子生徒はすぐにそのデータ送信のための作業を始め、キーボードで指を踊らせる。この場の人間の中には初対面の者もいる。ある程度の自己紹介もいる。敵だけでなく味方を知ることも非常に重要。
しかし、急速な対応が求められる中でそれに時間を割くことはできなかった。それを補うために配置データには全員の名前が記されているが、初対面の者にはキツイ。
「それでは、配置データに従って行動を開始する!早急に指定された配置に移動!」
指示が出されて配置場所に向かう大勢の精鋭。その中には庶務の琉菜もいた。生徒会長補佐の摩耶はこの場に留まる。
大学敷地内は広いため、その移動ですら時間が掛かる。テロ行為がいつ始まってもおかしくはない状況である。
「さて、庵奈様やここにいる僕達はこの場に留まります」
「承知しました」
この本部に留まったのは約三十人。配置データによる状況確認とあらかじめ飛ばした小型カメラ搭載の小型無人機四台そのカメラから送られてくる映像の確認がニ人。本部入口の見張り八人。武器管理四人。治療専用天幕に十人。方針思案に六人。一人は補佐という役割上で実質は七人。そしてその中には司令塔が一人。
庵奈の配置は司令塔。そして、過去に実戦で司令塔の経験がある。その際に言われていた異名があるのだが……。
「今回、庵奈様が無茶な命令をするような事態にならないといいですが…」
と、一抹の不安を感じている様子の摩耶。
そこへ、最初に庵奈の冗談のことで話をしていた一人の男子生徒が挨拶に来る。
「あなたは、新潟校の…」
「はい。新潟校の生徒会長補佐、二年の味方祥喜です。今年の代で生徒会長の補佐を務めます。会長は体調不良で来られなかったもので」
そう言って軽い自己紹介と経緯を済ませる祥喜という男子生徒。優しい笑顔が特徴的で中肉中背。双麻の髪型に似たツンツンヘア。
「なるほど。で、配置は?」
「武器管理の担当です。技術者として自信がありますから」
武器管理。本来は最前線にいることはなく、戦場にすらいない。裏方の仕事。武器の修理、強化。および武器の一部生成に武器情報の改善など。学生でも取れる免許。それさえあれば専用デバイスに修理キットなどで作業が行える。
戦人にとって重要不可欠な存在。それは『武器改善者』と呼ばれている。それが戦人の世界の技術者となる。
「なるほどね。頑張ってくださいな」
「はい。ありがとうございます!矢田野庵奈様!」
猫被りの庵奈は品のあるお嬢様のような口調で(本物のお嬢様ではある)話す。この場ではなるべく短くするべき会話ゆえに、区切りのいいところで摩耶は終止符を打つ。
「その話はここら辺で。そろそろ別の天幕から来ますから。『悪魔の司令官』とまで呼ばれる庵奈様とでも話し合えってくれる方々が」
「その異名は使わない。というか、それは使わない約束でしょ?」
「そうでしたね。ですが、庵奈様を誘導するにはちょうどいいので」
摩耶のその発言に、やれやれと困り果てる庵奈。
「摩耶に上下関係は通用しないのね」
「いえ。単に庵奈様にしっかりするように促しただけです。酷いときは周りのことは無視ですから」
「それは半分当たりで、半分はずれね」
「なるほど。…それよりも、もう来られますよ」
「ええ」
新潟校で生徒会長補佐の祥喜は、このあとの展開を察して小声で「では」と庵奈に言って持ち場に戻っていく。
そしてそれと同時に、天幕の入り口から「入りますよ」と、女子生徒らしき声が聞こえる。庵奈はそれを許可する。大人はいないので女子生徒しかあり得ない。
子供だけというのも些かおかしいとも思われるが、大人と肩を並べられるほどの有能な人材だけに高等学校は引率の教師はいない。戦人の世界で絶対的な掟。いや、社会に出るならば必ずそうであろう。『自分の身は自分で守れ』と。それが容易くできるのが彼らだった。
もはや、彼らの扱いは『兵器』と言って誇張してもおかしくない実力を持っている。たった数年でもその実力は才能と努力が生んだ結晶と言うべきもの。
そして、その生徒達による思案がまもなく始まる。
「それで、あなただけですか?」
「いえ、ほかにも」
すると、続々と天幕へと入って来る生徒。皆それぞれが違う制服を着ている。男子生徒三人に女子生徒が庵奈と摩耶含めて四人。
「庵奈様。すこしばかりか遅れてしまいました。申し訳ありません」
一人の男子生徒が跪いて謝罪の意を表す。庵奈はそれを受け入れて差し支えないと言わんばかりの笑顔を見せてそれに答える。
別の天幕から着た生徒達は庵奈を慕っているが、けして弱々しく見えるような様子はなく、貫禄すらあるように見える。
「いえ。それよりも、一週間という長丁場のようであっという間のような期間でどう対応するか。始めましょう。さあ、思案の時間です」
本来ならば、テロが必ず起こると決まったわけではなかった。『だったらなぜ?』と疑問を抱くが、それは間違い。それはこの場にいる誰もが分かっていた。テロを起こす組織に問題があることを。
ついでに庶務の琉菜と摩耶はバス車内でそのことを伝えてはいなかったが、研究所に向かう際に三人で先頭を歩いたときにそれは知らされた。ゆえに、直接聞いていない二人も対応できた。心構えができていたのだ。
そして、直接話を聞いた庵奈は司令塔という立場はかなりの責務。
「それで、まずはテロを起こすと予想……いや、ほぼ確実に行うであろう組織ですが、魔法推奨派にして過激派の『マジテクス』と呼ばれる組織。彼らがおそらく今回の首謀者、との情報です」
一人の男子生徒はそう言って簡単にテロのわかっている経緯を話し始める。だが、その冒頭から庵奈には疑問があった。
「その情報は戦人防衛省からだと思いますが……首謀者ということは、ほかにも?」
「それに関しましては不明確です。ですが、ほかの過激派もそれに乗っかってマジテクスに助力しない形で襲ってくるかもしれません。戦人は政府にとって重要不可欠。しかも施設自体もまた機密の塊。あらためて言いますが、そやつらもテロ行為として紛れて行うかもしれません」
その発言に、もう一人の男子生徒も反応する。
「確かに、今年は問題児の人数が多いうえに有能。狙わないわけない」
(ええ。特に…彼とか…)
伝えることを目的としない小声が庵奈の口から放たれる。当然ながら誰の耳にも届かない。
「では庵奈様。続きを……」
「ええ。お願いするわ」
経緯を話していた男子生徒は再び口を動かして話を進める。