第一話 事態への懸念
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東京都内の某所。荒哉達一行が出発する約八時間前の前夜。
和風の造りになっている一室に男が二人。高身長で中肉中背、白いスーツ姿で威圧感の塊のようなアメリカ人の男が一名。流ちょうに日本語を話す。さらにもう一名は高身長で体格の良く、服装はなぜか全身迷彩の軍人のような格好。空間との雰囲気がまるであっていない二名。
二人を挟んで木製の長机があり、そこに並べられた豪華な品々。
スーツ姿の男のほうが近くにあった酒瓶を手に取って全身迷彩の男の手元にあるグラスに酒を注ぐ。
「これはこれは。栄えある過激派テロ組織のあなた様がどのようなご用で?」
「用もなにも、俺達から伝えることは一つだけだ」
スーツ姿の男がいやらしい口調で話を続けながら酒を注ぎ終わると、全身迷彩の男の一言でスーツ姿の男は興味深そうに目を見開いて机に肘をつく。
「一つだけ…ですか。この時期だと全国から問題児が集まる時期ですから例年通りに助力という形はもちろんしますが、最近は一回も実行に移していないようですね。年々こちらの人員が取られるのは困りますが」
「だから、そのことを伝えたいんだ。今年は偶然にもその問題児とやらが多い年らしくてな。おまけに…とんでもねえヤツが紛れこんでる。だから今年の実行はもちろん。そのとんでもねえヤツを組織に入れたい。だから今年は多めの人員をと思ってな」
「その情報は、戦人防衛省から盗みでもしたのですか?」
「ああ。そんな感じだ」
「抜け目がないようで」
スーツ姿の男は冷静な様子で自分のグラスにも酒を入れる。終始、全身迷彩の男はその様子を見ながら時を待つ。
彼らのいる場所は裏方の社会が仕切る店。そこでの密会。テロ組織同士の抗争が未だ発生する世の中。いや、むしろ二十二世紀になってからは増えたと言えよう。この場合は『頻発している』と言ったほうがいいだろう。表ではまだそのことを知らされていない。つまりは国民が偽りの治安しか知らないと言うこと。知れずとその抗争は行われている。警察は公表しようにも民間人のいないエリアが多く、それも警察が到着するころには抗争が終結しているという状態。
警察は組織間での抗争に警戒強化をしている。しかしながら、それは彼ら組織の手の内で、転がされている状況。その状況だというのは表の人間の誰一人として知らなかった。
「さて。俺達のような裏社会の人間は、もうすぐ表社会の日を浴びることになる。そして世界にまで進出する。そのためにも有能な人間がいても困ることはねえ。そのためにも、お前達には協力をしてほしい。『デス・シュアリ』の参謀、アルファ・バレルさん」
「フッ。日本人の犯罪者は、強欲なのかな?」
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「はい、はい。わかりました。こちらも警戒するようには伝えます。はい。ありがとうございます」
現在、透明な土管のような筒状の空中リニア高速道路を利用して上京をしている荒哉達一行。バス車内で突如として庵奈に掛かった一本の電話。その内容は急な電話なだけに荒哉達はまだわからないが、『警戒』という言葉にやや緊張が走ったのは間違いなかった。
そんな緊張感が漂う中で、庵奈が通話を終える。
「ど、どうでした?生徒会長?」
真っ先に通話内容を不安そうに聞く庶務の琉菜。
「そうね……。通話中に聞こえたとは思うけど、戦人防衛省にテロリストのスパイがいるらしいの。情報が漏れたんだわ。戦人育成大学のほうも正直危ないわ。」
荒哉は今の話に対して詳しいことを聞かされていない彼には疑問しか生まれず、首を傾げる。そもそも行き先すら知らされていないのだから当然だろう。
その様子に真っ先に生徒会長の庵奈が気付いた。
「あっ。荒哉くんにはまだ伝えてなかったですね、『必要なときに伝える』と言っておいて。あの日はあまり長話ができなかったので言いそびれていましが」
「いえ。正直、そのとき伝えられてもわからなかったと思います。説明で時間を取らせてしまっていたかもですし。ところで、色々と質問があるんですがとりあえずはそのスパイですか?関係性があるとは思えませんが。だって僕達は大学に向かうわけですし」
荒哉にとってこの世界は未知の世界。世の中では有名な世界なのだが親には教える機会は与えられなかった。いや、与えることが不可能だったから。
そのことを荒哉は曖昧ながら知っていた。
「そうね。正確には大学の敷地内にある研究施設なのよ。戦人育成大学ってようは、その『戦人』と呼ばれる特殊な軍人を生み出す施設。戦人防衛省と直接的な関係があるの。だから国が管理する施設と言ってもいいわね」
「なるほど」
「もちろん一般的な『軍人』もあるの。大元のは戦人防衛省と防衛省の二つに分裂してる。国際的な活動メインの戦人と国内での活動メインの軍人。あいにく専門外だから意味があるのかはわからないけど」
そう言ってわからないとジェスチャーをする庵奈。話を頷きながら聞く荒哉は特に細かくは聞こうとはしなかったが、その横にいた累和が口を開いた。
「でも、大元である戦人防衛省のスパイはなんの情報を…」
その質問に庵奈は突如、声のトーンを下げて話す。
「その情報内容が今年に『ある意味』で問題児と認定された者達の個人データバンクからよ。つまりこれがどういうことかわかるでしょ?」
「それってまさか……」
「え?」
庵奈の問いかけに悟った様子の累和に対して、荒哉は驚いた様子で目を見開いていた。彼が驚いたのは問いかけの内容自体ではない。彼はけしてバカなのではなくただ知識不足なだけであって、理解はしている。彼が目を見開いてまで驚いた理由は自分が『問題児』扱いされているということだ。ただ、『ある意味』という言葉に彼はまったく触れなかったせいで、ただの問題児と勘違いしてしまった。
「そ、それは……僕がなにか問題を起こしたから…」
「う~ん。まあ、そう言ってもおかしくないんじゃないかな」
「え、え……」
「会長、その発言は彼から勘違いを生みますよ」
「えっ、そう?私の言う『問題』を理解してるのだと思っているのだけど」
「はあ、変なところで抜け目があるのは相変わらずで」
と問いかけで勘違いを生んだものの勘の鋭かった生徒会長補佐摩耶がその進行を止めて、その後に念のためを思ってか荒哉に説明したことで区切りがついた。
案の定、荒哉はわかっていなかった。
「まあ。それはともかく、この事態は危惧すべきです。これから行く研究施設は国が大きく関わっています。大学内にあるとはいえ関係者以外立ち入り禁止の区域となっています。さらにテロリストのスパイ、個人データ漏えい。正直言って本来すべき目的は果たせないかもしれません。なにせ事態が事態です。それどころではありません」
淡々と話す摩耶にバス車内は先までと打って変わって、静けさがある。それは今入ってきた情報というのがどれだけ重大で危険な事態かがわかる。
「そうね。摩耶の言う通りだわ。それに、連中の狙いはどう考えたって問題児。もう警戒ってレベルじゃない話ね」
「とりあえず、その話は研究所に着いてからにしましょう。ここで話してもただ懸念が広がるだけですから」
一度も冷静さを失わずして淡々と話している摩耶。彼女の冷静さは人として戦人としても、その人間性は重宝される。それはなぜか。
答えは簡単。武力決闘とは別次元の境地だと言うこと。戦人が活躍する場は常に精神面に応える。
彼女は庵奈にとって頼れる存在の一人。
「というか、もう着くんじゃない?リニア高速だから。さあ、みんな!降りる準備よ」
「「「「はい!」」」」
そう言って各々で今できる準備を始める。バス車内の窓から見えるのは透明な筒状のリニア高速道路が入り交じり、工業地帯が数多くある。そして数々の超高層ビルが建ち並ぶ都会。
首都である東京は、もう目前だった。