第十一話 出発!
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あ~~。結構、食べちゃったな~」
「女子か」
双麻の突っ込みが入ったところで、食堂の朝食を食べ終えた二人。荒哉の上京の日である今日は生徒会長室に七時半には着く必要があり、時間に余裕があるとは言えなかったため、部屋に直行した荒哉。それについて行く双麻だったが、双麻は今日から始まる通常授業に勤しむこととなるため時間は十分にあった。
「荷物。それで大丈夫なのか?」
「うん」
「そのボストンバックデカいな」
「でしょ。最適なんだよ。一つで済むからさ」
「なるほどな。じゃあ。そろそろ時間になるんじゃないのか?」
双麻の言葉に促されるように自然と腕輪型の通信デバイスに表示された時間を投影して確認する。表示された時刻は七時十分。残り二十分。
「そうだね」
「おっし。頑張れよ!」
「うん」
荒哉はボストンバックを手にして部屋から退室する。その際、荒哉は振り返って手を振って退室した。双麻も同じように手を振って返す。
そして、部屋には双麻だけとなった。その瞬間――――。
部屋の自動ドアの前でうなだれる。どこか心配なことでもあったのだろうか。安堵と言える深いため息をついた。
「これで……。荒哉は戦人の世界に飛び込む。となればいずれは…必ず…。そのためにも、あとは矢田野家の人間に任せるとしますか……」
そう呟くと勢いよく立ち上がって登校の支度を始めた。
彼の中では正直、この日に至るまで葛藤の連続だった。自分の与えられたモノは関係を深めれば深めるほど葛藤が増えて大きくなるモノだった。
自分に問いかけるように『これいいのか?』と。
一人の人間の人生と一つの国の未来を天秤に掛けたとき、その天秤はどちらに動くのか。どちらも重みのある話しだった。
双麻の葛藤は重みのある辛い葛藤だった。
だが、彼の目的はその葛藤以上のものであり長引かせることなど許されなかった。
一方、荒哉はというと……。
「あっ。佐々木さん」
「あら、じゃなくて八千戈さん」
学生寮の玄関前で荒哉と同じようにボストンバックを持った累和と合流をしていた。お互い時間を図ったわけではない。偶然の合流を果たした二人はそのまま生徒会本部を目指して歩きながら話しを始める。
「『あら』って。荒哉って呼ぼうとしてた?」
「え?…そうですけど」
「やっぱ名字は呼びづらいでしょ?」
「い、いえ。そんなことは」
「いやいや。気を遣わなくて大丈夫だよ。てか、名字じゃ無くて名前のほうで呼ぼうよ」
累和は少し困った表情を浮かべる。荒哉は彼女の心情についてはわからない。
そもそも、この戦人の世界は半分が軍隊のようなもの。組織内で下の名前を使うことはない。あくまで公共の場での話しだが。
しかし、累和という人間は内気で真面目な面が大きく出るときがあり今の名字で呼ぼうとしない状況もその一つ。もちろん思考に柔軟性もあるので頑固とは呼ばない。ただ風紀を乱すとかの話しに考え込んでしまう。
真面目で行動より先に考え込む内気なタイプ。清楚ながら合った性格と言えよう。
そして、もちろん。そんなことは一ミリも知らない荒哉。
「いや、その……」
「う~ん。そっか。じゃあ、お互いもっと親しくなったら名前で」
「親しく……」
荒哉の『親しくなったら』という言葉を聞いた瞬間から顔を真っ赤にしてそっぽを向く。湯気が立つエフェクトがあっていいくらいの様子。
荒哉には『友達』としてと言う意味で親しくなのだが、考え込むようなタイプの累和は思考が大きく先を行ったようで。勘違いが生まれてしまった。
「どうしたの?」
「い、いえ。だ、大丈夫でしゅ」
「でしゅ?」
「あ――!」
大きく声を上げて手を振り、誤魔化そうとする。相変わらず顔は真っ赤で、荒哉にも恥ずかしがっているというのは伝わったようだが、なにが恥ずかしいのかはわからないまま。
そんなこんなで歩き続けて、集合時間の五分前になって到着する。
生徒会本部玄関前にはリニアの仕組みを使った高速バスが手配されていた。
陸路とリニアモーター機能の二つを合わせ持つそのバスは、完全な普及には至っていないが徐々にその台数を増やしている。最新の交通網として発展している。
「あら。来ましたね」
「はい。なんとか時間通りに来れました」」
「そうね。五分前。それに、累和さんと一緒なのね。なに?引っ掛けてきたの?」
「え?いや、そんなつもりは……」
生徒会長の庵奈は冷やかし程度で言ったつもりだが、荒哉はそれに気付かずに素直に受け止めてしまうという庵奈にとって予想外な展開。
だが、特に気にすることはなく話しを続ける庵奈。
「さて。それはそうと二人とも早くバスに乗ってね。メンバーはあとで紹介するから」
「はい」
「わかりました」
生徒会本部に到着した二人は庵奈との会話のあと、すぐに巨大なトランクにボストンバックを詰めてリニア高速バスに乗車する。
累和は庵奈となにか話しているようで先に荒哉が高速バスに乗るが、乗車人数は荒哉が見た限りでは少人数だった。
荒哉はすんなりと座席を決めて座る。同じくして庵奈との会話を終わらせてきた累和もバスに乗車。荒哉のいる席まで来ると……。
「荒哉さん。私、隣でいいですか?」
「え?いいけど……って結局、荒哉って呼んでくれるんだね」
「え?は、はい。と、とにかく座りますよ!」
「う、うん」
累和の様子に疑問を抱く荒哉だったが深くは考えないことに。
そんなやりとりのあと、次々と乗車する中で最後に生徒会長である庵奈が一番後ろの座席に座る。荒哉と累和がその一つ前の座席にいる。
「ではでは。運転手さーん。今日はよろしくお願いしますねー」
「はい。庵奈様。安全運転で参ります。よろしくお願いいたします」
荒哉は運転手の前では猫被りの口調だと思っていたが、まさかの素のまま。それには驚いた表情だったが、それに気付いた庵奈はすぐさまその勘違いを解く。
「大丈夫よ。矢田野家専属の者だから。私の本性も知ってるの」
「な、なるほど」
「さて。バスは動く間は暇だし、自己紹介といきましょう」
と、場を仕切って自己紹介を始める。庵奈の様子はどことなくテンション高め。生徒会以外の人間からしたらあり得ない姿。
荒哉はそんな庵奈の様子に苦笑しながらも聞き入れる。
「メンバーはあなた達二人を含めて五人よ。私達はあなた達のことは十分に知っているから。こちらの紹介をするわね。まず一人目は一番前で作業してるのは庶務の天宮琉菜。ニックネームはルナちゃん。で、真ん中辺りの座席にいるのが生徒会長補佐の天道摩耶。ニックネームはテンちゃん」
「「会長!ニックネームはやめて下さい!」」
ハモってクレームを言う二人の女子生徒。庶務で幅広く仕事ができるからこそメンバーに採用された二年の天宮琉菜。クルクルの縦ロールのボブが特徴的な身長低めの女子生徒。一方、生徒会長補佐という役割がある三年の天道摩耶。髪型はショートでキリッとした目が特徴的。生徒会長の庵奈と同級生。
そんな二人のクレームに対して――。
「えー。いやよぉ」
の一言。
「で、最後に私が生徒会長の矢田野庵奈。あらためてよろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
「私も。よろしくお願いします」
「はい、よろしく」
割りとあっさりとした自己紹介が終わったところでバスは出発。
広々とした学校の敷地を通過してそのまま公道に入り、リニア専用の高速道路を目指す一行。
バス内ではたわいのない話で大いに盛り上がっていった。
が、水を差すように腕輪型デバイスから着信音が鳴り響いた。