第十話 上京の準備
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
横開きの自動ドアをすぐさま閉めて、中断していた上京のための準備を再開させる荒哉。
先の双麻の失礼な行動や、初対面の累和やらと、寝起き早々の荒哉には少々ハードではあったようで朝からため息をついて準備を続けた。
――――十分後。
「はあ~……」
「お――い!」
「うわぁ!……って。双麻か…。なんでしょうか!」
双麻は部屋の自動ドアから再び登場。
荒哉は瞬間的に驚きつつもすぐに切り替え、怒った態度と口調で自分の心情を表した。その荒哉の様子には困った顔をして「悪かった」と言い、なだめる。
「それで、なんの用?」
「用もなにも。お前を誘おうと思って」
「誘う?」
「うん。生徒会長になんて言われたかは知らないけど、この学校の生徒である限りでは自分の武器を所有することになる。というか必須アイテムだからな。これから武器を持つ荒哉にしてもその知識は頭に入れておかなきゃならない」
「知識……?」
「そう。まあ、基本的な話だけどな」
荒哉は話を聞いて急に黙り込む。彼は今、『誘い』と『宿題』を天秤にかけていた。普通ならば宿題に天秤を傾けるのが学生の務めだが、後々のことを考えた荒哉は双麻の『誘い』の内容もこの学校の生徒なら務めだと判断して天秤にかけているようだ。
「双麻。それってどのくらい時間使う?」
「そうだな……そんな時間の掛からない話だと思うけど、『気づいたら時間過ぎてた』なんてよくあるからな」
「そうだよね~……。やっぱ余裕あったほうがいいよな~」
荒哉は双麻に理解されようとはしていなかったが、荒哉の言葉は双麻の気を引くことに。
「なんかあったのか?」
「え?あ、いや、入学式の日に罰(?)で大量の宿題をもらっちゃってさ」
「宿題かー。」
「うん……でも、双麻が言う知識は入学したての一年の全員が知ってるの?」
荒哉はふと疑問に思っていた。武器のことやら、武力決闘のことやら。双麻がいなければ今の荒哉はない。
だが、双麻のような優等生と必ずしも仲があるわけではない。だから入学式当日のような知識がない人間はほかにいるのではと荒哉は考えた。(荒屋自身もまだ基礎的な知識は中途半端だが)
まだ入学式から二日後の今日。前もって知っておかない限りはまだ不可能な段階。
「う~ん。やっぱ人によるから、荒哉みたいに『わからない』って人はいるよ。俺みたいに前もってやってた連中はどんど先へ行くんだろうけど」
「そうなんだ」
「おう。だから、まあ。急いで取り入れる必要もない。先に進み過ぎると『俺はみんなより上にいなきゃいけない』とかっていうプライドが生まれたり、いつの間にか基礎的なことができなくなったりする。どんなことでもそうだけど、基礎は大事だし怠らないほうが当然いい。だからゆっくりで、俺はいいと思うな」
「なるほど……」
荒哉の天秤は双麻の言葉の助力によって大きく傾く。最終的に人によって意見を決めるのは人に従っているようにも見受けられるが、そんなことはけしてなかった。
「わかった。今日はその誘いを断るよ。やっぱ学業を優先しないと。今度また誘って欲しい。そのときにしっかりと頭に入れるよ」
「了解~。頑張れよ~~」
「うん。ありがと」
「おう。…よっし!じゃあ俺は寮をひたすらほっつき歩くぞ――!」
そう言って再び部屋から退室した双麻。同じくして再び一人になった荒哉。特に思うこともなく黙々と始めた。上京の準備に関してはほぼ終わらせおり、最後に大きめのボストンバックを取り出してまとめた荷物を詰め始めた。
ボストンバックと言っても機械類なども詰め込めるボストンバック。内側に衝撃を吸収するための緩衝材がある。
世の中はテクノロジーで溢れているが、逆に人を運動不足にさせるデメリットは出さないようにと施されている。
時代は少しずつ進んでいるのと同じようにテクノロジーによる暮らしはデメリットをなるべく削減したうえで少しずつ発展してっている。
現代の二十二世紀初頭はテクノロジーが溢れてはいるがそれが全てではない。
もちろんテクノロジーが詰め込まれた特殊なバックは山ほどあるが一般向けに売られているのは僅かながらの数。ゆえに、二十一世紀と同様の部分も多く見られる。ビジネス的な問題もあるが。
「よっし。これでいいかな…」
と、呟きながらボストンバックのチャックを閉めて部屋の端に置く。
「さーてと。宿題、宿題」
そう言って腕輪型の通信デバイスをいじり始め、同時に引き出しからオペレーションボードと呼ばれるものとそれに対応したペンを取り出した。
これは腕輪型の通信デバイスと連携して使えるもの。後の通常授業でも使うデバイス。寮内の部屋全て、教室などがある校舎内にもそのデバイスは常備されており必需品となっている。
仕組みとしては腕輪型の通信デバイスにオペレーションボード付属のジャックで連携して、ペンをオペレーションボートの上で動かすとそれに反応して腕輪型の通信デバイスが投影した画面でカーソルが出現し自由に動かせる。そしてそのオペレーションボードは連携と同時にマイク機能や操作関係の機能がすべて移されて二つのデバイスを同時に使うこととなる。
一つのデバイスで操作の単純化は可能だが、机での授業の際はそれが逆効果となる。携帯タイプで戦闘に影響が出ないようにと腕輪型となっているが、勉学の場でも使用するそのデバイスは腕に付けた状態というのはかなりやりづらいため、どうしてもほかのデバイスが必要となる。
通常の学校ならば腕輪型ではない単純化されたデバイスの使用で授業が行われる。こういった細々としたところでも通常の学校とは違う。
荒哉にとっては造作でもないことだったので気にすることはなかったようで、黙々と宿題に取り掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「……い。お~い。起きろ~。荒哉~~」
「はっ!!」
「おお。おはよう。荒哉。起こして悪かった」
「え?ああ。双麻…って日の入り前…」
寝起きで冴えない荒哉は目を細めて部屋を見渡す。部屋は薄暗くて窓の外は少し明るくなってやや日の入り前の状態。
「迷惑だったか?」
「…いいや。寝坊しなくて済んだ」
「そうか。勉強は終わったのか?」
「うん。なんとかね。そのまま居眠りしちゃったけど」
そう言った荒哉。双麻と二人で静かに笑う。
そして背伸びをした後、すぐさま行動を開始する。荒哉は共同の洗面所に行って洗面。双麻は朝シャンが日課になっていて早朝から開いている風呂場へ直行した。
洗面後の荒哉はこの学校の正装である淡い緑色という珍しい色の制服に上下ともに着替えて細かな準備を進める。
準備は荒哉の予想以上に着々と進んで時刻は午前六時半。朝食の時間となって風呂場から戻ってきた双麻とともに食堂までほぼ駆け足の状態で到着する。
そして食堂前であの女子生徒と出会う。
「あっ。八千戈さん」
「え、あっ。佐々木さん」
「あの…会って早速なんだけどさ」
「なんでしょう?」
「その…この朝食のあとは生徒会長室に行くんだよね」
「ええ…あっそうだ。そういえば生徒会長の庵奈様が言ってましてよ。集合時間伝え忘れてたって。私は八千戈さんのあとに来たようですけど」
「あっそうだ。確かに。佐々木さんはわかる?」
「はい。それにあなたに伝えるのを今さっき思い出して」
累和は申しわけなさそうにして話し、荒哉は「気にしないよ」と言って話しを続ける。
「それで、何時?」
「七時半です」
「わかった。ありがとう」
「いえ」
そう言った累和はあとから来た女友達とともに食堂内に入っていった。今の会話を隣で見ていた双麻は……。
「いいなー。めっちゃ可愛いじゃん。スタイルいいし」
「それはどういう意味?」
「別に~~」
双麻はさらりと冷やかしを入れながらも荒哉は双麻と同じくして食堂に入っていった。