第零章 私の記憶(回想) Ⅶ
「お願い、その話を教えて。」
私は静かに言った。
私はずっとノアに憧れていた。
だからノアの過去を知りたかった。
ただそれだけが、私を動かしていた。
「わかった。僕も誰かに話さなければいけないと思っていたんだ。ソフィー、君で良かった。」
ノアはそう言って話を続けた。
「僕が五歳の頃、父が死んだ。
今でも鮮明に覚えている。
玄関のベルが鳴って僕は扉を開けた。
扉の前に居たのは父ではなく、僕の父と洞窟探検していたダイバー四人だった。
母がダイバー達と話して泣き崩れる。
帰還中に崩れた石が頭に落ちて、一発だったというダイバーの言葉。
三日前に〝いってらっしゃい〟と言っていた当たり前の日々は、父が死んだと実感が湧く前に遠く彼方に過ぎ去ってしまった。」
ノアが一呼吸する。窓から入ってくる光と影の境がいつの間にかノアの顔を通っていた。
私はノアの話にどう反応したらいいか分からず静かに聞いていた。
ノアは私の手のひらから、そっとキーホルダーを受け取って話を続けた。
「実はこのキーホルダーをくれたのは、父と洞窟探検していた…、
そして玄関の前で父の死を報告していたあのダイバーなんだ。」
一瞬、時間が止まる。
少しずつ繋がっていったノアの過去があらわになり、胸の奥が燃えるような気持ちだった。
ノアは少し間を置いて話し出す。
「……彼のせいで父が死んだ訳ではない事なんて分かっている。
でも僕は彼を憎んでしまった。」
ノアの声は全て吐き出すように力強く、今までで一番感情が溢れ出している様子だった。
「大変だったね。」
私はノアにそう言った。
私の声を聞いて、ノアは少し冷静な顔に戻った。
「いや…。うん、ありがとう。」
私はノアのぎこちない反応に少し違和感を感じた。
しかしノアはそのまま話を続けた。