[3]青いキーホルダーⅡ
話の区切りがついて、私はふとノアのリュックの方を見た。
探検者が持ちそうな茶色のリュックには、青いキーホルダーがついていた。
窓から入る日光をキーホルダーが反射させる。
キーホルダーの青色は一瞬だけ、虹の様に光を溢れ出した。
その幻想的な美しさに、私は思わず口を開いた。
「きれい。」
「ああ、これか。」
ノアはリュックからキーホルダーを外し、近くで見せてくれた。
「これは僕の宝物なんだ。小さい頃に一人のダイバーから貰った物だよ。」
ノアは私の手のひらにキーホルダーを置いた。
「これのお陰で僕は探検者になれた。そして止まっ
ていた時間が再び動いた。その全てのきっかけを作ってくれたのが、このキーホルダーなんだ。」
ノアは窓の外を見て昔を思い出している様子だった。
「今から七年前に、僕はここに連れて来られた。原因は両親が死んでしまったから。それだけだった。」
ノアの声は普段より低く倉庫に響き、過去の事実の重みを表していた。
私は唐突の告白に少し驚きながらも、ノアがどんなきっかけで探検者になったのか興味があった。
「お願い、その話を教えて。」
私は静かに言った。私はずっとノアに憧れていた。
だからノアの過去を知りたかった。
ただそれだけが、私を動かしていた。
「わかった。僕も誰かに話さなければいけないと思っていたんだ。ソフィー、君で良かった。」
ノアはそう言って話を続けた。
「僕が五歳の頃、父が死んだ。今でも鮮明に覚えている。
玄関のベルが鳴って僕は扉を開けた。扉の前に居たのは父ではなく、僕の父と洞窟探検していたダイバー四人だった。
母がダイバー達と話して泣き崩れる。帰還中に崩れた石が頭に落ちて、一発だったというダイバーの言葉。
三日前に〝いってらっしゃい〟と言っていた当たり前の日々は、父が死んだと実感が湧く前に遠く彼方に過ぎ去ってしまった。」
ノアが一呼吸する。
窓から入ってくる光と影の境がいつの間にかノアの顔を通っていた。
私はノアの話にどう反応したらいいか分からず静かに聞いていた。
ノアは私の手のひらから、そっとキーホルダーを受け取って話を続けた。
「実はこのキーホルダーをくれたのは、父と洞窟探検していた…、そして玄関の前で父の死を報告していたあのダイバーなんだ。」
一瞬、時間が止まる。
少しずつ繋がっていったノアの過去があらわになり、胸の奥が燃えるような気持ちだった。
ノアは少し間を置いて話し出す。
「……彼のせいで父が死んだ訳ではない事なんて分かっている。でも僕は彼を憎んでしまった。」
ノアの声は全て吐き出すように力強く、今までで一番感情が溢れ出している様子だった。
「大変だったね。」
私はノアにそう言った。
私の声を聞いて、ノアは少し冷静な顔に戻った。
「いや…。うん、ありがとう。」
私はノアのぎこちない反応に少し違和感を感じた。
しかしノアはそのまま話を続けた。
「あのダイバーの家族とは小さい頃からバーベキューなどをしていたけど、父が死んだ以降お互い敬遠して関わりは無くなったしまった。
その後に母は病気で死んでしまって、孤児院しか僕の居場所は無くなってしまった。」
私は小さく息を吸う。
日光が前の建物に隠れて、倉庫の中は少しずつ暗くなっていった。
「十二歳になって孤児院から自立する準備をしなければならなくなった。でも僕はこの孤児院を出ても何もする当てが無かった。
だからあのダイバーの家に行ったんだ。七年ぶりだった。けれど僕の事を素っ気なく招き入れてくれた。
リュックの横に付けた青いキーホルダー。それは僕が口にする事が出来ない意志でもあった。」
昔の私はノアがこのとき言った〝意志〟の意味はよく分からなかった。
だからここで持った疑問は長い間消化されず、頭の隅に引っかかっていた。
でも今の私にはわかる気がする。
ノアは自分の意志で一歩前へ進もうとしていたのだ。
「それで、どうなったの!」
私は続きが気になり少し興奮気味に、ノアを急かした。
ノアはいつも通りのニヤリという顔をして私に視線を返した。
私はその顔を見た途端に思わず心の中でガッツポーズしてしまった。
他人の幸福を素直に喜べたあの純粋な私が羨ましい。
私はそう思いながら、もう少し思い出に浸ることにした。
日影がができて心地よく感じる。
倉庫の窓から入る青白い光は時間の経過を実感させる。
時間は二時過ぎ。
私はノアがあのダイバーの家で生活するまでの経緯を知り、そこでの生活について質問していた。
「今はそのダイバーとはどうなの?」
ノアは悩むこと無くすぐに答えた。
「良好だよ。あのダイバーには七歳の男の子がいるんだ。今はその男の子と一緒に活動しているよ。」
私はノアが七歳の男の子と探検している様子を想像していた。
二人が愛らしく洞窟に入っていく妄想をしていたとき、友達や仲間は重要だと改めて感じた。
ノアは何かを思い出した様子で口を開いた。
「そうだ、これを見せなきゃ。」
ノアはそう言いながらノアのリュックの肩ベルトの上部にあるカードホルダーからカードを取り出した。
カードには〝ノア・コリヤー〟
〝階級:白〟
〝ペアダイバー〟
〝階級最上:白〟
〝階級最下:白〟
と書かれていた。
「これが探検者の証明書だよ。階級があって、もう少しで一つ上の〝赤〟になれそうなんだ。」
ノアの話によると、色で探検者の階級を表しているらしい。
下の階級から、白、赤、黄、青、橙、緑、紫、黒、だとノアは説明した。
しかし私は一つずっと疑問に思う事があった。
探検者はどうやってお金を稼ぐのだろう。
私はノアに疑問をぶつけてみた。
「そういえば探検者って、洞窟の中で何をするの?」
「あっ、それ言って無かったね。洞窟では〝青い宝石〟と呼ばれる宝石を採取して換金するんだ。
純度によって換金率が結構変わってくるから、大きくて純度の高い物を狙って持って帰るんだ。」
なるほど。私は納得して頷いた。
私は洞窟探検者の生活を実感する事が出来て、胸の中が熱く踊るような期待と憧れを感じていた。
私もノアの様に探検者になるとこの時に心に決めた。
「ありがとう。私も探検者目指してみるよ!」
私がそうノアに伝えると、ノアは嬉しそうに頷いた。
廊下の外から元気な声が響く。
時間は二時半過ぎ。
小さい孤児達が昼寝から目覚めて騒ぎ出していた。
倉庫のドアの前でさっきの小さな男の子達がやってくる。
「ノア、遊ぼ〜!」
と男の子達がはしゃぐ。
私とノアの視線がドアの前に集まった後、ノアは私の方を振り返った。
「今日は僕ばっかり喋っちゃったな。また今度はソフィーの話を教えてくれよ。」
ノアはニヤリという顔でそう言い残し、男の子達の方へ歩いて行った。
私は何も言わず、ノアの方を見る。
男の子達の方へ歩いていくノアの後ろ姿は、いつもよりもカッコよく見えた。
ノアが居なくなって倉庫が静かになる。廊下に響く足音が少しずつ遠くに離れていく。
「分かったよ、おやつの時間まで遊ぼうな〜、」
廊下の外から男の子達と話すノアの声。
その声は紛れも無く、さっき私と話したノアの声そのものだった。
私はノアの過去を知って良かったのだろうか。
そんな疑問を残したまま私は窓の外を見た。
ノアが出ていった後の一人残された倉庫は、さっきよりもなんだか不気味に感じた。