[2]青いキーホルダーⅠ
私はその日の夜、なかなか眠れなかった。
私は、窓から漏れる月の光を眺めながら、手紙の事を思い返していた。
私は今まで気にも止めなかった父という存在に興味を持ち始めていた。
そして私はこの時から、父の存在を探し始めるのだった。
手紙を渡されて一週間後、私は先生との約束を破った。
私は、孤児院で最年長の〝ノア〟と呼ぶ少年に手紙の事を打ち明けてしまった。
ノアは十二歳の少年で、とても機転が効き、優しい性格で、多くの孤児から慕われていた。
そんなノアは、半年前から孤児院から独り立ちをする準備をしていた。
独り立ちの準備は、孤児院の外で生活の拠点や仕事を見つけ、自立する準備をする事で、十二歳から十五歳の間に行われる。
その間は、孤児院の中で過ごす事も出来るし、孤児院の外で過ごしても良い事になっていた。
ノアは、二週間前に探検者になったと報告してから今日まで、孤児院に戻ってきていなかった。
ノアが久々に孤児院に戻って来たのは、昼食後の昼休みの時だった。
私は数人の孤児と教室でカードゲームをしていた。
外の広場が騒がしくて、私は窓の外を覗いた。
孤児院の門にノアが立っていて、外で遊ぶ孤児達が門の前に集まっていた。
みんなノアが帰ってきて、嬉しそうにはしゃいでいた。
先生もノアに気がついて、外に小走りして向かった。
先生は門を開けて、ノアを招き入れた。
そして先生とノアは、個室に入っていった。
数十分後、個室で現状の報告を終えて、ノアが久しぶりに教室の方へ向かって来た。
しかし、さっきまではしゃいでいた小さな男の子達は、隣の教室で昼寝をしていた。
ノアは隣の教室の中をドア越しで眺めていた。
私はそんなノアの事を、教室から見つめていた。
ノアは少し微笑み、教室の方へ戻った。
今起きているのは、六歳以上の孤児数人だけで、教室の中は先程までの騒々しさと打って変わり、しんと静まり返っていた。
私は教室に戻って来たノアと目が合った。ノアは
「寝ちゃったな。」
と小声で言った。私は
「昼寝の時間だからね。」
と返した。
「なんか最近良いことでもあった?」
私はノアが尋ねてきたこの質問にどう返すか少し考え、
「どうして?」
と尋ねた。
「なんか雰囲気変わった。」
ノアはそう言って、また聞いてきた。
「何かあったの?」
私はこの質問にどう答えれ良いか分からず、凍りついてしまった。
十二歳の今考えると、そこまで悩む必要なんて無かったと思う。
しかしこの頃の私にとって、約束は絶対で、臨機応変に変えるなんて考えられなかった。
「倉庫に行くか。」
ノアは、落ち着きの無い私の様子を見てそう言った。
私が周りの目を気にしていて躊躇しているのだと勘違いしたのだろう。
しかしノアの誘いを断ってまで、約束を守る必要なんて無いのではと感じた。
いや今考えると、誰かに手紙の事を明かしたいという本心を正当化する言い訳だったのかも知れない。
私は小さくうなずいた。
そして私とノアは倉庫の方へ向かった。
私達が倉庫と呼ぶその部屋は、孤児院で使う道具をしまうだけの教室のことだった。
段ボールが無造作においてあるその部屋は、孤児院の先生でさえ滅多に入らず、二人きりで話すには丁度よい部屋だった。
私達は倉庫に入り、窓際に置いてある机に座った。
埃が舞うこの部屋は、いつもの教室とは異なる匂いがした。
私はどう話し出すか少し迷って、ノアの方を見た。
ノアは私の事を静かに見守っていた。
窓の外は、小さな雲が連なり日射しが私を照らしている。
私はポケットの中にしまっていた手紙を持って、そっとノアの前に差し出した。
「これ。先生から貰ったんだ。」
ノアは封筒を受け取り視線を返し、口を開いた。
「封筒の中も見ていい?」
「うん、いいよ。」
ノアは手紙を取り出し、手紙を読み出した。
私は手紙を読むノアの顔を覗き込んだ。
いつも私達に見せる笑顔は次第に消えて、次第に目が潤んでいた。
手紙が読み終わる頃、ノアは上を見上げてこう言った。
「よかったなぁ。」
しみじみと言うノアを見て私は気がついた。きっとこの言葉が欲しかったのだと。
そして私はもう一つ、ノアに尋ねたい事があった。
あの手紙に書いてある〝穴〟という文字。
きっとこれは洞窟探検に関する事だろうと考えていた。
洞窟探検者になったノアは知っているかも知れないと思って、私は手紙の〝穴〟の文字を指して尋ねた。
「これって洞窟の事?」
「うーん」とノアは悩む。
「多分そうかも知れないかな。だけど僕は洞窟探検者になったばかりで分からない。」
期待外れの答えで私は少し落胆した。
そんな私を励まそうとノアは慌てて口を開いた。
「洞窟の中に入ったら、きっと手紙の意味が分かると思うよ。」
「そうだね。」
私も洞窟に入ったら、手紙の意味が分かる気がした。
そして私は何よりそうであって欲しいと強く願っていた。