[1]私宛ての手紙
私が物心ついた頃には、孤児院にいた。
だから私は、親の顔を見た事が無かったし、興味も持たなかった。
私は、本を読むのが好きで、運動はそこまで得意で無かった。
だから、誰かと一緒に孤児院の広場で遊ぶ事も少なかった。
それもあって、一緒に過ごしていた孤児の名前も、覚えているは一人だけだった。
目を瞑る。これは八歳の時の記憶。
空模様は、おおよそ快晴。
孤児院の広場に響きわたる元気な声。
近くにチャンバラごっこをする二人の男の子がいた。
いつものように教室で本を読んでいた私は、彼らにうるさいと注意した。
ドタバタと走り回る音で、本の世界に入り込めなかった。
男の子達は、むすっとした顔で、別に良いじゃんと文句を言った。
そんなやり取りをしていた時、孤児院の先生が私を呼んだ。
私はなぜ呼ばれたのか分からなかった。
先生は私の手をつかんで教室の外へ引っ張った。
教室を左に曲がり、少し真っ直ぐ進んで、倉庫の部屋を過ぎてすぐ左にある部屋。
毎回悪事を働いた、ガキが連れてこられる個室に先生は私を連れて行った。
不安と不満が混ざったような感覚で私は、個室に入った。
先生は、少しその個室で座って待っているようにと私に言い残し、何かを取りに行った。
しばらくして戻って来た先生は、個室の机の上に、封筒とペーパーナイフを置いた。
その封筒には、〝八歳のソフィーへ〟と書かれていて、裏返すと〝父より〟と書いてあった。
何が起きたのか分からずポカンとしている私に、先生は次のように説明した。
この封筒は私が孤児院に連れてこられた時に、籠の中に一緒に入っていたという事。
そして孤児院に私を連れて来たのは赤の他人で、手紙の渡し主には先生自身も会った事が無いという事だった。
私はペーパーナイフで丁寧に封筒を開けて、手紙を取り出した。その手紙にはこう書いてあった。
〝親愛なるソフィーへ
今でも元気ですか?
私は元気です。
今この手紙を読んでいるあなたは、
どのように成長したのでしょうか?
一度だけでも見てみたいですが、
今のところ、叶わなそうです。
あなたは、きっと成長して、自分の
人生を歩み始めると思います。
そして、私もその事を望んでいます。
しかし、もし自分のルーツが知りたいと
思うようになったときは、ある程度
高い壁を超えなければならないと、
覚悟して下さい。
私はきっと、穴の奥深くにいると
思います。
父より〟
手紙はこの一枚だけで、封筒に他の物が入っている様子は無かった。
しかし、私はこの手紙を読んで泣き、何よりも嬉しく感じた。
私は誰に必要とされ生まれてきた事、そして私を愛してくれた事が分かって、感情が抑えきれなかった。
先生が私の背中をさすってくれて、私の涙は少しずつ落ち着いていった。
先生は、他の孤児に、手紙を見せないように言った。
大半の孤児は、親からの手紙などが残されていないらしかった。
だから他の孤児の事も配慮して欲しいという事だった。
私は個室から出て、教室に戻った。
チャンバラごっこをしていた、少年達と目が合う。
少年達はバツが悪そうに、孤児院の広場に出ていった。
私は、少年達もかわいいところがあると、顔を緩ませるのであった。