22話
水の魔力を身につけたことを確認した俺らは、各々自分のやりたいことをし、夜が深ける前に寝ることにしたのだった。
ちなみに俺は机の下(要は床)で寝た。今までも野宿で地べたに直接寝転んでいたので、特に不満はない。
翌朝になり、ベッドから起きだしてきたゼラードが
「下に降りるぞ」と声をかけてきた。
俺はドアを開けた先で待つ男の下へ、【隠蔽】の魔法をかけてから近づく。
昨日までしていなかった俺のそんな行動をゼラードは見ていたが、特に何も言ってはこなかった。
そうして一緒に宿の1階にある食堂へ降ると、ヤツは女将さんに机に乗り切らないのではと思う程の飯を頼む。
朝のそれなりに早い時間にも関わらず、女将さんも「はいよ」と気軽に頷きどんどん飯を運んで来た。
定宿にしていると言うだけあって、女将さんはヤツのこの様な頼み方にも慣れているらしく、ゼラードが泊まりに来た時点である程度の仕込みをしていたらしい。
しかし朝からこんな大量の飯を1人で食う気かと呆れてみていると、なんと奴は腰の【マジックバッグ】へ、その大量の料理をどんどんと中へ入れていくではないか。
どうやら男の持つマジックバッグは、食い物を入れておけるものらしい。
蓋の無い器に盛った料理を、そのまま入れても問題ないなんて、流石魔法がある世界、ちょっとチートが過ぎるのではないか。
あの時兄妹へ提供した飯も、こうやって保管していたものなのだろう。
料理を盛っていた皿も買い取ったのか、ヤツが昨日出掛ける際にでも渡していたのかも知れない。
そうしてヤツは料理をポーチへ詰め込め終えると、机に残しておいた2人前の朝食を平らげ、冒険者ギルドへと向かったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
冒険者ギルドはまだ朝の早めな時間であるにも関わらず、既に沢山の人間で賑わっていた。
受付カウンターの後ろには大きな掲示板があり、そこには依頼であろう何かが書かれた紙がいくつも貼ってある。
集まっている冒険者の目当てはやはりその掲示板らしく、気になる依頼に空きがあるか受付の職員へ尋ねている。
依頼が締め切られると、職員が後ろを振り向き紙を撤去するシステムのようだ。
そうやって仕事を探す冒険者に混じり、朝からギルドの端にある机にたむろって、なにやら話しをしている者の姿も見える。
「よう、今朝は一人か? 昨日の魔物はどうしたよ?」
たむろっていた連中の中には、そう言ってゼラードへ絡むヤツもいたが、ゼラードに心底冷たい殺気さえ感じさせる眼差しを向けられると、スゴスゴ撤退して行った。
しかし一人に見えると言うことは、【隠蔽】はちゃんと効果を発揮しているらしい。
ヒトにぶつからないようにして注意してゼラードの後をついていくと、昨日と同じ部屋に向かうらしい。
階段を上り始めたので、物音を立てないように昨日よりも慎重に上る。
そして1階から見えない位置までくると、【隠蔽】をかけているにも関わらず俺を掴みあげると2階へと運んでくれた。
なんで隠れてるのに居場所がわかるんだろ?
と疑問に思いながら男を見ると、
「【隠蔽】をかけようが気配で分かる。
ドゥーガ達に【隠蔽】は必要ない。解いておけ。」
と答えてくれた。
気配で解るとか、男はどうやら動物並みの感覚をしているらしい。
そんな失礼なことを考えていたのが伝わってしまったのか、また殴られた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ドゥーガの部屋に入ると、ドゥーガはカーリンさんと一緒に応接セットでお茶を飲んでいた。
カップ4つあることから、どうやら俺たちが来るのを待っていてくれたらしい。
勧められるがままにソファーへ座ると、カーリンさんがお茶を淹れてくれた。俺はお茶の味なんて分からないけど、美女が入れてくれたお茶だ。有り難く頂く。
爪でカップを傷付けないように、慎重に両手で持ち上げてお茶を飲む俺をドゥーガとカーリンさんは興味深そうに眺めていたが、ゼラードが催促するように手を出すと本題を思い出したようだ。
「はい、これが【契約の証】よ。その子に着けてあげて?」
とカーリンさんがゼラードに渡したのは、
表面に細かい文字がびっしりと刻まれた【魔水晶】と思われる鉱石を、繊細な金属の鎖で吊るしたペンダントだった。
それをゼラードは自分の首と、俺の首にかける。
カーリンさんはそれを見届けると、
「仕上げとして、これから【契約】の魔法をかけるわね。
――『契約者よ。互いの証に刻まれし契約を受け入れ従うことを誓いたまえ。【契約】』」
カーリンさんがそう唱えると、【契約の証】から魔力が流れ込んできて俺の全身へと染み込んでいき、やがて溶けて消えた。
よく分からないが、これで【契約】が成り立ったという事なのだろう。
ふとカーリンさんの胸元を見ると(決して疚しい気持ちなどない。断じてない。)、カーリンさんの胸元にも意匠は違うが【契約の証】らしきものが見えた。よく見ると耳にも証があるようだ。
俺の視線に気付いたカーリンさんは、「あぁ、これ?」
と言って説明してくれた。
「ペンダントは、私の従魔とのものなの。
『魔鷲鳥』なんだけど、とっても優しい子なのよ。
今度紹介してあげるわ。
耳飾りはドゥーガとの証なの。
――ね?
ドゥーガ?」
とドゥーガに話しかける。
見るとカーリンと同じ耳飾りをドゥーガも着けていたが、その顔は若干青い。
カーリンさんが笑う程、なんだか顔色が悪くなっていってるようにも感じる。
どういうことかとゼラードを見てみるが、関わりたくないのか視線を逸らされる。
再びカーリンさんを見るが、うふふと微笑むだけだ。
笑っているが、その目の奥は笑っていないようにも見えた。
なんだか怖くなった俺は、ゼラードと同じように視線を逸らしたのだった。
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