ホール
――警告。『穴』が発生しました。
その脳内アナウンスから始まり、それと同時に、村中に響き渡った村人Aの魔物が現れたという叫び声。100人程度しか暮らしていないバンイチ村の村民達は、その叫び声に騒然となっている。中には驚きすぎて転んでいるご婦人もいる様だが、大丈夫だろうか?
「魔物だって!? 行ってみよう、タロウ!」
「ああ! 村の中に魔物が現れるなんて変だが、あの叫びは気になる」
俺とカイトは顔を見合わせ頷くと、叫び声の聞こえたロゼ村方面の村の入口へと向かった。俺たちが走り出す中、他の村民達は慌てて各々の家へと入って行く。恐らく、武器となる物を取りに行ったのだろう。転んだご婦人もどうやら家に入った様だ。……マムに似ている気もするが、きっと気のせいだろう。
その様子を横目で見ながら、およそ10分程で村の入口へと俺たちは辿り着く。するとそこには、村人Aの前で一匹のスライムがプルプルと揺れて佇んでいた。
「他には誰も来ないのか!? よりにもよって、お前たちみたいな子供が来るとは……! あのスライムは俺が何とか抑えとくから、お前たちは村の男連中に助けを求めてくれ!」
俺たちの到着に気付いた村人Aがそう言った。いくら魔物の出現に焦っているとは言え、俺たちが子供とは実に遺憾である。身長の小さい俺はともかく、体の大きなカイトは充分に大人と言えるだろう。……小さくて悪かったな!
それはさておき、あれ程の叫び声を上げるのだから緊急事態かと思ったが、スライム一匹ならば問題あるまい。むしろ、村人Aでさえ楽勝だろう。村の門番をしてるくらいだしな。それに、あと数分もすれば他の村民もやって来るだろうし。
いや、ちょっと待て。スライムはどこに佇んでいる?
スライムの後ろに柵が見える事から、スライムが佇むのは村を外周する柵の内側。つまり村の内部という事だ。
この世界で、魔物は人間の領域である柵の内側に入って来る事は無い。……筈である。そう考えれば、村の内部にスライムが出現した事は確かに緊急事態と言えるだろう。……原因は分からんが、何かが狂いだしてるのかもしれん。
――警告。穴より大量の魔物と強力な個体が出現します。
村内部に現れたスライムの異常性に気付く俺に、再び発せられる脳内アナウンスからの警告。その内容に、俺は再び首を傾げた。
そもそも、ホールって何の事だ? 村内部にスライムが現れたってのが異常だとは分かる。それは分かるが、まさかあのスライムの下に穴でもあるっていうのか?
馬鹿を言うんじゃない。だいたい半透明なスライムの下に穴は見えないし、かと言って、何の変哲も無い地面から魔物が湧き出して来る筈もない。それも、村内部の地面の下からなんて有り得ないだろう。
「タロウ……あれ」
脳内アナウンスの警告について考えていた俺に、カイトはスライムの後方のある一点を見つめながら指を差し、そこを見るよう俺を促した。心做しか、カイトの声が震えている気がする。
「気を付けろ! あれだ……! あの″穴″からスライムが現れたんだ! ちくしょう、悪い予感しかしねぇ……! お前らは一刻も早く、村の男連中を呼びに行ってくれ!」
カイトの指し示す物を村人Aも指差し警戒を促すと、助けを呼んで来るよう再び俺たちに頼む。村人Aの焦る様子を怪訝に思いながらも、俺もそれに注意を向けた。
それは、確かに穴と呼べるかもしれない。だが、根本的な穴とはまるで違うものだと分かった。
何故ならば……空間に歪みが生じ、その歪みの中心付近にポッカリと黒い穴だけが存在するのだ。
言うなれば、次元の裂け目とでも言えば良いのだろうか。禍々しく感じるその穴に俺が注視した時、次のスライムがその穴からプルンと姿を現した。
「ピキィー!」
「もう一匹だと!? くそっ! 早く行け、お前たち! 早く村の男連中に助けを!」
「ピキキィー!」
「更にもう一匹!? このまま何匹も出て来られたんじゃ、俺一人じゃ手に負えん! 旅人の兄ちゃん、手を貸してくれ! 俺と旅人の兄ちゃんで抑えるから、カイトは助けを呼びに行くんだ! 助けを呼びに行くんでも、見知らぬ奴よりカイトの方がみんなも信じるだろう!」
黒い穴から次々と現れるスライム。今の所全部で三匹だが、脳内アナウンスの警告だと大量の魔物と言っていた。だとしたら、恐らくまだまだ出現するのだろう。仕方ない……村人Aを助太刀してやろう。
「ドロヒゲさん! ドロヒゲさんの叫びに気付いて、村のみんなはもうじきやって来る! だから僕もここでスライムと戦うよ! スライムくらい簡単に倒せない様じゃ、『勇者』なんて目指せないからね!」
カイトの夢って……勇者だったのか……!
ならば、俺の夢にも尚更好都合な奴である。勇者パーティに賢者は必要不可欠だからな。……とりあえず目指すのは遊び人だけど……。
と、ともあれ、先ずはこの異常事態を終息させねばなるまい!
「――ッ!! そうか! だったら、頼む! 何としてもここで魔物を食い止めるんだ! こんな小さな村でも俺たちの村だ……魔物なんかに踏み躙られてたまるかっ!!」
村人Aはそう言うと、インベントリから自らの武器を取り出し、戦闘の構えを取った。その雰囲気は、歴戦の勇士といったものである。その容姿(泥棒ヒゲのガチムチ)と相まって、実に頼もしい限りだ。
「僕は右のスライムをやるから、ドロヒゲさんは中央、タロウは左の奴を相手してくれ! 行くぞッ!!」
「「おう!」」
村人Aが戦闘の構えを取ったのを見たカイトはすぐ様指示を出し、その指示出しに勇ましく応える俺と、村人A(泥棒ヒゲのガチムチなおっさん)改めドロヒゲ。
だが俺は、左のスライムを相手する振りをして二人の戦いを観察する事にした。俺が戦えば、スライム如きは瞬殺である。村の男連中総出で事にあたるというのに、俺がそんな事をしてしまえば興ざめである。
俺がそう思った瞬間に始まる戦闘。先ずはカイトの戦闘を見てみよう。
「うりゃああああああああぁぁぁ!!!!」
――ズシャッ!
「ピ、キィ……ィ……」
気合一閃。カイトは、向かって右のスライムへと突撃を敢行した。
さすが勇者を目指してるだけあってカイトの動きは俊敏で、あっという間にスライムを剣の間合いに捉えると、見事な剣筋でスライムを一刀のもとに斬り伏せた。中々に様になっている所を見るに、普段から訓練をしていた様だ。
インベントリから出した得物は、銅の剣だ。恐らくあの武器屋から買った物だろう。スライム相手にはオーバーキルは否めないがな。
カイトに次いで、ドロヒゲによる中央のスライムへの攻撃を見てみる。カイトもそうだが、ドロヒゲも優れた体格を活かした迫力ある攻撃である。体格の小さな俺からすれば、実に羨ましい限りだ。
「おぉりゃあああーーっ!!!!」
――ズッダァァァン!!!!!!
「ピ――ッ!?」
怒号を上げるドロヒゲの攻撃は、一撃でスライムを圧殺した。
ドロヒゲは、こんな辺鄙な村では珍しい鉄球フレイル……モーニングスターでスライムを秒殺にしていた。弾力性に優れたスライムと言えど、棘鉄球ではさすがに分が悪い。
だが、注目すべきはドロヒゲの戦闘能力であろう。卓越した技術が無ければ、モーニングスターなんてロマン武器は使えんだろう。恐らくだが、若い頃は冒険者として活躍してたのかもしれん。
……と、二人の様子に注目していた俺はと言うと、スライムにタコ殴り状態である。腕が無いのにタコ殴りとは、自分で言っておきながら笑える。いくら攻撃しても俺を倒せない事に、スライムもきっと涙目であろう。……スライムに目は無いが。そろそろ倒すか。
「えい!」
――ボヨヨヨヨヨヨヨヨヨン!
「ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ、ピ……キュゥ……ゥ……ゥ……」
鞠をつく様に、スライムを優しくポンと上から叩く。するとスライムは、俺の手と地面の間を何度も何度もバウンドし、あまりの高速バウンドにより繰り返される微ダメージで死んでいった。うむ、スライム手鞠歌とでも名付けるか。
「……終わったか?」
俺がスライムを倒した所で聞こえる、ドロヒゲによる呟き。そのセリフは、こういう場面では言ってはいけないとは思うが、まだまだ終わりではない事を俺は知っている。現に……
――ピキピキピキ……パリィーーン!!!!
『『『ピッキィー!』』』『『『ヂュウゥゥー!』』』
『『『バウワウッワオォォーン!』』』
……次元の穴が砕けて広がり、数多の魔物が姿を現した。脳内アナウンスでこの事を知っていた俺だが、フラグは立てない方が賢明だと思うぞ、ドロヒゲよ。
――スライムが100匹現れました。ビッグマウスが50匹現れました。バウンドドッグが25匹現れました。
――ボスモンスター『ワニゲーター』が現れました。
「グルルルルアアアアアアアアア!!!!!!」
俺たちの前に、数多の魔物を従えた巨大なワニの化け物が姿を現し、耳を劈く雄叫びをあげた。
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