タロウ、バンイチ村を散策する
タロウの身長は、自称160cmです……(´•ω•`)
「ここがバンイチ村で唯一の床屋さ。しかし、未だに信じられないよ、タロウが男だなんてさ」
カイトに案内されて、俺はバンイチ村の床屋へ向かっている。ようやく俺が男だと納得したのか、カイトの口調も同性の同年代へと向けた物へと変わった。友達みたいで、何か嬉しい。
カイトに案内してもらっているバンイチ村だが、その造りはロゼ村と同じくシンプルな造りで、ロゼ村と唯一違うのは、村の中心に商業施設が幾つかある事くらいだ。
商業施設と言っても、カイトに案内された床屋の他に店と呼べるものは、武器屋と防具屋、それと道具屋くらいである。
ちなみに、食材などは物々交換らしい。ゼルコインでも買えるらしいが、バンイチ村もほとんどが農家や酪農家である為、ゼルコインはあまり使わないとの事だ。その辺はロゼ村と同じだな。
食材はともかく、武器屋などは髪を切り終わったら覗いてみるのも良いだろう。良さげな物があれば買っても良いかもな。
「髪を切れば男らしくなるさ! ああ、それと、俺が髪を切り終わるまで待ってろよ? 他にも案内して欲しいからな」
「他にもって……後は武器屋と防具屋、それに道具屋くらいしか無いよ? まぁ、待つのは構わないけど」
カイトに待ってもらい、俺は散髪を済ませる。床屋のオヤジにもお嬢ちゃんだと間違われたが、男だと説明し、何とか短くしてもらう事が出来た。
今まで髪がかなり長かったせいか、刈り終えた今は頭がすごく軽く感じる。これで女と間違えられる事もないだろう。……筈だ。
ちなみに今の俺の髪型は、いわゆるマッシュウルフというものだ。厳密に言えば違うが、それに近いだろうと思う。我ながらカッコ良いと、床屋の鏡で見て自画自賛している。
「か、可愛い……」
床屋から出て来た俺に、カイトはそう言った。俺の聞き間違いだろうか? カッコ良いならともかく、可愛いなんて事はもう無い筈だ。
「これで男って分かっただろ? それと、カッコ良いって言ったんだよな……?」
アゴに右手を添え、キリリとした表情をしながらポーズを決めてカイトに確認を取る。うむ、俺が女ならばきっと放ってはおけない筈だ。ちなみにどんなポーズかは想像してくれ。
「可愛い……ハッ!? ゴホン……と、所で、何でタロウはそんな変なポーズをしてるのさ? 次は武器屋だっけ? 早く行くぞ!」
「むぅ、俺の滲み出るカッコ良さが分からないとは。これだから童貞は困るというものだ」
「う、うるさい! だったらタロウは違うって言うのかい? ぼ……私の見た感じ、タロウだって経験は無い筈だ。女の子っぽいし……」
「そ、そんな事はどうでもいい! 武器屋に案内してくれるんだろ? さ、さっさと行くぞ!」
こういうのを身から出た錆って言うんだっけ? 墓穴を掘るが正解か? ……どっちでもいいか。
その後、カイトの案内で武器屋を覗き、次いで防具屋を覗いた。
俺が言うのもアレだが、武器屋はろくな物が置いてなかった。檜の棒や棍棒、それにナイフが大半を占め、僅かばかりの銅の剣が飾ってある程度なのだ。まぁ、ゲームで言う所の最初の村だから文句を言っても仕方ないが、もう少しまともな武器を置いても良いと思う。
それに引き替え、防具屋は品揃えが良かった。大半は革の鎧系統だが、青銅の鎧系統も置いてあり、目を引く所で鉄の鎧まで取り扱っている。
盾などにしても種類が豊富で、革の盾から始まり、青銅の盾、鉄の盾、何と魔法効果を付与された革製の盾までもがあったのだ。これには俺もビックリである。
「オヤジ、この盾はどんな効果が付与されてるんだ?」
「お嬢ちゃん……中々にお目が高いな。そいつはな、装備した者の力を倍にするって逸品だ。うちの店の一番の目玉だが、値段も一番だ。名前は『リキドウの盾』という」
リキドウの盾……だと!?
まさか、伝説のプロレスラーである『リキドーサン』がこの世界に転生してたのか!!!?
これは、是非ともオヤジに確かめねばなるまい!
「オヤジ! そのリキドウの盾の名前の由来は何だ!」
「この盾の由来? そんなもんを知りたいって、変わったお嬢ちゃんだな。……この盾はな? 大昔、このキングダム王国を襲った魔王の軍勢から、その身一つで国を救った伝説の英雄……『リキ=ドーサン』が使った事があったかもしれないような気がする盾だ。……な? すげぇだろ?」
…………。
うーむ。オヤジの話を聞くに、伝説のプロレスラーであるリキドーサンがこの世界に転生したのは間違いない様だが、盾の由来の怪しさがハンパない。むしろ、完全なパチもんだろう。
この防具屋で一番の高額商品と言っても、値札には1000ゼルと表示されてる所を見ると、やはり怪しい。もしも、伝説になる程の人物が使っていた物ならば、それだけでも桁が一つは上だろう。となれば、名前にあやかった、なんちゃって商品の線が濃厚である。俺が敬愛してやまないリキドーサンの本物の品ならば、買うのも吝かでは無かったのだが。非常に残念である。
「確かにすごい。あの伝説の英雄、『リキ=ドーサン』が使った事があったかもしれないような気がする盾の名前が、『リキドウの盾』って微妙に違う所なんて特にな。ともあれ、説明ありがとう。邪魔したな」
「……痛いとこを突くお嬢ちゃんだな……! おととい来やがれ!」
「さ、次は道具屋だ。頼むぞ、カイト」
俺が男だと訂正する事も無く、カイトと共に防具屋を後にする。どうせ、もう立ち寄る事もあるまい。
しかし、防具屋の品揃えに関心した俺を殴ってやりたい。武器屋ともども、ろくな店じゃなかった。
「グハァッ!」
うむ。さすがは俺の拳だ、効くぜ……!
「……自分で自分を殴ってるけど、どうしたの?」
「……気するな。しかし、認めたくないものだな、若さ故の過ちとは」
「……まだ若いじゃん」
「う、うるさい! 早く道具屋に案内しろ!」
カイトの奴……中々に良いツッコミをするじゃないか。
俺が遊び人に転職した後、カイトの様に素晴らしいツッコミをする奴が是非とも欲しい所だ。出来れば一緒に着いて来てもらいたいものである。ボケにはツッコミが必要だからな。
だが、カイトにはカイトの生活や将来の夢があるだろう。まだ知り合って間も無い俺が、お前の才能が必要だ、是非とも着いて来てくれって言っても、カイトは拒否するだろうし、俺がカイトの立場でもそうする。
一応、ダメ元で頼んでみるか?
などと、道具屋に向かう最中そんな事を考えていた俺に、カイトは驚く事を言って来た。
「タロウって……何を目的にこの村に来たんだい? あ、そういうつもりで言ったんじゃない、目的云々じゃないんだ。純粋に観光や見聞を広める為に旅をしてるんでも良いんだけど……私も一緒に連れて行ってはくれないか? ……私は転職したいんだ。だから、王都エターニアまでで良いから、私と一緒に行って欲しい! 少ないけれど、もちろん礼はする。もしもタロウが嫌ならば諦めるけど、私は夢の為に王都まで行きたいんだ!」
正に、願ったり叶ったりだ。むしろ、俺の方からお願いしたい所存である。
しかし、それを素直に言うには照れ臭い。それに、こういうのは恩を着せた方が俺には得である。
「カイトの夢が何だか知らんが、俺にも……ん?」
恩着せがましく了承を伝えようとした所で、ズボンにしまっていた黒いコインの異変に気付く。不思議な事に、ブルブルと小刻みに震えていたのだ。感覚的に、スマホの着信時のバイブに似ているだろうか。
その震える黒いコインを取り出し、そっと手に乗せて観察してみた。震えるコインなんて不思議すぎる。
「何だい、その黒いコインは?」
「ああ、これは宿の……ッ!?」
カイトにそう訊かれた事で気付いた。もしも黒いコインがカイト達の物だった場合、それを勝手に持ち出した俺は窃盗犯になってしまう。何とか誤魔化さねば!
「……宿を取る前に道端で拾ったんだ。震える黒いコインなんて珍しいだろ?」
「へぇ、初めて見るよそんなコイン。本当だ、震えてる……! 珍しいね、震える黒いコインなんて」
「だろ? お、俺もそう思って拾ったんだよ!」
どうやらカイト達の物じゃなかったらしい。だが、カイトの物じゃなくても、もしかしたらマムやデニーの持ち物の可能性もある。このまま道で拾った事にしておこう。
そう思った時だった。バンイチ村を震撼させる出来事が起きたのは。
――警告。『穴』が発生しました。
「警告? それに、ホール……だと?」
脳内アナウンスが突如として聞こえ、その言葉に首を傾げる。
何故、脳内アナウンスが突然聞こえたのか。今までは魔物との戦闘の時や戦闘終了時、もしくは『努力』の効果が発生した時しか聞こえなかったものが、安全な筈の村の中で、しかも何でもない時に聞こえたのだ。不思議に思うのも無理はないだろ?
「うわああああああ!!!? ま、魔物だぁーッ!!!!」
村人A(泥棒ヒゲのガチムチなおっさん)の叫びで、それが始まった。
お読み下さり、ありがとうございます!