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タロウ、カイトと出会う

他人のクローゼット、開けたくなりますよね!

 

『春のツバメ亭』に宿を取り、女将に案内された部屋にて、俺はクローゼットの扉に手をかける。ちっちゃなメダル的な物が入っていれば儲けものである。集めれば、素敵な道具と交換してもらえるかもしれない。


 そんな邪な事を考えつつ、クローゼットの両開きの扉を開けた。


「……ですよねぇ〜! 人に貸す客室なのに、物が入ってたら変だもんなぁ!」


 そもそもクローゼットを利用する客は、長期に渡って泊まる客くらいしか居ないだろう。しかも、かなり寂れた寒村であるバンイチ村に、長期間滞在する旅人が訪れる事は無いと思える。つまり、クローゼットの中には何も入ってる筈が無いのだ。


「……ん?」


 しかし、よく見ると、クローゼットの下の隅に違和感がある。何だろうと思い、しゃがんでそこを更に目を凝らして見ると、何やら黒光りする謎の物体があった。


「これは……黒いコイン……なのか?」


 その黒いコインを手に取り、ジッと観察してみる。裏表、何も刻印の無い、まるでボタンの様なコインだ。大きさは直径3cm程。色が黒い事を除けば、何の変哲もないコインである。

 俺は開けたクローゼットを閉めつつ、手に入れた黒いコインを齧ってみた。気分は、金メダルを獲得したスポーツ選手である。


「ふむ。やはり味も何も無い、ただのコインか」


 誰も見てないが、コインを齧った事が何となく恥ずかしくなり、誰に言うともなく独り言ちる。

 まぁ恐らく、以前泊まった誰かがクローゼットを利用し、その時に衣服から落ちて忘れられたコインだとは思う。それもゼルコインとは違い、真っ黒なコインだ。イタズラ目的で誰かが造った物かもしれないな。


 ちなみにだが、ゼルコインは白金色をしていて、光の反射で虹色に輝くコインである。詳しくは分からんが、偽造は出来ないらしい。

 何故ならば、ゼルコインの組成を調べようにも、炎で熱して溶けないし、かと言って砕く事も出来ない。唯一分かってる事は、魔物を倒した時にしか入手出来ないという事だ。


 魔物を倒せば手に入るなら、どんどんゼルコインが増えて、その挙句、貨幣価値が下がるんじゃないかと心配にもなるが、それは大丈夫らしい。

 これは後に知った事だが、ゼルコインは魔物を倒すと手に入る事から、コイン自体に魔力を蓄えているらしく、その魔力を利用した魔道具に使用するのだとか。何が言いたいのかと言うと、ゼルコインは内包する魔力が尽きると消滅するらしい。

 つまり、魔道具にも使われて大量に消費するからこそ、ゼルコインの価値は一定という事である。


 まぁゼルコインはともかく、俺はクローゼットから手に入れた黒いコインを布のズボンのポケットにしまい、クローゼットの隣にある化粧台の鏡を覗き込んだ。この世界で初めてとなる鏡である。果たして、俺の容姿とは……?


「……女と間違われても、これじゃ仕方ないな」


 化粧台の鏡に映った俺の容姿は、正に女と間違われても可笑しくないものであった。

 健康そうな白い肌に、丸みを帯びているが整ったフェイスライン。あまり切らない伸びた髪の毛は黒色で、頭の後ろで革紐で無造作に結ってるからポニーテールに見える。

 顔のパーツに目を移せば、パッチリ二重のキリッとした眼差しで、瞳は髪と同じ黒色であり、筋が通っている鼻はこじんまりとしていて、自分でも可愛く見えてしまう。更に言えば、少しぷっくりとした唇もとても可愛い。……完璧に美少女顔である。


「……この村に床屋があれば髪を切るか。しかし俺って、こんな顔だったのか。身長が低いから確かに女に見えるけど、胸が無い事とシンボルが付いてる事がせめてもの救いか。……って、付いてるよな!?」


 慌ててズボンとステテコパンツを下ろして、それを確認する。とても可愛らしいが、しっかりと付いてる事にホッと安心した。まだ未使用だが、だからこそ大事なシンボルである。その時になってありませんでしたじゃ、洒落にもならん。……だからと言って、その時に「や〜ん、小さぁい! 随分と可愛らしいのね、うふふ♪」なんて言われたら立ち直れないかもしれんが。


 …………。


「……さて、そろそろ村を散策するか!」


 下げたステテコパンツとズボンを戻し、悩ましい気分を切り替えた俺は部屋を後にし、一階に降りてトイレに向かう。バンイチ村に到着した頃から我慢してたのだ、そろそろ限界である。村を散策するにしても、しっかりと用を足さねば落ち着いて散策も出来ないというものだ。


 階段下にあるトイレの扉を俺は開いた。途端に目に入るのは、用足し中の若い男の後ろ姿。


「う、うわぁっ!? ちょ、ちょっと待って!? 何で女の子がノックもしないで開けるのさ!?」


 俺はノーコメントで扉をそっと閉めた。今の記憶を消したい所存である。


「か、勝手に開けて、謝りもしないで無言で閉じるなんて酷くない!? 花も恥じらう男の子のトイレシーンを覗いたんだよ、君は!」


 用を足し終わったのか、トイレから出て来た若い男はそう捲し立てて来た。俺は無言のまま、出て来たそいつの代わりにトイレへと入る。うむ、ようやくスッキリ出来る。


「それで、お前は誰だ? この宿の宿泊客か?」


 スッキリした所で、トイレから出てそいつに誰何した。俺を女の子と間違えた事は今の所は不問とする。先ずは誰かという事を確認してからだ。


「君、可愛い顔してるからって、自己中だと彼氏なんて出来ないよ? まぁいいや……。僕……私の名前は『カイト』。この『春のツバメ亭』の一人息子さ! さぁ、君の番だよ?」


 女将が言ってた倅とはコイツの事か。


 俺が久しぶりの客だと宿の主人のデニーが言ってたし、消去法でいくと俺が会ってないのはその倅だけなのでそうじゃないかとは思ったが、何せコイツは、女将とデニーに似ても似つかん。身長は180cmはありそうだし、体付きも筋肉質なものだ。言動はともかく、顔は爽やかなイケメンを地で行っている。イケメン死すべし、である。


 しかし、恰幅の良い女将とヒョロヒョロの貧相な体の親父から、何故にこうもカッコ良いのが生まれて来るのか。唯一同じ特徴と言えば、女将とデニーと同じく、髪が青いって事だけである。遺伝子の神秘に驚くばかりだ。


 いや、まだだ。まだコイツが倅だと決め付けるのは早すぎる。本物の倅だったら、俺の質問に答えられる筈だ!


「俺の名前の前に、お前……カイトは、本当にこの宿の倅か? 本物の倅ならば、俺の質問に答えられる筈だ。……両親の名を言ってみろ!」

「……母さ……お袋の名は『マム』で、親父の名はデニーだ」

「おお! 女将の名はマムって言うのか、知らなかった!」

「知らないで聞いたのかよ!?」

「女将が名乗らなかったのだから、当然知らなかったぞ? だが、今は知っている!」

「なんて女の子だ! 上から目線がすごくムカッと来るよ!」


 うむ。そろそろ名を名乗った方が良いか。どうやら、間違いなくこの宿の倅みたいだしな。それに、俺が男だと訂正もしなくてはならん。


「俺の名はタロウと言って、れっきとした男だ!」

「なっ……!?!?」


 俺が男だと言った途端、カイトは目を白黒させて絶句した。しかし、そこまで驚くか!? むしろ、こちらが驚きである。


「大事な事だから二回言うが、俺は男だ! ……それはさておき、カイトにこの村を案内して欲しいんだが? それと、床屋があるならそこも案内してくれ」


 女に間違われる原因の一つに、俺の髪が長い事もあるだろう。ならば、やはり切って短くした方が間違われなくて済む筈だ。


「…………」

「カイト? ……カイト!」

「えっ!? あ、あれ? え、あ……何かな?」

「村の案内を頼みたいと言ったんだ。それと、もう一度言うぞ? 俺の名前はタロウで、男だぞ?」

「あ、あぁ……分かった。名前はタロウで、男……!? それと村の案内、ね」


 ……本当に分かってるのか、コイツは?


 何だか頼りないが、俺はカイトの案内で村の散策をする為、『春のツバメ亭』を後にするのであった。

お読み下さり、真にありがとうございます!

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