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タロウ、クローゼットを発見する

タロウの容姿が、ようやく少しだけ分かります。

 

 村人A(泥棒ヒゲのガチムチなおっさん)から教えてもらった通りにバンイチ村の中心に向かうと、確かに二階建ての建物が見えて来た。バンイチ村で唯一の宿屋と言う事だが、どこからどう見ても普通の一軒家である。泊まれるならば文句は無いが、風呂があって食事が美味ければなお良い。

 最悪風呂は無くても体を拭けば済む話なのだが、飯が不味いのは許せん。こう見えて俺は、味にはうるさいのだ。


「すいません! 今晩の宿を取りたいんですが!」


 宿屋の扉を開けて中へ入ると、一階を食堂として使っているのか、そこは小さな定食屋の様になっており、四人がけのテーブルが一つと椅子が四つ真ん中に据えられていた。奥に目をやるとカウンターがあり、どうやらその奥がキッチンとなってるみたいだ。という事は、宿泊する部屋は二階にあるのだろう。

 宿の造りはともあれ、店主の姿が見えないので大声で呼んでみたのだが、返事が無い。本当にやっているのだろうかこの宿屋は。

 寒村故に客も少ないのは分かるが、それにしても不用心である。普通、店主は見える所に居るもんだぞ?


「あ、はーい! ちょっと待っておくれ!」


 不用心だと思っていた矢先、カウンター脇の奥から声が返って来た。上からの様に聞こえる事から、どうやら店主は二階に居たらしい。暇すぎて寝てたのだろうか?


「はいはい、あれ? お客さんかい? こんな村に来るなんて珍しい事もあるもんだねぇ。いやいや、せっかくのお客さんなんだから、しっかり接客しないとねぇ! それで……えーと、素泊まりは10ゼルで朝食付きが15ゼル、それで夕食と朝食の二食付きが20ゼルだよ! どうするんだい?」


 ドタドタと聞こえて来そうな足取りで現れた恰幅の良い宿屋の女将。営業するのは良いが、先ずは宿屋の名前を教えて欲しい所である。


「この宿の名前は何と言うんだ? それと、飯は上手いのか? 風呂が有ればありがたいが、飯が美味ければ風呂は無くてもいい」

「風呂は無いけど、5ゼルでお湯は提供してるよ。それに、飯は自慢じゃないけど自信があるよ! ああ、それと、うちの名前だね? うちの名前は『春のツバメ亭』って言うんだ。ツバメが春になると毎年戻って来る様に、うちを利用した旅人達がまた戻って来る様にって願をかけて付けたんさね。まぁ、中々戻って来ないんだけどね! あっはっはっはっはっ!」


 俺の質問に、恰幅の良い女将はそう言って豪快に笑う。風呂が無いのは残念だが、飯の味に自信があると言うし、何よりその気風に好感が持てる。

 と言うか、村に一つだけしか無い宿屋なのだから、ここに泊まる以外の選択肢は無い。


「二食付きで頼む」

「はいよ! お湯はどうするね?」


 そうか。なにぶん、宿に泊まるのは初めての事なので、風呂が無いと聞いた事を忘れていた。本当は風呂で汚れを落としたい所だが、この際贅沢は言わない。

 ロゼ村を発ってから今日で五日。さすがに匂いが気になっていたのだ。


 ん? この村まで一日で着いたと思ったのか?


 そんな訳は無い。特に面白い事も無かったので割愛しただけである。ちなみに野宿だったぞ? ……どうでもいいだろうが。


 ともあれ……


「ああ、頼む。全部で25ゼルか……ちなみに聞くが、宿の相場ってどんなもんなんだ?」


 ……インベントリから25ゼルを取り出し、それを女将へと払いながら宿の相場を聞く。この村の基準じゃ当てにならないかもしれんが、知っておいて損は無いだろう。社会勉強にもなるし。


「うーん、そうだねぇ……。このバンイチ村は旅人もそれ程多くは来ないから、うちの料金は割高かもしれないねぇ。本当はもう少し安くしたい所だけど、あたしも商売だから背に腹は変えられないんだよ。ロゼ村跡地じゃ無くて、カンドセの街に向かうんだったら、その街の宿の料金はうちよりは安い料金で泊まれると思うよ」


 25ゼルでも割高料金なのか。今の俺からすれば微々たる物だが、意外とこの世界の人間には高い料金なのかもしれないな。

 魔物を倒せばお金は簡単に手に入るが、案外魔物を倒してお金を手に入れようとする人間は居ないのかもしれない。まぁ、危険な魔物を相手にするより、安全な人間相手の商売を選ぶのは仕方ないのだろう。

 ……と言うか、女将の口から聞き捨てならない言葉が聞こえて来た。


 ロゼ村跡地だと!? 俺はそこで暮らしてたっていうのに、跡地な筈ないだろう!?


「女将さん! 俺はロゼ村から来たんだぞ? 跡地だなんて変な事を言うのはやめてくれ!」

「それは本当かい? 変だねぇ……20年前に西の森林の魔物が氾濫した時に滅んだって聞いたんだけど……? まぁ、お客さんがロゼ村から来たってんなら、きっと復興したんだろうね。……すまないねぇ、気を悪くしたら謝るよ」

「いや……俺の方こそ大声を出してすまない。少し驚いたんでな」


 今現在、ロゼ村は確かに在るのだから、俺が女将に話した事で滅んだなんて誤情報も訂正されるだろう。

 しかし、これで謎が一つ解けた。ロゼ村を訪れる人がいない事を変に思ってたんだ、俺。滅びたなんて思われてたら、わざわざ何も無い村に行こうなんて誰も思わないよな。


「それじゃ、お部屋を案内するよ! 着いて来ておくれ!」


 話が一段落した所で、女将は俺を部屋へと案内する。俺が思った通り、カウンター脇の奥に階段があり、そこから二階へと上がった。


「ここだよ! ああ、そうだ。お手洗いは階段の下に一つだけあるんだけど、あたしらと共同だから我慢しておくれよ? まぁお嬢ちゃんはあたしと同じ女だからそこは良いだろうけど、倅と旦那も使ってるから使う時はしっかりと鍵を掛けておくれ。用を足してる時に開けられたら嫌だろ?」


 宿泊する部屋は二階に上がって直ぐの部屋だった。木造の建物特有のシックな扉と部屋に、(おもむき)を感じる。


 しかし、女将の口からは再びの聞き捨てならない言葉が。


 せっかく、趣のある宿屋の雰囲気を楽しんでいたというのに、その言葉によって台無しである。村人Aにも間違えられたが、そんなに俺は女に見えるのか!?


「女将さん……俺、男だぞ?」

「おや。綺麗な肌に可愛い顔立ちだから、あたしゃてっきりお嬢ちゃんかと思ったよ。背もそんなに大きく無かったしねぇ」

「いや、言葉遣いで分かるだろ!? 俺って言ってるし!」

「世の中には、そういう言葉遣いのお嬢ちゃんも居るからねぇ」

「そ、そうなんだ……」

「それじゃ、ごゆっくりね。夕食の準備が整ったら呼ぶからね!」


 俺が男だと本当に分かったんだろうな、女将は。

 そう怪しむ俺の視線をものともせず、女将はノシノシと一階へと降りて行った。これから色々と準備をするのだろう。


 ――ガチャリ……ギィィィ。

「おお、これは可愛いお客さんだな!」


 俺が泊まる部屋の隣から、『春のツバメ亭』の主人らしき男がそう言いながら出て来たが、可愛いは余計である。

 主人らしき男は恰幅の良い女将とは違い、とても痩せている。むしろ、貧相と呼べる程である。女将に栄養を取られているのだろうか?


「今晩お世話になるタロウです、よろしく」

「お嬢ちゃんじゃなく、坊っちゃんだったか! これは失礼したね。私はこの宿の料理人を務める『デニー』だよ、よろしく。今晩は腕によりをかけて作らしてもらうから、夕食を楽しみにね!」


 デニーと名乗った男は女将と違って、俺が訂正する前に俺の事を男と認めて謝罪した。中々に出来た男である。

 礼儀をきっちりとする男は好感が持てるし、その心配りで美味い飯も作れそうだ。豪快な女将はともかく、この旦那が居るからこの宿は潰れないのかもしれないな。


「さて、久しぶりのお客さんだ。さっそく食材を用意しなくちゃな!」


 デニーはそう言うと、フラフラしながら一階へ降りて行く。その様子を見ると、本当に料理なんて出来るのかと疑いたくもなるが、本人はヤル気満々なので大丈夫なのだろう。


「さて、夜までこの村を散策でもしてみるか」


 部屋の中に入り、インベントリから汚れ物を出して、備え付けのカゴの中へと放り込んだ。そこで、ふと思う。……洗濯はしてもらえるのだろうか?

 まぁ汚れ物入れとしてカゴがあるのだから、そのくらいのサービスはあると信じたい。と言うか、洗ってくれ。


 ああ、言い忘れてたけど、部屋の間取りは至ってシンプルである。

 扉を開けて中に入ると正面に大きな窓があるのだが、その窓に向かって右側にベッドが設置してあり、左側にクローゼットと汚れ物を入れるカゴがある。クローゼットの隣には化粧台がある事から、女将はやはり俺を女として見ているのだろう。甚だ遺憾ではあるが、どうせ一晩だけの付き合いなので諦めるとしよう。


 しかし……クローゼットか。


 クローゼットと言えば、やはり扉を開けて中を確かめねばなるまい。もしかしたら、ちっちゃなメダル的な物が見付かるかもしれないし。……後で食堂にあったツボも確認してみよう。


 邪な事を考えつつ、俺はクローゼットの扉へと手をかけるのであった。

お読み下さり、真にありがとうございます!

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