タロウ、今度こそ旅立つ
ほのぼのと進むのは良い感じですね♪
「それじゃ父さん、そして母さん。今度こそ俺、行くよ」
「……本当に、出て行くのか? てっきり、俺の後を継いでくれると思ってたんだが」
「母さん、頼りないタロウが心配よ……」
……デジャヴュを感じた。ちょうど一年前にも同じ会話をした気がする。
「俺には夢がある! 遊び人を極めて、そして賢者になるという壮大な夢が!」
「お前……あのお伽噺をまだ信じてたのか!? 16歳にもなって恥ずかしい……。だが、この一年でお前がした努力を俺は知っている。お前の人生だ……好きな様に生き、好きな様に死ねば良い。だけど、これだけは約束しろ。決して諦めるんじゃ無いぞ? 努力した者に天は微笑む。それを肝に銘じ、頑張って来い!」
「タロウ、父さんの言う通りよ? それに……たまには帰って来るんでしょ? その時には、必ず元気な姿で帰って来るのよ? そして、タロウの出世話を楽しみにしてるからね?」
これ、アカンやつやん……!
「うぅぅ……父さん……母さん……! 今まで育ててくれて……あり、がとう……ございましたぁ……! 俺……必ず立派に……なるから……ね……!」
「馬鹿野郎……! 旅立ちの日に泣く奴があるか!」
「えぇ……えぇ……グスッ……うぅぅ……」
「父さん……母さん……うわあぁぁぁん!」
……旅立ちは翌日となった。察してくれ。
「じゃあ、今日こそ本当に行くよ。父さんも母さんも元気で暮らせよ?」
「おう! お前もな!」
「母さん、タロウが死ぬまでは死なないから大丈夫よ!」
「それじゃ!」
春を迎えた風は暖かく、空は雲一つ無く快晴。旅立つには絶好の日だ。見慣れた実家、それに農村Aの風景も今日で見納めと思えば寂しくもあるが、またその内戻って来るさと颯爽と歩き出す。
目指すは『キングダム王国』の王都、『エターニア』。
歩きでは二ヶ月程かかるらしいが、ゆっくり気ままに行こうと思う。焦っても仕方ないし、何より、俺が生まれたこの国の見聞を広めたい。深い知識も賢者には必要だろ? ……とりあえず目指すのは遊び人だが。
ともあれ、前途を明るく照らすかの様な暖かな春の陽射しの中、俺は街道をゆっくりと進んで行く。気分も上々というものである。
「ピキィー!」
「出たな、スライム! 一年前は苦労したが、もう相手にもならん! ――ハァッ!」
気分良く街道を進む俺の前に、一年前と同じ場所にてスライムが現れる。もしかしたら固定ボスなのかもしれない。今となっちゃ雑魚でしか無いが。
「ピ……ッ!!」
軽く地を蹴り、瞬時にスライムの背後へと回ると同時に小指で軽く小突く。それだけでスライムはドロドロに溶けて、地面へと染み込む様に消えて行った。
――魔物名、スライムを倒しました。1ポイントの経験値を獲得しました。1ゼルを手に入れました。ユニーク武器『スライムナイフ』を手に入れました。
ユニーク武器なるものをドロップしたが、それの説明は後回しだ。
女神様が、面倒くさそうにしながらも俺に与えてくれた『努力チート』。それは正真正銘、本物のチート能力だった。
俺はこの一年、ひたすら努力に努力を重ねた。数多くの魔物が棲息するあの森林を、それこそ庭と呼べる程に走り回ったのだ。数多の魔物を屠りながら。
そんな俺の今のステータスはこれだ。
「オッケーグー〇ル……じゃ無くて、ステータスオープン!」
♦♦♦
名前:タロウ
LV:Ω
職業:村人
HP:Ω
MP:Ω
力:Ω(+3)
体力:Ω(+3)
知力:Ω
魔力:Ω
素早さ:Ω
運:Ω
経験値:Ω
スキル:無し
ユニークスキル:【努力】→【根性】new
ユニークスキル:【閃き】new
称号:【超越者】new
♦♦♦
うむ、自分でも何が何だか分からん。だいたい、Ωって何だ? もはや数字ですら無いし、読み方さえ分からん。
それに、ユニークスキル『努力』が『根性』になってるし、知らない間に称号『超越者』なんて物まで表示されている。
これ、人に見せたらアカンやつやん。
あ、今気付いたが、新たなユニークスキルを覚えてる。しかも『閃き』とか、何となく賢者っぽいスキルだ。ふっ……これも主人公特性故の性って奴か。
ちなみにだが、俺の収納空間に入ってるお金は百億ゼルである。つまり、大金持ちだ。数多くの魔物を屠ってる内に知らずに貯まっていた。農村Aでは物々交換が主流であった為使う機会が無かったが、これからは街や王都に行く訳だから貯まったお金も使えるだろう。
ちなみに、両親にもこっそりと渡してある。……ツボの中にだが。誰かに割られない内に見付けてくれる事を祈るばかりだ。
あ、税金……お金では無いが、年に一回税として農作物は国に納めていたぞ? 実家は貧乏農家だが、納めるもんはきっちり納めていたのだ。
毎年秋になると、役人が10人程取り立てにやって来ていた。その役人の話によると、街や王都などではしっかりとお金で税金を納めているらしい。農作物が税なのは、物々交換が主流の農村ならではなのだとか。
まあ税金はともかく、俺みたいな田舎からのお上りさんが、そんな百億ゼルなんて大金を使ったら間違いなくあらぬ嫌疑を掛けられるのでバンバンは使わないが、必要な物が有れば惜しまずに使う所存である。
おっと、そうだった。先ほど手に入れたユニーク武器の説明をしておくか。
『スライムナイフ』とは、一応ボス扱いのスライムがごく稀にドロップするアイテムである。性能はスライムがドロップする物にしては非常に良い物で、使用者の意思で任意の武器へと変化するという物だ。今の俺が使用したとするならば、間違いなく『グローブ』や『ガントレット』へと変化させるだろう。この一年、拳一つで魔物を相手にして来たのだからな。
だからと言って、『スライムナイフ』を装備するつもりは無い。むしろ、今の装備は一年前に旅立とうとしていた時のままだ。腐った木の棒やお鍋のフタなどの武器は装備して無いが、布の服、布のズボン、それにステテコパンツを身に付けている。着心地、履き心地が最高です。
そんなチュートリアル的な事を説明する内に、農村Aの隣村となる『寒村A』が見えて来た。初めて訪れるのに寒村などと呼ぶのは失礼であるが、そういう感じにしか見えない。果たして村の名前は有るのだろうか?
「そこの者、止まれ! 見た所……女か?」
「失礼なっ! れっきとした男だぞ!?」
「む、男だったのか……これは失礼。して、この『バンイチ村』に何の用だ?」
寒村A……バンイチ村の入口にて、門番らしき村人A(ガチムチなおっさん。ちなみに泥棒ヒゲである)に声を掛けられる。どこからどう見ても男であるこの俺に、女と聞くのは実に失礼である。ちゃんと付いてるぞ?
と言うか、俺……そんな見た目なの!? 実家はおろか、農村Aに鏡なんて高価な物は無かったから自分の見た目なぞ知らなかったのだが、女に間違われる程とは……!
ま、まぁいい。
「俺はタロウと言って、エターニアまで転職する為に向かう旅の途中だ。この村には今日の宿を求めて立ち寄っただけだ」
「なるほど、転職する為の旅の途中か。この村にも一人そんな奴が居るが……まぁいい。こっちの街道から来たとなると、『ロゼ村』から来たのか? あの村、まだ在ったんだな。とうに滅びたと思ってたぞ」
何と、ここで新事実が発覚! 農村Aはロゼ村という名前があったのだ。これには俺もビックリである。
両親よ、村の名前があるなら教えてくれても良かったんだぞ? 危うく恥をかくところである。
「確かに村で若者は俺一人だが、しっかりと村はあるぞ?」
「そうか。見た目はともかく、お前……タロウと言ったか。タロウに特に怪しい所も無いし、村に入るのを許可する。ああ、宿を探してると言ったな? このまま真っ直ぐ村の中心まで進むと、村で唯一の二階建ての建物がある。そこがこの村で一軒だけの宿屋だから訪ねるといい」
「ありがとう、助かるよ」
村人A(泥棒ヒゲのガチムチなおっさん)は俺に宿屋の場所を教えると、直ぐ近くの家へと入って行った。村の入口から家が近いから門番を頼まれてるのかもしれない。野盗などに村が襲われた時、真っ先に狙われるだろうから自ら率先して門番をやってるかもしれんが。
ともあれ、俺は生まれて初めて、実家のあるロゼ村以外の村へと入るのであった。
お読み下さり、真にありがとうございます!