プロローグ?
俺の名前は『タロウ』。漢字で書けば、太郎だ。役所などの見本で良く目にするだろう? その太郎が俺の名前だ。
そんな冴えない名前の俺だけど、何故か俺はドクロが散りばめられた禍々しい玉座に座っている。玉座と言うからには城を想像するだろうが、城は無く、ただ禍々しい玉座のみが山の頂きにあるのだ。
その玉座から空を見上げれば漆黒の闇に覆われ、稲光が絶え間なく轟音と共に迸っており、地を見渡せば、土は瘴気に蝕まれて異臭を放ち、草木が生える余地も無い。遠くに見える筈の海は、その全てがあらゆる物を溶かす毒の海となっている。
ここは魔界と呼ばれる、神から見放された世界である。光に属するものは一切存在しない、恐ろしい闇が支配する世界なのだ。
そんな魔界の玉座に座る俺の眼下には、見るも恐ろしい悪魔や魔物、それに堕天して醜く歪んだかつては天使だった者らが跪いている。
その数、数千万。例え神の軍勢だろうと、コイツらに勝てる奴は居ないだろうと思う。
――どうしてこうなった?
「我が神、タロウ様。人間どもめが勇者なる者を異界の地より召喚した様にございます。如何致しましょう?」
俺の副官……なのか? 副官を自称する魔王『サタン』が俺に跪き、上目遣いに俺の意見を伺う。マイクロビキニの下着一枚のあられもない姿に、俺は視線をそっと外した。
サタンと聞けば、泣く子も黙る魔界の大魔王のイメージが強いだろうが、俺の目の前に跪くサタンはキリリとした眼差しが特徴のクールビューティな女の子だ。それも、歳の頃は18歳で、ボンキュッボンを絵に描いた様なスタイルなのである。マイクロビキニの下着姿も然る事乍ら、実にけしからん体型だ。俺の股間も反応するという物である。
だが俺は、湧き上がるその煩悩を鉄の意思で押さえ付け、カッと目を見開きサタンに答えた。
「いや、あのね? 出来る事なら、なるべく穏便に済ましてくれたら嬉しいなぁ……なんて」
「はっ! 仰せのままに! タロウ様は仰った。全軍を挙げて勇者とやらを血祭りにあげ、人間どもをこの世界から抹殺せよ!」
『『ウオオオオオオオオオッッ!!!!!!』』
サタンの号令に、数千万の配下の悪魔や魔物達が叫びを上げる。その声だけでも弱い人間ならば命を失いそうだ。
――どうしてそうなる!?
「い、いや、だから、あのね? ぜ、全軍、た、待機……という事でお願いします!」
「ルシフェル! 貴様……タロウ様の言葉を聞いていなかったのか!? この、たわけがっ! 全軍、待機ーっ!!」
「グハァッ!! も、申し訳ございませぬッ!」
サタンはルシフェルを殴り付けてそう言い放った。サタンの見事なまでの責任転嫁に笑いそうになるが、笑ったら終わりだと俺の予感がそう告げる。
ルシフェルだって、堕天して悪魔となった元天使達を束ねる魔王の一体だ。それを一撃で血塗れにするサタンが怖いし、それを平然と受け止めるルシフェルも怖い……。
逃げちゃダメでしょうか? ……ダメですよね、分かってます。
「わ、分かってくれたなら、俺も嬉しいよ……」
「お褒め頂き、恐悦至極に御座います。しからば、人間ども及び、勇者とやらは放置という事でよろしいでしょうか?」
「う、うん、それでオッケーだよ……褒めて無いけど」
「今、何と……?」
「い、いや、何でもないよ。アハハハハハ……はぁ」
サタンは、ナイスなボディな上に超が付くほどの美人だ。言うなれば、美魔女ならぬ美魔王というやつである。
そんなサタンが頬を赤らめながら上目遣いで訊ねて来る姿は、本当にエロい……いや、破壊力抜群だ。
終始、サタンのエロくて可愛い身体……エロカワボディに圧倒され、視線を合わせられないままに俺は返事をした。
……童貞の俺には刺激が強過ぎるんだよ!
ともあれ、とりあえずはこれで一安心。勇者を含めて、人間が滅びる事がなくて本当に良かった。
なんて、ホッとしたのも束の間……
「タロウ様? このルシフェルめは如何致しますか? 堕天使軍を率い、神の軍勢を滅しますか?」
「……そ、それもダメ……かなぁ? あ、だ、ダメ! 絶対にダメだからね?」
「御意……!」
……サタンに殴られ、血塗れになってた筈のルシフェルは綺麗に元の姿へと戻り、やはり上目遣いで俺に伺いを立てて来た。こちらもサタン同様、とても美しい女の子である。
サタンがダイナマイトボディを誇るならば、ルシフェルは清楚で慎ましやかな女の子だ。着ている物が軍服という事を除けば、是非ともお付き合いしたい所存である。
「サタンもールシフェルもー、タロウ様を困らせちゃダメだよー!」
「ベルゼ! このサタンに意見するとは何様のつもりだ!」
「そうだぞ、ベルゼブブ。大魔王サタン様及び、魔界の副王であるこの魔王ルシフェルに意見するなど百万年早いわ!」
サタンとルシフェルに意見したのは、ベルゼブブという幼い女の子だ。見た目は七歳くらいだろうか。何故かダボダボの男物の服に袖を通している。
青い髪にアホ毛が特徴の可愛い幼女だが、いくら上目遣いで俺の事を見ても俺にその趣味は無いので無駄だ。せめて、あと十歳程見た目の年齢を上げてくれればストライクなのだが。
ちなみにだが、サタンの髪の色は真っ赤で、ルシフェルは金髪、ベルゼブブが青という事で、俺の中では信号機と密かに呼んでいたりする。
その信号機トリオの下にも魔界の幹部連中が名を連ねているが、いずれも揃って美少女だらけである。中には、全裸なんて奴も居たりする。
だが、俺は知っている。その正体が一撃で山を砕き、海を割る事の出来る正真正銘の化け物であると。
何で俺がコイツらの上に君臨してるのだろうか。賢者を目指していた筈なのに……。
☆
俺の名前はさっきも言ったが、タロウだ。漢字で書くと太郎と説明したので分かると思うが、転生者である。
訳あって、異世界へと転生した。……察してくれると、俺としては助かる。
…………。
分かったよ! 言うよ! 言えば良いんだろ!
呆気ない最期だった。高校に向かう途中、電車にはねられて死亡したのだ。それも、ホームで電車を待ってる時に誰かに押されて。混雑時だった事もあるが、みんなも気を付けろよ?
それで、死亡時の年齢は花も恥じらう十七歳で、当然独身だ。経験済みが多いという昨今、未だに俺は童貞だった。悔やむに悔やみ切れない。
言いたくなかった理由が分かっただろ? 在り来りなんだよ、悪いか!
まぁ、それは良いとして。いや、良くないけど。
ともかく俺は、死後の世界へと旅立ったのだ。
そして出会ったのだ。在り来りと言われようが、女神と呼ばれる存在に。
女神と言っても光り輝く球体なのだが、何故か女神だと分かる。数多の輪廻転生を経て、魂が覚えてるとでも言うのだろうか?
『あら? 貴方……まだ死ぬ予定じゃ無かったのに、どうして死んだの?』
「え?」
女神はそう俺に告げた。
どういう事だ? つまり、俺はまだ死ぬ予定じゃなかったのに死んだって事か?
だったら生き返りたい! ……まだ、経験無いし。出来る事なら、女体の神秘を味わってから死にたい。
『仕方ないわね。こちらの手違いで死なせてしまった以上、貴方は天国へと行けるわ。このまま天国に行くか……それとも、転生するか。天国に行く場合は、しばらく天界で過ごした後にまたこの世界に生まれ変わるし、転生する場合は、貴方の世界とは異なる世界で生まれる事になる。どうする?』
生き返りたいという俺の願いはあっさりと潰えた。うん、俺もそんな気はしてた。
となると、やはり選ぶのは一つしかない。もちろん、異世界への転生だ。
こういうのってアレだろ? チート的な能力が与えられて、異世界で無双するっていう例のアレ。死んだ事は置いといて、何だか楽しくなって来た!
何故、その事を俺が知っているのか気になるだろう?
それでは疑問に答えよう。
高校当時、中二病を患っていた俺は例に漏れず、ラノベを愛読していた。だから女にモテなかった……って、うるさい!
つまりはそういう事だ。端折り過ぎとは言わせない。
「だったら、俺を転生させてくれ! 死んだら、異世界って所に転生するのが夢だったんだ、俺!」
『貴方もそう、なのね? それでは良い人生を!』
「え? ちょっと待って!? チートとか最強ステータスとか、そういうのは無いの!?」
『……分かったわよ。じゃあ……えっとぉ……努力チートってのをあげるわね? それでは良い人生を!』
「え、ちょ……待っ……!?」
努力はチートじゃ無い事を俺は知っている。つまり、俺はチートを貰えないという事だ。
おかしい。手違いで死んだのならば、そういう特典があっても良い筈だ。やり直しを要求する!
とは思っても、結局そのまま異世界へと転生してしまった。
その世界は、正に俺が夢見た世界だった。そう、剣と魔法が支配する世界……ファンタジー溢れる世界だったのだ。
その世界に俺は、平凡な農民の子供として生まれた。チートは貰えなかったが、俺としての意識がある事が救いか。俺はすくすくと育ち、成人として認められる十五歳になっていた。
「これまで育ててくれてありがとう、父さん、母さん。俺、村を出るよ」
「俺の後を継ぐと思ってたが、どうしても行くのか?」
「なんの取り柄もないタロウがこの先一人で生きて行けるか、母さん心配よ……」
俺の事を心配する母さんに、家を出るのも仕方なしという父さん。俺は大丈夫だから、そんなに心配しないでくれ。
「俺には夢がある。遊び人となって、賢者となる夢が!」
そう、この世界には某有名RPGと酷似した転職システムが存在したのだ。
そして、存在するのは転職システムだけでは無い。当然レベルシステムも存在する。つまり、国民的RPGを現実として生きられるのだ。もう、興奮するしかないだろう?
そして俺は知っている。遊び人を極めれば賢者への道が拓けると!
「またそれか。おとぎ話を信じてるのはお前だけだぞ? だいたいあの話は、遊び人は結局遊び人のままで、賢者になんてなれないという話だ。こんな大人になるんじゃ無いぞって戒めの物語だぞ? それを鵜呑みにしやがって」
「育て方を間違ったのかしら……」
「う、うるさいなぁ! とにかく俺は出て行く。たまには顔を出すから達者でな」
涙ながらに家を出る予定がグダグダになってしまったが、夢を追う俺には関係ない。やってやるぞ、俺は!
こうして、自力で賢者となって無双するという夢の為に、俺は村を旅立ったのだ。
お読み下さり、真にありがとうございます!