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第二章、その1

 第二章:彼女の抱えるもの


 終業式数日前の放課後、ホームルームが終わると彼女は鞄を持って席を立つ。

「守屋さん駒崎さん、部活前にちょっと一緒に来て下さい」 

 クラスメイトの守屋恵美と駒崎八千代が担任で現国の高森(たかもり)明子(あきこ)先生に呼び止められ、連れて行かれると、彼女は確信してこっそり後をつける。

 高森先生は六〇歳代にしては随分と若々しく生真面目を絵に描いたような先生で、生徒には勿論、同僚や保護者、そして自分にも厳しくて少々融通は利かないが、授業はわかりやすく丁寧で信頼の厚い先生だ。

 そして剣道部の顧問でもあり、指導は細高一厳しいと有名だ。

 階段の踊り場の影から覗くと、行き先は思った通り生徒指導室だ。

 二人が高森先生に中に入るよう促されると守屋さんは「なんで!?」と受け入れがたい顔をして、駒崎さんの方は逆に薄々気付いてたのか全てを諦め、受け入れてる様子だ。

 入って二分ほど経つと彼女は周囲を見回しながら音も立てず生徒指導室前に接近、ゆっくり引き戸に耳を当てて盗み聞きすると、吹奏楽部顧問である柴谷先生の声はいつもの柔和で爽やかな声は鳴りを潜め、厳しく毅然とした声が聞こえた。

「――理由はどうであれ、このようなことをして他のクラスを貶めるということはそのクラスの吹部の仲間を貶めることにもなる。顧問として、駒崎さんと守屋さんをコンクールの出場メンバーから外すことも視野に入れている」

「はい……そうして下さい……最初から覚悟してます」

 駒崎さんはどんな処罰も受け入れるような声色だ。すると二組の担任で細高の綾瀬玲子先生の声がした。

「駒崎さん、覚悟があるなら最初からしないはずよ……守屋さん、私の担任する二組の誰かに恨みでもあるの?」

「はい、でもただ……ただ……ホームルームが長引いてくれればよかっただけなんです」

 自白したわねあの女……人のこと言えないけど、やり方がいちいち陰湿なのよ。

 彼女は眉を顰めるがまあいい、高森先生が仇を取ってくれる。

「駒崎さん守屋さん、あなたたちが今回SNSでしたことは二組のクラスのみならず全校生徒や卒業生、更には社会に対する細高の信用を著しく傷つけ、裏切る行為です」

 期待通り高森先生は二人を厳しく追求する。

 今回の二年二組の生徒が校舎裏で煙草吸ってたというでっち上げ騒動の犯人は駒崎と守屋の二人だ、そして証拠を集めて高森先生に密告したのは彼女だ。

 一五分程で指導が終わり、守屋さんのすすり泣く声が聞こえる。

 まぁこれで反省して嫌がらせを辞めたならいいけど。さっきいた踊り場の影に戻るとドアが開いて駒崎さんはどこか安堵した表情で、守屋さんは悔しそうに腫れぼったい顔になっていた。

 続いて柴谷先生が出て来て二人に厳しく告げる。

「守屋さん駒崎さん。本日に限り部活動を禁止する。真っ直ぐ家に帰って頭を冷やして反省し、明日の練習に備えるように。吹部には私の方から説明するから、いいね」

 駒崎さんは重く受け止めたように「はい」と返事するが、守屋さんは力なく「はい」と頷いた。まぁ痛い目に遭ったから、春菜に伝えるのはまた今度やらかした時にしよう。



 終業式の日、いよいよ明日は夏休みだ。

 教室内は浮かれ気味で帰りのホームルームになると大神先生は釘を刺す。

「――聞いてると思うが夏休み中は補導員や先生たちが見て回ってる……多少のことは大目に見るがくれぐれもハメを外し過ぎて嫌な思い出を作らないようにな」

 ロングホームルームが終わり、朝霧光は教室を出て冬花や望と合流すると春菜も二組の教室から出てきた。

「みんな、お待たせ夏海はまだ来てない?」

「うん、一組も、もう終わったかな?」

 冬花は一組の教室の方に目をやると、既に終わったらしく六~七人程の女子グループが出てきて、ふと光は風間さんがクラス一人でいる時どうしてるんだろう? という疑問が浮かび、望も同じことを考えていたのか口に出す。

「そういえば桜木さんと風間さんクラス違うよね? もしさ、桜木さんの目の届かない所で吹部の人たちに連れて行かれそうになったらどうするの?」

「心配ないよ、一組であたしのファンだって人がSNSのDMで報せてくれるの……正体はわからないけど信頼できるわ。朝霧君覚えてる? あたしが二階から飛び降りて詰め寄った日、あれはその子が報せてくれたの」

 顔も名前もわからない人を信用して大丈夫なのかと、光は考えてる間に春菜は着信音が鳴ったスマホを取り出す。

「おっ、早速その子から――嘘ヤベッ!」

 春菜は画面を見た瞬間、目の色を変えて獲物に襲いかかるチーターのようにスタートダッシュ! 先ほど教室から出てきた女子グループ一団を大声で引き留める。

「待て! 夏海をどこに連れて行くつもり!?」

 グループ全員が春菜に向くと、囲われるように夏海は動揺に満ちた表情で瞳が「助けて!」と訴えていた。グループの中には守屋さんがいて、対峙するように春菜の正面に出る。

「決まってるじゃない、音楽室よ。今の吹部を見せて復帰するかどうか、ハッキリさせるのよ……見に行くって夏海も言ったのよ!」

「言ったんじゃなくて無理矢理言わせたんでしょ!? 気の弱い夏海に! 別のクラスからも吹部の仲間を呼んで集めて詰め寄って!」

 春菜の言う通り女子グループのメンバーには二組や三組の子もいる。要するに大人数で詰め寄って、日本人の悪しき必殺技である「同調圧力」で来ると言わせたのだろう。

「違うわよ、みんなでお願いしただけよ!」

 女子生徒の一人が反論すると春菜は断言する。

「こんなのお願いじゃなくて悪質な脅迫よ! 弱い子に群れてタカる卑怯ないじめっ子かチンピラと同じよ!」

 春菜は凛とした声と眼光で微かにグループのみんなを仰け反らせ、動揺させ、守屋さんは図星なのか「くっ……」と苦虫を噛み潰した表情で睨み返しながら否定する。

「違うわよ! 夏海は吹部に戻ってまたみんなで吹きたいのよ! あなたみたいに――」

「もういい恵美! やめて!」

 一人だけなんとも言えない表情をしていた駒崎さんは守屋さんの言葉を遮る、夏海の傍にいる彼女は寂しげな口調で諭した。

「恵美……桜木さんの言う通りよ、今日のやり方は無理があるわ!」

「八千代! 何言ってるの! 今は大事な時期なのよ!」

 守屋さんは必死で捲し立てるが、駒崎さんは達観した表情で首を横に振る。

「わかってるけど……こんな卑怯なやり方、柴谷先生だって認めないわ。夏海……もういいから行きな……怖い思いさせてごめんね」

 夏海は「うん」と頷いて小走りで光たちの所に駆け寄ると、春菜は「行こう」と言って夏海は渡さないと言わんばかりに右腕を背中に回し、その場を後にする。

 光は少し振り向くと守屋さんは悔しそうに睨み、駒崎さんは複雑な表情をしていた。

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