剣と盾
「おばあちゃん! 新作ゲームを買いたいからお小遣いちょうだい!」
「おやおや、なんだいゲームかい?」
ここに御年80歳になるおばあさんとお小遣いをねだる十歳の孫がいました。
孫はゲーム大好き少年で、彼の一番好きなゲームは世界で二番目に有名なネズミが出てくる某ゲームです。
世界で一番有名なネズミ? 多分、舞浜に行けば見つかることでしょう。
「うん! すっごく面白いゲームでさ! 今すぐにでもゲームしたいんだ!」
目をキラキラと輝かせる孫ですが、彼は分かっていません。
この手のゲームは予約していなければすぐに売り切れてしまうということに。
「ちなみになんていうゲームなんだい?」
「『剣盾』っていうゲームだよ!」
略称でゲーム名を伝える孫。普通の人にはそれだけだと一体全体、何のゲームなのか分かったものじゃありません。
しかし、おばあちゃんは「うんうん」と相槌を打っています。
「剣盾か……聡、お前に話して置かなければならないことがある。剣と盾にまつわる話を……」
急に真面目そうな口調になるおばあちゃんでした。それにしても、今更ながらこの孫の名前、智という名前みたいですね。
「いいからお小遣いちょうだい! おばあちゃん!」
「昔々……あるところに……」
孫の異議を訊かずにおばあさんは話を始めました。
いますよね、こういう人の話も訊かずに自分が言いたいことだけを喋り出す人間。
それはともかくとして、おばあさんの話を聞いてみましょう。
昔々、あるところに武器を売ることを生業としていた商人がいました。
要するに武器商人です。バ◯オハザードで出てくるあれみたいな奴です。
「見てください皆さん! この剣は何でも斬ることができます! そりゃ!」
商人が大きな硬い石を剣であっさりと斬ってみせました。真っ二つです。しかも全く刃こぼれしていませんでした。
それを見ていたお客さんは「すごーい!」など「めっちゃ良い!」などと絶賛していました。
次に武器商人は盾を取り出し、
「次に紹介する武器はこの盾! この盾はあらゆる攻撃を防ぐことができます!」
武器商人は盾を大きなハンマーで殴りつけました。『ダン』という鈍い音が響きます。
しかしながら、盾は傷一つついていません。
盾の凄さを見たお客さんは「すっげぇな、この盾!」など「盾さいこー!」などと賞賛していました。
しかし、お客さんの一人がこんな質問をしてきました。
「その剣で盾を斬ればどうなるのか」
至極真っ当な疑問をぶつけられた武器商人は絵に描いたような『その ひと こたうる あたわざるなり』の状態になってしまいました。
中学校で習う、もしくは習ったことと思います。
「もちろん、盾を切り裂くことができるさ。そうだろ武器商人さんよ。なんせその剣は俺が作ったんだからな」
口を挟んできたのは剣を作った職人さんでした。
この人、どうやら自分の作った剣が売れているか見に来たみたいです。
「け、剣の旦那……へへへ、そうですね。旦那の剣はその盾すらも斬っちまうでしょうさ」
武器商人がそう言うと、剣職人は満足そうに笑みを浮かべました。
お客さんは剣を買おうかという態度を取り始めました。しかし、
「そいつは聞き捨てなれねぇな。そんなショッボイ剣で俺様の盾を斬れるもんか!」
さらに口を挟んできたのは盾を作った職人さんでした。
剣職人と同じく、自分の作った盾が売れているか様子を見にきたようです。お前ら仕事しろよ。
「お前ら仕事し……こ、これは盾の旦那。ご無沙汰です」
「武器職人さんよ。俺様の盾は何物にも壊すことができない。そう思わないかい?」
「へへへ、そうですね。なんせ旦那が作った盾ですからね……」
お客さんはざわざわと騒ぎ始めました。
剣と盾、一体どっちが強いのか気になるようです。
人間とはどちらが上か下かを知りたがる生き物なのです。
「それじゃ、検証してみないか? 剣を盾で斬ればどうなるのか」
お客さんの一人がそう提案しました。剣と盾の職人はどちらも「いいだろう」と承諾しました。
「それじゃ、斬るぞ?」
盾を斬る係は剣職人。勝負の方法は地面に置いた盾を剣で斬るというもの。
盾を斬れたら剣の勝ち、斬れなかったら盾の価値という単純明快な内容です。
「ああ、いつでもいいぜ」
盾職人は笑みを浮かべながらも真剣そうに自身が作った盾を見つめました。
「そりゃ!」
剣職人は盾を切りかかりました。すると、
「な、なんとうことだ……」
武器商人が驚きの声を上げました。勝負の顛末はこうです。
剣が盾に斬り掛ると、剣と盾、どちらもバラバラに砕け散ってしまったのです。結果はドローというしかありません。
「引き分けか……」
「そうだな……」
剣職人と盾職人は互いに引き分けであることを認めました。とはいえ、素晴らしいを見せてくれた二人にお客さんは拍手を送ります。
「だが、次は勝つ。それまでにせいぜい切れ味を上げておくんだな」
「そっちこそ、次はもっと硬くしてこい」
二人の勝負は始まったばかりでした。
その後も二人は勝負を続けますが、結果はいつも同じ。
剣と盾がバラバラに砕け散って、引き分けになりました。
勝負はその二人の子供、孫、そして子孫まで続いていきました。
「今日こそ決着をつけてやるぞ、剣職人の末裔!」
「ああ、今回こそ切り裂いてやる。盾職人の末裔よ」
剣職人の末裔は缶のような装置を取り出しました。
その装置に付いている赤いボタンを押すと、青白いビームが出てきました。
彼が作ったのは『ビームソード』という文字通り、ビームのソードです。
イメージ的にはス◯ーフォーズに出てくるあれだと思っていただければ間違いありません。
盾職人の末裔は手のひらサイズの球形の装置を取り出し、スイッチを起動させました。地面に置くと、装置の周りには半径二メートルほどのドーム型のシールドが展開されます。
二人の対決をたくさんの人達が見つめていました。
「今日こそ決着が着くのかな?」
「いやぁ、どうせ今回も引き分けだろ」
「なんせ七世代前まで続いているらしいからな」
「なら二人は第八世代だね!」
「俺、今日は盾の勝利に掛ける!」
「じゃ、俺は剣で!」
「おりゃあ!」
剣職人の末裔はシールドをビームソードで破壊しようとしました。ソードとシールドがぶつかり合い、激しい衝撃が発生します。
しかし、シールドは一向に破れる様子はありません。
「こ、これは盾の勝ちか?」
観客の一人が盾の勝利を予想しました。
「い、いや見ろよ!」
観客の一人が指差しました。
シールドに僅かでありますがヒビができています。
シールドは確かに強力です。何せ国一つ滅ぼしかねない核兵器すらもあっさりと防いでしまうほどの防御力を持っているのですから。
しかし、ソードだって負けていません。ビームソードは鋼鉄は勿論、ダイヤモンドよりも硬いと言われる『ロンズデーライト』で出来ている巨大ブロックすら真っ二つに斬り裂いてしまいます。
最強の剣と盾。二つの激しいエネルギーによるぶつかり合いにより、衝撃が発生し、その影響で地震、雷、嵐が起こり始めました。
「お、おい! やめろ二人とも。なんかやばそうだぞ!」
観客の一人が止めようとしましたが、盾職人の険しい表情で叫びます。
「うるさい黙れ! これは漢と漢の戦いなんだ!」
剣職人の末裔もシールドを斬ろうとするその手の力を弱ようとする気配はありませんでした。
地震の揺れがさらに激しくなります。雲の裂け目から雷が地上に降り落ちます。
渦巻く嵐は見ていた観客を飲み込んでしまいました。
「盾を斬りさけ! 俺の剣!」
「剣をへし折れ! 我が盾よ!」
やがて限界を迎えたソードとシールドによって、大きな爆発が巻き起こりました。その爆発は地球そのものを飲み込もうとするほどの威力でした。
辛うじて地球は滅びなかったものの、生き残った人類は一人もいませんでした――武器職人の末裔を除いて。
武器職人の末裔はいずれこうなることを予想し、盾職人の末裔が作ったシールドを展開している家で暮らしていたのです。
盾職人のシールドは一般の方には販売しておらず、武器職人の末裔のみ、盾職人の末裔から購入していたのでした。
地上で唯一生き残った武器職人の末裔は剣職人と盾職人の対決の日々を物語形式で綴り始めます――その名も『剣と盾』
話はまたおばさんと孫へと戻ります。
「聡よ。争いは何も生み出さない。分かるかい?」
「ううん、全然分かんない」
まだ幼い智には争いの無意味さを理解できないようでした。
「そうか。ただ一つだけ言えるのはね、私たちは武器商人の末裔だってことだよ」
なんと、おばあさんと智は武器商人の末裔でした。これはとても驚きです。
しかし、智は然程興味もなさそうに鼻をほじっています。
「ふーん、そうなんだ。それより剣盾買うからお金ちょうだい」
「やれやれ、しょうがないねぇ」
結局おばあさんは智にお金を渡しました。智は嬉しそうに微笑み、「ありがとう、おばあちゃん!」と言い残し、ゲームを買いに家から飛び出ました。
「さてと……私もプレイするかねぇ……」
一人家に残ったおばあさんは孫が欲しがっていたゲームをプレイし始めました。
おばあさんは初代からプレイし続けている大ベテランなのでした。