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「なに、もしかして怒ってる? 確かにぶち殺しちゃったけどさ。これでも後悔したんだけど?」
具現の勇者はワイヤレスのヘッドホンを首にかけ、装甲車へと寄り掛かる。自分の身体を抱くようにして、立ったまま足を斜めに交差させ、長いまつ毛の目元からまっすぐメイスを見つめている。一筋の光さえも失った濃紺の瞳を見返しながら、メイスは武器に手を伸ばす。金属の鈍器は冷たいながらも良く馴染み、手ごろな重さで手に収まった。
「私は私自身の為に戦っている。誰かの為に戦う気なんて無い」
「ふーん。あぁ、そう。そういうこと言うんだ。せっかく人が手を差し伸べてあげているのに。アンタはそれを振り払うんだ。別にいいけどさ。どんな結果を招くのか、分かって言ってんだよね? え?」
「何度だって言ってやる。お断りだ」
遥か遠くで雷が鳴る。不意にメイスの背後から戦闘車両が現れてヘッドライトが眩い光を投げかける。二台、三台、四台と次から次へと出現し、逃げ道を塞ぎメイスを囲う。わずかに開いた隙間には、ターレットやドローンが産み出され、どんな小さな生き物一匹逃さぬように道を塞いだ。
「本当に、ミツキちゃんによく似て頑固だな。そうでなくっちゃ紫ランクになれないんだけどさ。それにしたって、自分の命が掛かってるのに投げ捨てるような事を普通する?」
背後から雷鳴とは全く異なる轟音が響き渡る。空気を鋭く裂くような激しい音はメイスの体内を強く揺さぶって、すぐ直上を二つの影となり飛び抜ける。大きな鋼鉄の鳥は、エアブレーキを展開しながらエンジンノズルを下部へと向けつつ回頭し、横滑りにも似た動きで急減速をする。既に展開していた軍用ヘリの間を抜けて、具現の勇者を守護するように静止したのは轟音と共にホバリングする二機の戦闘機であった。
「じゃぁ、もういいよ。ニセモノちゃんの事はもう諦める。諦めるから。もう死んじゃえよ」
彼女が言い終わらぬ内に翼の下に無数の火器が現れる。同時にウェポンベイが開き内部の武装が展開される。一機で十六、二機で合計三十二発のミサイルがたった一人のメイスに向けられた。空だけでなく地上でも戦車や装甲車の砲塔が回頭し、六つで一つの銃身を持つターレットは唸りを上げて回り始めた。
前後左右と空にまで無機質な敵ばかりであった。戦闘機から出る排熱がダウンウォッシュと合わさって、砂を巻き上げ暴風となる。肌を焦がす熱波とそして、肌を裂く細かな砂は、まるであの時この身を痛めつけた砂嵐の中のようだった。
メイスは武器を手に持って、風に向かって走り出す。せめて一矢報いると、投光器の白い光へ突き進む。無機質な音楽が鳴り響く中、彼女は何かを叫んでた。具現の勇者は彼女を見ながら小さな欠伸を一つすると、どこからか出したサングラスとヘッドホンを片手で着けた。
爆音はたった一度だけだった。戦闘機でも戦車でも無い。遥か高い空を飛ぶ、攻撃機からの一撃だった。メイスが存在していた場所は、黒く大きな穴が開き、空高くへと砕けた岩と砂が舞い上がる。文字通り、穴の周りは土砂降りとなり、一番最後に折れたメイスが音を立てて転がった。
「仕方ないから、ドレイクちゃんに頼んでみるか」
具現の勇者はサングラスを外して捨てる。ヘリコプターを一機残して残りは全て消し去ると、ため息交じりに呟いた。