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帝都から見て東の峰に、メイスは一人で待機していた。人目につかぬ道の影で槍と盾とを脇に置き、生前好きだったバンドの曲を鼻で歌いながら、手ごろな石に腰掛け時が来るのを待っていた。彼女の視線の遥か先には秩序立った二重壁の内側と、無秩序なまでに肥大化する外縁部とに分かれている。
すり鉢状の底にある都は一見すると防御に適していない。実際に適しているとは言い難い。ここまで大砲でもなんでも持ってこれば、壁を飛び越え皇帝城まで飛ばせるだろう。だが帝都へ向かう道中は、場所によっては極めて狭く足場も悪く、群で向かうには全くもって不向きであった。もし大砲のような重い物を運ぼうものなら、途中の道が崩れるか、はたまた脱輪するだろう。
ならば飛行能力のある部隊ならどうか。もちろん大砲部隊より、地を這いずり回るあらゆる部隊より有効だろう。飛行能力さえあれば好きな時に、好きな方角から攻められる。帝都側も防衛上の弱点と認識しているらしい。故に帝都を守護する近衛兵の大半は、射撃武器を主にしている。蛮族の軍勢が空を飛んで攻めて来よう物ならば、峰に兵を展開し、四千、五千の高度を越えた、疲れた鳥の群れへと矢を放つのだ。
そうした防御の弱点について話していたのが、昨日の夜の事だった。帝都と勇者の抵抗を掻い潜り、どうやってミツキの元へたどり着くか。あぁでも無ければ、こうでもないと、火を囲んで話したのだった。
いくら魔神が強力だろうと、あの人たちが相手では精々時間稼ぎにしかならない。紫ランク以上の勇者の戦いでは、結果は事前に決まっている。
どんな小細工も、対策も、無力となるほどの力を前に、どのようにして攻略するか。出した答えがいつかとお同じ、魔神を軸に据えた早朝の同時多発的な多方向からの襲撃だった。帝都内なら魔法の出力に制限を掛けられるし、襲撃するなら夜だと向こうは見ているはずだ。四人全員なるべく派手に暴れまわり、互いが互いの陽動をすれば魔神の負担も軽くなる。
魔神を放てば対応するのは雷の勇者だろう。運が良ければ更に多くの勇者が対応する。ソード、メイス、クロス、タクト、の四人で手薄となった帝都を強襲し、勇者ギルドの中か、もしくは迎撃の為に出て来たミツキを誰かが仕留められればそれでいい。
水筒を取り口を濡らしたその瞬間、薄暗い帝都の空で激しく黒い爆炎が上がり、眩い閃光が走る。そして数秒遅れで耳を貫くような雷鳴が鳴り響いたのだった。