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魔神の緑の目が開く。眼球だけが動き回って、自分の仇を見つけ出す。黒い炎が開いた穴を包み込み、徐々に傷は塞がっていく。大きく羽を羽ばたかせ、地面にぶつかるその直前で再び空へと舞い戻る。そして黒い熱線を周囲へ放ち、レナームさえも撃ち抜いた。
雷鳴とそして閃光が光の柱となり魔神を包む。雷により拡散し霧散した小さな黒い炎が集い収束し、一つの塊となる。渦巻きながら炎は徐々に形を成して、魔神は再度実体化した。
魔神は見事に役割を遂行している。ソードの手に負えないレナームと、そして雷の勇者は魔神に任せ、一人で通りを突き進む。
爆音、雷鳴、どちらもから離れつつあった。一般人も兵士させも、もう通りには誰も居ない。行く先に皇帝城が見えて来た時、朝の空から一筋の光が煌いた。
槍斧が石畳を突き破り、砂を空へと舞い上げる。馬は刺し貫かれて転倒し、石畳に滑り込む。何度も転がり受け身を取ると、片膝を着き立ち上がった。
舞い上がった砂塵の中から、羽音と共に六枚羽の影が降りてくる。青白く瞬く光を放ちながら、八つの瞳をソードへ向ける。
竜の背に一人の少女が乗っていた。全身プレートアーマーに、設置して使う巨盾を片手に持っている。彼女は竜の背から跳ぶと、盾に傷がつかぬように腕をまっすぐ横に伸ばして、片手と両足の全てを使い剛体のように着地した。
両手足にはナイフを備え、腰から四つの剣を下げている。外套に隠れて見えはしないが脇の下に二つの武器と、背には二本の両手剣を装備している。そして突き刺さった騎兵用の槍斧を合わせ、十三種類の武器を持つ。加えて特注品の甲冑は、その籠手だけでも相当な重量がある。
これも桁外れの筋力故の芸当だった。馬が無ければ動けないプレートアーマーを纏い、十三の武器と巨盾を一人で扱えるのは世界でたった一人しかいない。世界トップクラスの勇者、紫ランクの一角、そしてミツキにとっての師でもある。鋼の身体を持つ少女、レインだった。
「話しは聞いた」
彼女は竜に合図を送り魔神の元へと向かわせる。雷鳴、爆音、暴風は全て違う世界のように、すべて遥か遠くにあった。たった二人だけの空間で、ソードとレインは対峙する。レインは盾を立て置き、静かに口を開いた。
「アナタもちょっとした間違いで産まれてしまった。自分の命が軽視される辛さは、私にだって理解できる。だからアナタのやっていることは間違っていないと思う。ミツキはギルドで待機している。アナタはアナタの思うがままにすればいい。それでアナタの救いになるのなら」
いつものよく知るレインさんだった。何があろうと、いつだって彼女は優しく寄り添ってくれる。だからこそ、彼女を取られてしまったような。奪われ、そして拒絶されてしまったような、そんな気がして許せなかった。
「でも、私はアナタを止めねばならない。アナタに教えた師として、勇者として、レインとして。ミツキにもアナタにも、どんな産まれ方でも幸福になってほしいと思うから、私はここでアナタを止める」
彼女は腰から吊り下げていた金属製のヘルムを両手でかぶる。自らの頭を覆うと、上げたままのバイザーに手を伸ばす。
「わかったよ、レインさん。レインさんがそう言うのなら。私は。私は力づくでも押し通る」
ソードはカイトシールドを捨てる。そしてバックラーの位置を合わせると剣を握り直す。
レインはヘルムのバイザーが降ろし、頭も顔も、完全に金属の殻で覆い尽くす。そして巨盾と刺さった矛斧を片手で軽々引き抜くと、ソードに盾を向けながら、武器を半回転させ後ろ手に構えた。