92
雪の積もる峰に立つ。
見下ろす先の帝都は一部の哨戒機を除き、動く者の気配すらない。もちろん最低限の兵士が各所に居るはずだが、それさえ今の位置からでは分からない。
深く被ったフードを両手で降ろす。遮っていた冷たい風が首筋に当たる。開けた視界には夜明け前の空が広がり、紺の空は赤く染まりつつあった。今、足元から伸びる街道は、真直ぐ花畑を貫いて帝都に向かって伸びている。
山の端から太陽の光が差し込む。赤い日差しは花々に一日の始まりを告げて、行く先の道を明るく照らす。太陽が完全に姿を現した時、ソードは片手で手綱を取った。
腹を蹴り上げ、馬を煽る。嘶き、前脚で空を掻き、そして弾みを付けて駆けだした。
色鮮やかな花弁が散ってソードの纏う風に舞う。ブラックジャガーの外套を夜明け間の風になびかせながら、朝の空気を裂いて走る。
小石を蹴とばし、小鳥達を目覚めさせ、片手で手綱を操って、澄み切った朝の街道を駆けていく。馬の体温を頬に感じる程の前傾姿勢を維持したままに、槍を後ろ手に、馬の身体を足で挟む。
加速し貧民街へと入る。欠伸混じりの早起き達は、突如現れたソードに驚き脇に引く。空を飛ぶ哨戒機がソードの頭上を過ぎた時、馬に跨る近衛兵が現れた。
手綱からカイトシールドに持ち替えて、槍を持つ手の脇を締める。槍を構え向かって来る近衛兵を見据えながら、さらに馬を急き立てる。
二人はたちまち距離を詰め、貧民街の通りの中でぶつかり合う。互いの槍は互いの盾に激突し、右手左手どちらの手からも激しい衝撃が伝わる。手から腕、そして肩から胴を抜け、両の足で耐え抜ける。
一方、穂先の平たいソードの槍は敵の芯を捕らえ、すれ違いざまに突き落とす。彼女はなおも最高速度を維持し続ける。
歩兵を蹴散らし行く先に、第一の外壁が見えてくる。兵士たちは奔走し、馬止めを引っ張り出して、閉門の作業を急でいる。兵士の一人がソードに気づくと、迎撃すべくボウガンを構え隊列を組む。クロスボウの矢じりを向けると兵士たちは、彼女目がけて撃ち放った。
ソードは怯むことなく盾を構える。山なりに飛ぶ矢の中を突き進む。矢は馬の胴を射貫き、足を貫く。
槍の柄を鞭の代わりに打ちつけ無理に速度を維持させる。荒い呼吸に耳を貸さず、足だけで操り走らせる。黒い馬は先端の尖った馬止めに怯える事無く疾走し、ソードに合わせて強く踏み込み跳び越えた。
黒い馬は腹に傷を負いながら、兵士を次々蹴散らしていく。ソードは槍を握り直すと、閉じかけつつある城門に突きを放ってこじ開けた。
槍がへし折れ木片が飛び、ソードの顔に傷をつける。使い物にならなくなった槍を捨てる。そして腰から片手剣を抜くと、轟音と共に飛んでくる攻撃機たちに目を向けた。