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帝都に向かって街道を行く道すがら、手ごろな旅隊を襲撃し物資を補充し馬を奪う。どこかの貴族か王族か。護衛の兵士はそこそこ居たが、疲弊していても四人のミツキの敵でない。魔神も味方に居るとなれば戦闘と呼ぶには些か一方的すぎた。
馬は低地の品種で筋肉質で大柄、手入れも行き届いているようで毛並みも艶やかで美しい。少々気性の粗さを感じさせる節はあったが力づくで黙らせた。
人目につかぬ道を通ること幾週間あまり、帝都の近くへ戻ってきた。
雪の残る峰の向こうの上空は、具現の勇者の魔法によって現れた哨戒機がひっきりなしに警戒している。その数たるや星の数をも超えるかのようで、不用意に近づこうものなら即座に気づかれてしまうだろう。
四人は人目を阻み、火を囲む。太陽はつい今しがた沈んだばかりであった。夜空に浮かぶ月と星、前世と何も変わらない。射手座の時期が間もなく終わる。時が進むにしたがって、射手座は姿を隠すだろう。そして一年経ってまた天蓋に浮かぶまで、次の星座に夜空を託す。
干し肉を携帯鍋に入れて煮る。簡単な調味料で味付けて、奪った野菜を放り込む。大きく切ったジャガイモに、トマトと肉が鍋の中で混ざり合う。苦手なトウガラシは火にくべて、メイスが鍋をかき混ぜる。
砥石に研磨剤を付け、赤い剣を鞘から抜いた。鈍く、くすんだ赤い刃の剣は暖かな火に当てられて、一層赤く輝いている。茶色の自分の瞳さえ、赤い色へと変える刃は刃こぼれ一つも見当たらない。一回、二回と砥石を当てた。灰色をした研磨剤が薄く広がる。くすんだ剣に一層くすみを持たせては、砥がれる度に磨かれて鮮やかな色の赤を取り戻す。
そういえば、この剣だけは一度も手入れをしなかった。手入れの必要が無かったのだ。あれだけ手荒に扱って、刃こぼれも、傷の一つも付かないで、切れ味だけは変わらなかった。
銅と何かの合金の剣がソードの両目を見つめ返す。彼女は剣をひっくり返すと、丁寧に砥石を当てた。
メイスがスープを彼女に差し出す。少しだけ土の匂いがするスープであった。ソードは剣を鞘に納めてスープを受け取る。大きく切った野菜の中に、何かもわからぬ干し肉が湯にふやけて漂っている。ソードはスプーンを手に取ると、白い湯気の立つ中へ静かに差し入れ口へと運ぶ。美味しくはない。だが不味くも無い。
「明日は」
クロスが言った。それだけだった。彼女は黙り込み自分の手元のスープを見つめる。
ソードもメイスもタクトにも、この場のミツキ全員が、彼女の放った一言の意味するところを理解していた。誰にでもいつかは必ず訪れる日だ。今更覚悟を決める必要はない。
今夜も冷たい風が吹く。だがスープが身体を温る。口の中を火傷しながら淡々と、爆ぜる炎の音を聞きながらひたすらに口へと運ぶ。空になった食器を脇に押しやると、ソードは目を閉じ夢想の世界に沈み込んだ。